2頭のドラゴン

「コウスケはどこにもいないね」

「しょうがないな。あいつどこ行ったんだ?」

 部屋に戻ってみると寝ていたはずの耕輔がいなかった。

 いっしょにいたはずのアギーも姿がみえなかった。

「どうも外に出かけたようですね」

 ライリーが屋敷のものから、少し前に外に出て行ったと聞き込んできた。

「元気になったんだろうが、別行動したら携帯もないんだからすれ違うだろう。

 まったく」

『携帯』が何かわからなかったがみんなスルーした。


 耕輔はそのうち帰ってくるだろうとほっておくことにして、裕司とファーファはさっきの話を続けることにした。

 裕司は、ファーファから一mほど離れた椅子に、背もたれに触れるか触れないくらいにまっすぐな姿勢で座っていた。真剣な顔でファーファを見つめ話し始めるのを待っている。

 ファーファはベッドに腰掛けて足をブラブラさせながらどこから話そうかと考えている。もちろんライリーは声が直接聞こえないくらいに離れてはいるものの部屋の戸口近くに陣取り、椅子に腰掛けて二人の様子を伺っている。バーデンは酒でも探しに行ったのか姿が見えない。玲奈も夜の散歩に出ている。


 ファーファは、ライリーのお節介な職業意識にため息をひとつついた。邪魔にならないようにしている以上落ち着かないといって、追い払うわけにもいかず、気持ちを落ちつけ話し始めた。

「あの年は日照りが続いて麦の出来が悪かった。

 特に悪かった地方の視察に父上が行くことになって、ついて行った。

 そのころ、日照りのため食べ物がないのかコボルトが頻繁に村をおそってたんだ。あの時は沈黙の森に近い集落のそばに陣を敷いて森に偵察隊を数隊出していた」


 ファーファはつらいことを思い出したのか、表情が沈む。

 それに気がついた裕司は、自分の満足のためにファーファに嫌な思いをさせていることに後悔の念を覚え、中止を提案しようとした。


 耕輔の思いやりに笑顔を浮かべ、ファーファは先を続けた。

「あの頃は、魔法が使えたんだよ。

 得意はファイアボール、空気を集めて固めてグリグリとこねる感じで回していると加熱して火の玉になる。

 それを目標に向けて飛ばして当たると加熱した空気が爆発して火がつくんだ。その頃は一発飛ばすのに100数えるぐらいかかったけど、そのまま練習できていればなあ……」


 裕司は、ファーファの魔法の説明に感心していた。

 説明そのものは曖昧だが、それを現代魔法の理屈で解釈すれば、なるほど理解できるのであった。『断熱圧縮と摩擦熱か、魔法解除による爆散もうまいタイミングで使えばかなりの破壊力が出そうだ』心のなかで魔法を組み立ててみていた。


 ファーファが辛そうにしているので、とりあえず休憩を取ろうと言いかけた時だった。

 腹の底に響く巨大な咆哮ほうこうが耳ををつんざく。

 三人はあわてて窓から咆哮が聞こえたと思われる夜空を見上げた。そこに玲奈が飛び込んできた。いつもはふっくらしているのに裕司にしがみついて細くなって震えている。


 星空には月はなく、星空を背景に巨大な何かがうごめいていた。体全体を圧迫するような不安をあおる低周波の羽ばたきが聞こえる。また咆哮が聞こえたその時、街の明かりに照らされその姿がかすかに見えた。ドラゴンだった。


 二頭のドラゴンが激しくつかみ合いながら格闘している。一頭は白っぽくて、きっと夕方見た警備のドラゴンだろう。もう一頭は黒くて詳細が見えない。


 いったん離れたが互いに咆哮しあうと正面から激突し、地上に落ちてきて建物を破壊した。吹き飛ばされた建物の破片がバラバラとあたりに落ちてくる。ドラゴン達は離れたとかと思うと、また空中に戻り睨み合い咆哮ほうこうを上げ牽制し合っている。空中高く上がると姿が見えなくなり星影でしかわからなくなる。


「逃げよう、ここは危ない」

 裕司は、今いる部屋が景色はいいものの場所的に危ないと判断していた。低層とはいえ建物の最上階でドラゴンが落ちてきた時にはひとたまりもない。ファーファの手を引いてその場から離れる。

