カンピスマグニ《大きな平原》

 丘を回り込んだところで田園風景の中に尖塔せんとうがその鋭利えいりな先端を宙に突き立てるかのような姿を見せてきた。まだ遠いので細かいところは分からないが、尖塔は周りを高い石造りの塀に囲まれておりその丘の周りには塀に接して中腹からふもとにかけ同じように石造りの家々が立ち並び尖塔を取り囲んでいる。そこからさらに街並みは広がっているようだがここからはよく分からない。尖塔の立つ丘の斜め上には傾いてきた太陽がその光を温かげな色合いに染めながら輝いている。市街地までまだ大分だいぶあるが日が沈む前には余裕を持って着けそうだった。


 小休憩で馬車を止めている。馬車がかなりのペースで飛ばしてきたので揺られてみんなすっかり疲れていた。

 ファーファが皆に説明する。

「もうすぐ日暮れだ。

 大丈夫だと思うけど日が沈むとカンピスマグニ大きな平原の市街地には入れなくなるからね」

「門が閉じるのかい?」

 裕司がのんびりした口調で質問する。


 カンピスマグニにあとちょっと、というとこまできているので気が緩んできたのだろう。

 とくに耕輔は疲れていて随分ずいぶんとぐったりしている。平気な顔をしている裕司も実際のところつらそうである。馬車の強行軍で思ったよりダメージを受けていた。バーデンは慣れているのだろう御者席で平気な顔をしている。

 それにしても耕輔は疲れてきているにしても、やけにしんどそうだった。


「少し休んだほうがよさそうだな」

「いや、急ごう。時間がない」

 耕輔はすっかり横になっている。

「しかし、耕輔、お前つらそうだぞ」

「着いてからも、何があるかわからないんだ……

 それに日が暮れると街に入れないって……」

「そうなんだ。

 門が閉じるだけじゃなくて街の守護魔法が出入りを完全に遮断しゃだんしてしまうんだ」


 ファーファの説明に裕司が眉をひそめる。

「え、それって空からもダメだったりして。

 それはまずいかも」

 いざとなれば壁を飛び越えればいいかと考えていたが、そう簡単には行きそうにないのが分かり裕司にも焦りが生まれる。耕輔が言うまでもなく玲奈に聞いた期限まであと一日もない。

 市街地に入ってからもなにがあるか分からないからだ。


「それどころか……」

 ファーファがそう答えた途端、玲奈が飛び込んできて耕輔の肩に留まり叫んだ。目を見開いて細かく震えている、フクロウなのに動揺を見て取れる有様だった。

「あれなに⁈

 あれ。怖い」

 みんなが慌てて馬車から顔を出し玲奈が飛んできた方向を見て喫驚する。


「あれは!

