第5話 そばにいた

 陸上部は十五人程度だった。わたしはなるべく明るい道を選択した。自分達なら、けもの道を走って十分もしないうちに着くことのできる場所だけど、本土の人間を危険にさらすことはできない。最初はわたしについて来た三年の先輩達は、キャーキャー言いながら歩いてて、みゆきのそのまた後方になっていた。気がついたら、月先輩と同級生と思われる男子部員数人が私の真後ろにいた。さすがに振り向けない。自分の後頭部に目があるつもりで、後ろの集団の様子を気にしつつも、黙って歩いてしまっていた。


 最後の大きなカーブを曲がって、目的地に着こうとしてたら、その方向から人の声と明かりがしていた。明かりの正体は数少ない外灯なんだけど。


「誰かいる?」月先輩も気がついた。


「あっ、はい。みたいですね。あそこは島の子のたまり場なんです」誰がいるのかなんて今夜はそれどころじゃない。

「島に住んでる子ってそんな感じなの?」かなり不思議そうに先輩が聞いて来た。

「他にすること何にもないんで。遅くに開いてるファミレスとかないですし。コンビニもないですし」本当にただそれだけのことだ。

「へー、困らない?」先輩は心配そうに聞いてきたが、何を困るのかわからない。

「考えたことないです」本音だ。

「ふーん」先輩は納得したのかしてないのかわからない顔をしていた。


……この沈黙が耐えられない!!!


 そんな叫び声を心の中で上げているうちに目的地に着いた。


「あれ、はーちゃん?」聞き覚えのある声に極めて焦る。


あーる。。。

あーるだ。。。

今夜じゃなくていいのに。。。

なんでいるんだ。。。


 うれしいことのはずなのに、今夜ばかりは喜べずにいた。なんでかな。あーるに会えたのに。


「あーる、久しぶり」とりあえずいつもの調子で話しかける。

「後ろの人たち、何?」あーるはわたしの後ろを見渡す。

「この方達は、高校の陸上部。合宿なんだ。今日一泊して明日帰るの」最近説明ばかりしているような気がしてならない。

「へー、十月って遅くない?」そう思っても大きな声で言わないでほしい。

「そうかな。。」と小さく答えて、月先輩がこの会話を聞いていませんようにと願いながら、三年の先輩達を待つこと十分、無事、陸上部大移動完了。


 目の前の海は、星のきらめきを写し取ったかのような水面をしていた。その向こうに本土が見える。右の方には水平線も少し見えて、漁火が輝く。三年の先輩達は、さっそく花火を出してきて、後輩達に配っていた。


「矢歌、ほんとにここで花火して大丈夫なの?」月先輩が再び心配な声を上げた。

「大丈夫です。ごみを持ち帰ってもらえれば」わたしは絶対現地コーディネーターの人間になっている。

「それは大丈夫。あっ、先輩方、はじめて下さい」月先輩が主将らしくでも後輩要素も踏まえながら、周りに声をかけた。


 陸上部の花火大会。秋の花火は、静かに咲いて散っていく。けむりも夏に比べて上品な気配。あーるが近くにいると思うと、心の置く場所が見当たらないから、今は花火を見てるしかない。花火の妖精でも出てきて、この状態から救ってくれないかな。


「矢歌、キャンプ場までの帰りの道案内も頼みたいんだけど?」先輩がいつの間にかわたしの近くに戻っていた。

「それはもちろんです。きちんと最後まで見送らせていただきます」それが現地コーディネーターの役割でございます。

「助かる。あと、明日の午後からの船の時刻表とかあるかな?」もちろん、

「あります」それがこの島にとってどれだけ大切か、本土の人間には解りっこないだろう。

「よかった。この分だと明日のスケジュールが少し狂いそうな気がしてね」先輩が心配するのも当たり前だ。

「遅くなりましたもんね。できることがあったらおっしゃって下さい」あれ、よくよく考えたらこんな事になった根っこはもえじゃないか。

「矢歌にキャンプ場の宿泊棟おさえてもらっただけでも、ずいぶん助かったよ」でも女帝のおかげで今こうやって先輩のすぐ隣で話ができている。

「いえ、管理人が知り合いのおじさんだったので。大したことじゃないです」ていうか知らないおじさんは島にはいないんだけど。

「話変わるけど、矢歌は夜も部活のジャージ着て過ごすの?島の子ってそういう感じなわけ?」いきなり自分の身なりについて聞かれた。先輩はわたしの姿=島の子だと思っている。

「えっ、あー、陸上部のみなさんがわかりやすいかなって思って」ろくな私服がないせいだとは言えない。

「矢歌さ、もえちゃんと全然性格違うな。友達なんだろ?」あれは友達と言う名の女帝なんです。

「まあ、はい。。あの子は別格なんで」そう答えると、

「ははっ、そりゃそうだな」先輩が声を出して笑った。夜なのに温かい笑い声だ。



「はーちゃんっっ」その言葉はいきなり過ぎて、真後ろから心臓が飛び出てくるかと思った。離れたところで友達と話をしていると思っていたあーるが、今はわたしのすぐ横まで来ていた。


「キャンプ場の世話とか、ここまでくる案内とかやる必要っっつ」自分でもびっくりするくらのスピードで、あーるの腕をつかんでその場から離れた。まだ花火は終わっていなかった。


「あーる、いきなり何?話聞いてたの?」まだ離れながら話す。

「だって、陸上部の事だろ。テニス部のはーちゃんには関係ないじゃん」あーるがなんでそういう風に言うのかがわからない。

「たまたま知人の関係で、わたしができることをしただけだよ」あーるに女帝の事を説明している時間はない。

「けど、また今からキャンプ場まで送るんだろ」まだ何かあるの?