「ファーファ、屋敷で一番頑丈なところは?」

 ライリーは動転してファーファの手を引く裕司に気がついていなかった。


「倉庫かな?」

 三人は倉庫を目指して走った。

 途中でバーデンも合流し、避難する使用人達と倉庫についた時には十人ぐらいになっていた。

 ファーファは走ったせいだけでなく上気した顔をしていたが、暗いので裕司は気がつかない。


 倉庫にたどりついて裕司が手を離すとファーファはそれを惜しんで手のひらを眺めている。もちろん裕司はそれにも気がついていなかった。

 本館にくっついた形の倉庫は頑丈な作りになっており、かなりの衝撃に耐えられそうだった。


 ライリーが使用人達と話をしている。あと四・五人はいると聞いてバーデンが叫ぶ。

「裕司!ここは任せた。

 俺はそこの二人と探しに行ってくる。お前達もこい!」

 すぐに警備の二人と共に探しに戻った。

 バーデンはこの屋敷の警備人を指揮する権限などないのだが、素直にバーデンの後に続いた。

 お嬢様の護衛という権威を置いても、非常時に使用人と財産を守るという職業意識が働いたのだ。


 バーデンも本来ならファーファを守るのが仕事だ、屋敷のことは屋敷の人間に任せておけば良い。だが、バーデンは短い旅のなかで、裕司達に感化され気持ちが若返っていた。本来ならあの農民達は助けなかった。連れて行けば邪魔になる。

 しかし、裕司も耕輔も助ける以外の選択を考えもしなかった。バーデンは口には出さないがなんだか嬉しくなっていたのだ。

 もちろん、裕司に対する信頼がある。出会いは最悪だったが、今ではその魔法と技量を、若さからくる危なっかしさはあるがすっかり気に入っていた。


「よし、まかせられた」

 裕司は大声で答え、不安そうにしている他の人々を背に空を睨み上げた。出口に立つその後ろ姿は高校一年(あと数日で二年だ)とは思えないほどの頼り甲斐をまとっている。もともと歳以上にしっかりした少年だったが、この世界に来た時から見ても急速な成長を遂げていた。

 ファーファはその背中を記憶に焼き付けるようにしっかりと見つめていた。

 外では咆哮とものが壊れる音が響いていた。



 時間は少し戻る。

 皆が自分を置いて春華を探しに行ったと聞いて、焦って部屋を飛び出した耕輔は、建物の門を開けて喫驚あまり思わず声を上げる。

「あ、すごい!綺麗」


 目の前にカンピスマグニの街並みが広がっている。

 耕輔は気を失っていたので知らなかったが、ここはアウローラのカンピスマグニやかた。アウローラの領主がカンピスマグニに滞在する時に使用する表の屋敷である。中心の尖塔を取り囲む二重の防壁のすぐ外側に位置しており、三番目の防壁の内側にある。


 この館は塔へ登る広い参道の途中、丘の中腹に立っているため館の正面から街並みを俯瞰ふかんすることができた。

 すでに日はすっかり暮れており星空が広がっている。耕輔はこの世界に来てから夜景がこんなに綺麗きれいな街並みを見たことはなかった。どの街も薄暗く夜景といわれるものはなかった。

 しかし、ここの夜景は――もちろん故郷の東京の夜景には比ぶべくもない――見とれるには十分であった。


 やかたの前の道は緩やかに左方向に下り、等間隔でしつらえられた街灯が道の先行きを示していた。

 気になって左右を見ると屋敷の門の両脇にも明かりが灯されている。部屋にあった明かりと同じ雰囲気に精神を集中するとさっきはわからなかった魔法が感じられる。この街は魔法の明かりを使用して街を照らしていた。


 なんだか懐かしい気持ちになってぼうっと夜景を見ている。

「耕輔? どうしたの」

 耕輔がじっとしているのでアギーが声をかけてきた。

「あ、いや。夜景がなんだか懐かしくて。

 一週間経ってないのに、なんだか変だな涙が……」

 目頭が熱くなって涙がじわり浮かんでしまう。こっちへ来てから色々あった。死にそうな目にも何度もあった。


「うん。この街の夜の景色は綺麗ね。

 夜景て言うの? 初めて見るわ」

 アギーも夜景をながめている。

「みんなとながめられればもっと感動できるかな。

 藤鞍さんとながめたいなぁ」


 ロマンチックな気持ちになって思わず呟いたひと言が、耕輔を現実に引き戻した。この世界に来ることになったきっかけを思い出した。


 焦りが耕輔に取り付きじっとしていられなくなった。

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