 ドラゴン⁈」

「おう、ドラゴンだ、久しぶりに見た」

 口々に叫ぶ。尖塔の周りをゆっくりとドラゴンが周回している。

 遠いので解りにくいが体長は建物との対比で見ると体長二十メートルぐらいはあるだろうか。


「もうそんな時間なんだ」

 ファーファが説明する。

「もうすぐ日暮れだから夜間警備のドラゴンが出てきたんだ。

 夜中尖塔の周辺を見張っていて敵性の魔獣や魔法にかれてやってくる魔物を監視しているんだ。

 もちろん人間でも夜間の街にも侵入もさせないはず」


「あれ、あれ、おかしい。体が動かない」

 耕輔が虫の息で呟いている。皆が耕輔に注目した。

「耕輔!どうした」

 裕司が抱き起こし膝で背中を支える。ライリーがタオルを水で湿らし顔を拭っている、そこはさすがメイド細かいところに気が回る。


 ファーファとアギーも心配そうに見ている。

 耕輔は喋るのも辛そうにしてる。

「なんだか、へん。

 体に力が入らない。疲れてはいるけど、こんなの初めて」

 脈を取っていた裕司が焦りを隠せない。

「脈は大丈夫そうだが、理由がわからん」

「僕はいいから、とにかく藤鞍さんを先に探して」

「ばかを言うな、そんなわけにいくか」

 裕司は珍しく大声を出す。


「しかし、なぜだ」

 食事も水もちゃんと取っている。

 耕輔は運動が苦手といっても体が弱いわけじゃない。

 疲れているにしてもほどがある。

「いつもと違うことといえば……」

 はたと気がついて玲奈を見る。

「玲奈! 原田先生に確認してもらえるか⁈

 そっちの耕輔に変わりはないか」

 はっとした玲奈。

「わかった。ちょっと待って」


 返事が待ち遠しい。

 時間がないいまは一秒でさえ長く感じる。

 皆は待つしかなく玲奈をもどかしく見つめている。


 五分ぐらい経った。

「まずい、これ以上は待てない、とりあえず動こう」

 裕司が言おうとした時に玲奈が話し始める。

「わかった、耕輔の点滴が切れていた。

 今朝、魔法を使ったのが突然だったから、みんな怖がっちゃって、そのあと誰も見てなかった。

 いま、処置しているから、絶対魔法使っちゃダメだよ」

「えー……」

 耕輔はそれ以上声も出なかった。


 高活動状態の脳が必要とする糖を点滴から得られないのでは、魔法でつながっているこっちの耕輔も動けなくなるのも当たり前だった。

「了解、ということはしばらくすれば回復する?」

 焦り顏の裕司は尋ねながら、頭の中でこの後の行動の計画を立てている。

「そのはずだよ」

 玲奈が首を90度回しながら答える。あとで聞いたら回すことに特に意味はないらしい。


「原因はわかった。バーデンすぐ馬車を出してくれ」

「おう、判った」

 バーデンは手綱を振り馬に鞭を入れた。


 —— ☆ ☆ ☆ ——


 耕輔は目を開けて体を起こした。

 そこは宿屋の部屋だろうか周りを見回してみたが誰もいなかった。部屋の真ん中に明かりがついている。明かりはロウソクより少し明るいくらいの明るさで、現在の基準からいうと決して明るくはないが、部屋の中を照らすには十分な明るさがあった。しかも、炎に特有の揺らぎがないまるで電気の明かりのようである。


 気になったが長く見ていると目を痛めそうで目をそらす。部屋には木製の粗末なベッドが四台置いてあり、荷物を置いてあるものもある。それを見て自分はどこかに置いて行かれたんじゃないことがわかり『よかったどこかに置いていかれたんじゃないんだ』と耕輔は安心した。

 まどの外はすっかり暗くなっているのか、窓の格子の隙間に外からの光が見えない。


 体は大丈夫のようだ、立ち上がってみてもフラフラしない。

 部屋の中を歩き回ってみたがすっかり回復していて、さっき動けなかったのが嘘みたいだった。

「みんなどこへ行ったんだろう?」

 耕輔は皆んながいないので不安になり思わず声に出して呟いた。すると耕輔から見えないところにいたのかアギーが飛んできて耕輔の頭に留まった。

「良かった。耕輔元気になったんだ」

 アギーの声は安心したのだろう明るかった。


「ねえ、アギー、皆んなはどうしたの?」

「玲奈の案内で藤鞍さんを探しに行ったよ。

 私は耕輔の看病という名の留守番」

 春華には会ったことがないせいかアギーにしては珍しく苗字で呼んでいる。


 それとは関係は無いのであろうが、声には不快感が混じっていた。

 「こんな大都会じゃ妖精を見たことないせい?