「家の方だから問題ないよ」わたしの家がそっちの方向だとわかっているくせに。

「あいつなんではーちゃんのこと、呼び捨てするんだよ」話がころころ変わっていくのに疲れる。

「それは先輩だから」短く正しく答えた。

「それに、今日の服、いつもと違うし」わたしの服装なんて気にした事ないくせになんで今夜に限ってそんな質問するの?

「高校の部活のジャージだよ。陸上部の人たちがわかりやすかいかなと思っただけ」花火の方が気になって仕方ないので、早口で説明した。

「ふーん」なぜか不機嫌なあーるに手を焼いた。でもタイミングよく花火が終わって、キャン プ場に戻るムードになった。チャンス。この機を逃してはいけない。


「じゃ、キャンプ場の方にもどりましょう」最初のようにまたわたしが先陣を切ろうとしていたら、手をつながれて思いもよらない方向に引っ張られてしまった。


「はーちゃん、ちょっと来て」あーるがしつこくつきまとう。ふらついて、あーるの体に、おでこが当たる。わたしは陸上部がすぐそこにいる手前、ばつが悪かった。

「あーる、何?また今度でよくない?」月先輩が近くにいるっていうのに。

「よくない」いつになく真剣な顔をしてるあーるを見て、わたしは心が折れてしまった。

「みゆきー、先頭任せていい?わたし後から追いつく」あーるの言い分を聞かない限り離してくれそうになかった。

「いいよー」みゆきはそう言うと、陸上部を集めて人数を確認していた。


 陸上部大移動(後半)がはじまった。わたしはあーるに手をつながれたままその場に残った。何を言われるのだろうか。


「はーちゃん、へこへこし過ぎ」前にも言ったと思うんだけど、

「だから高校生活ってそんなもんなんだって」なんで上下関係を理解してくれないの?わたしはぶっきらぼうに答える。

「矢歌って苗字連発してたの、あれ誰?」知らなくたっていい気がするけど。

「陸上部の主将で、2年生の月先輩」言わないと終わらない。

「威張っててさ、何あいつ。何様?おれ、嫌だった」あーるの気持ちがようやくわかった。わたしがいいように使われてると思っちゃったのかな。


 それよりも、わたしとしては繋がれた手が気になるんですけど。手に心臓があるみたいだった。この鼓動があーるに分かりませんように。


「じゃ、、陸上部の人たち送るから、またね」今夜は、これ以上あーると話をしたくなかった。手を振りほどいて、足早に、陸上部の集団のを追いかけた。帰り道は行きほど時間がかからなかった。


「では、私たち帰ります」みゆきと一緒に一礼した。

「ありがとう。じゃ、おやすみ」月先輩から、おやすみって言われちゃったなんて浮かれるわたし。


 みゆきとキャンプ場を離れる。


「はーちゃん、疲れたね」たしかにそうだ。

「うん」だけどわたし今浮かれてるんです。

「もうすぐお父さん達起きて、漁に出る時間になるね」たしかにそうだ。

「うん」だけどわたしさっきから疲れてるんです。

「さっさと帰ろう」たしかにそうだ。

「うん」暗闇に二文字を返すのみのわたしだった。


 布団の中で考える。月先輩と話せてうれしかったのに、あーると会えてうれしかったはずなのに。今は花が枯れたかのような気分。色があせて、しぼんで、うなだれている。


「あーる、様子がおかしかったな」今日もテンはソックモンキーの中にいる。

「テン、話しかけないで」疲れ果てたわたしの声。

「月先輩、こういう時主将だから大変だろうな」ソックモンキーに心配されなくても先輩はうまくやるよ。

「テン、もう何も言わないで」おやすみってさっき言われたんだから。

「あーるがお前のとこの学校入ったらお前どうすんの?」それが今わたしの心にある一番の心境なの?

「……」黙るわたし。

「あの調子だと、あーるのやつ、矢歌って言う生徒に片っ端から喧嘩吹っかけるぞ」そうだね、そんな気がする。だけど、

「先の事は考えたくない。おやすみ」今の正直な心境だった。

「お前、今日どうした。怒ってないな」怒る気も失せているのだ。

「聞かなくても、わかってるでしょ」家の外から、父さんの運転する軽トラの音がした。


 翌日も一日中テニスの練習だった。結局、陸上部がいつ島から本土に帰ったのかはわからなかったけど、島に月先輩がいて、一緒に歩いて、少ししゃべったことは事実だし、これ以上の出来事は今後ないと思った。明日から普通にもどる。フェンスの向こう側の先輩にもどる。それでいいんだ。


 月曜日、もえを思いっきり睨んでやろうと思ったのに、できないでいた。今日も女帝は、何人ものお付きの人間を従えていた。そのお付きの人間が一人こっちに近づいてきた。メモを渡される。嫌な予感。開けないふりして開ける。


――陸上部の先輩達楽しかったって。

――島に背の高いかっこいい子がいたって言ってたよ。


 しまった!あーるの情報までもえに渡ってしまった!これ以上、女帝の玩具になるわけにはいかない。あーるのことは絶対言わない。そもそもあーるが、この高校に来なければいいわけだし。S高校へ進学する説得をしなきゃ。だけど、一緒の高校だったら、また前みたいに会える。。。勝手な失恋、解消かな。あー調子いいなわたし。ダメだって、あーるはS高校だ。メモを気にしてないふりして、筆箱に入れて、外を見る。枯葉だらけの桜の木。来年も咲くのかな。咲かない年ってあるのかな。


つづく




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