 妖精ひとのこと触ろうとしたり、捕まえようとする奴ばかり。

 妖精は居心地悪いったらないわ。

 そりゃ、妖精の来るところじゃないわね。

 雰囲気も嫌いだわ。

 約束も果たしたし早く帰りたい」

 嫌な思いをしたのかブツブツと文句を行ってる。


「えっ、そうなの?」

 慌てて鞄を持って部屋を出て行く。

 耕輔はアギーの文句を無視したんじゃなくて、気がついていなかった。アギーは振り落とされないようにしがみついた。



「やっぱりこの時間じゃもう塔に入れなかったね」

 ファーファが裕司の方を向いて肩をすくめている。しょっちゅう耕輔がやっていたので仕草を覚えてしまったのだ。

 裕司はその仕草に苦笑している。

「第一防壁の門は固く閉じているし、歩哨も取り付く島もなかったな」

 バーデンの嘆息ため息にライリーが合わせる。

「まったくです。

 アウローラの領主のご令嬢がお願いしているのに。調停者ウォーロックは不在だと言って、けんもほろろに追い返されたのは納得できません!」


 ファーファが思いついたことを言って見る。実のところそれは当たっていた。

「もしかしたら、あの謎の軍隊の件かも。

 ならしょうがないのかも」

 四人+αはひと休みした後、目を覚まさない耕輔を置いて、塔まで様子を見に行ったのだ。

 でも、予想通り入れなくて、口々に文句を言いながら、宿にしているアウローラのカンピスマグニ屋敷に戻ってきたとこだった。


 玲奈の話では塔の上の方に春華がいるというのだ。

「あと少しなのに、明日の朝までは無理か」

 裕司が諦めたように独り言ちる。


 黙って歩きながら裕司はいままで気になっていたが、聞けなかった質問をすることを決めた。聞くことは失礼なこととはわかっている。どうしても気になる。もうあまり時間がないのだ。

 裕司は、自分はファーファと約束をしたことを果たせていない。聞いたからといって何ができるという保証はない。だが、これを知らないではいられないと思い悩んでいたのだった。


「ファーファひとつ聞きたいことがある」

 裕司は立ち止まりファーファに耳打ちする。ファーファは嬉しげで呑気な顔で振り返り、裕司の真剣な顔に息を飲み真顔になる。

「なに、突然。

 すごく真面目な顔だけどちょっと怖いよ?」


「どうしても答えなくないのならいいんだけど、教えて欲しいことがある。

 聞くのが失礼に当たることも知ってる。

 でも聞かずにはおられない」

 雰囲気を敏感に悟ったライリーが割り込んでたしなめるため口を開こうとするが、それよりも早く裕司の質問を察したファーファが口を開く。


「ライリー黙って!

 ユウジの聞きたいことってボクの魔法のことだよね」

「そんな、う……」

 ライリーは開けかけた口を無理やり閉じた。ファーファを(裕司たちから)護るのが自分の使命と思っていたのでショックを受けた。だが、ファーファの顔を見てその意志を理解した。裕司が、故意にファーファを傷つけないであろうことはこの旅を通じて認めていた。仕方なしにバーデンのそばで待つことにした。


 バーデンは気を利かせ声が聞こえないくらいに離れたところで待っていた。ライリーも詳しいことは知らされていないので内容を聞くことを遠慮したのだった。だが、目を見開いて見張っている。

 謎の男たちから無事逃げだせたことで、裕司と耕輔の評価は上がっていたが、それはそれ、これはこれだった。


「そうだ。

 俺は君に魔法回復に協力する約束をした。だが、未だ何もできていない。

 玲奈のいう通りなら、俺たちにはもう時間がない。何ができるかわからないがせめて知っておきたい」

 ファーファは、真顔から柔らかい笑顔になりこぶしを握り、右手で耕輔のお腹に突きを加えた。こぶしが軽くボスッと音を立てる。


「そんなに気にしなくていいのに、ユウジはボクが見込んだ通り本当にいい奴で真面目だな。

 ボクの魔法の件は、ボクの都合なんだから。

 でも、ありがとう。そこまで気にかけてくれて。

 あれはボクが十一歳の頃、今から三年前」

 裕司は初めてファーファが十四歳だと知って、内心驚いていた。


 それは口に出さず、ファーファが先を続ける邪魔はしなかった。昔を思い出すように宙を見つめている。そこで一旦裕司に視線を戻した。

「うん。でも立ち話でする話じゃない。

 一旦屋敷に戻ろう」

「そうだな。そう言われればその通りだ」


 四人はアウローラのカンピスマグニ上屋敷を目指して歩き出した。

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