撤収
その引き伸ばされた時間の中で目を瞑り切る前に突然目の前が鏡のようなもので塞がれた。とたん、カンと甲高い音が響き
「危なかった。
なかなか格好いい魔法じゃないか」
裕司がホッとした顔でこちらを見ている。
自分の剣を取り戻してきた裕司がギリギリで
確かに時間を停止されると、すべての物理的相互作用はその境界を越えられず、結果として反射される。それは物質も光も同じですべての運動量が反射される。
耕輔は裕司がシールドを解除した途端、詠唱の終わっていた雷撃を放って残りの兵士を打ち倒した。
裕司はその魔法を『シャイニングシールド』と名付けた。耕輔はその名前を聞いた時に、なんでもシャイニングが好きな奴だなと思ったものだ。
「さあ撤収だ。
耕輔、例の奴で逃げるぞ。
バーデンは耕輔をしっかり掴んでくれ」
ピンときた耕輔は祐司の腰に手を回す。バーデンは訳が分からないという顔をしているが、とにかく耕輔の腰にしがみつく。
次の瞬間、バーデンは思わず叫び声をあげた。
「おわう、なんだこの魔法は見たことも聞いたこともない~」
三人の体がすごい勢いで前方に加速し、バーデンの叫びが尾を引いてあっという間に見えなくなった。
結局は裕司たちの方が先に馬車にたどり着いた。途中でファーファたちを追い抜いてしまったのだ。すぐに馬車の準備をして、逃げてくる途中のファーファたちを拾う。しばらく馬を飛ばして距離を稼いだ。
その頃には東の空に朝日が昇ってきていた。
「なんだ!この有様は?」
偵察部隊の隊長がやっと自分のテントを出てきた時には、耕輔たちは逃げた後だった。そのため耕輔の魔法を見ていない。
呆然としている部下たちに罵声を浴びせる。
「このマヌケども何をしている。追っ手は掛けたのか?
こっちのことが漏れるだろうが!」
のろのろと起き上がる兵士の胸ぐらを掴んで怒鳴る。
掴まれた兵士はまだ体の自由が利かず手を離したら倒れ込んでしまった。
「なんだ、こいつらは腰を抜かしとるのか?」
「へえ、ものすごい、その、魔法のような、稲光で
まだ体が思うように利かねえです。
あれは、悪魔の
倒れこんだ兵士は四つん這いになりながら説明をするが、隊長に蹴り飛ばされて地面をゴロゴロと転がってしまう。
「馬鹿野郎、この世に魔法なんぞあるか!
お前らは幻覚を見たんだ。
体も、食物に毒でも入れらたんじゃないか」
隊長はこの失態をごまかす方法がないか頭のなかで必死に考えていた。
捕虜を逃がすだけでも、評判に傷が付く、その上部隊丸ごと不能にされたんじゃメンツ丸つぶれである。今後の自分の立場がなくなることを最も恐れていた。幸い必要な情報はほぼ集めてある。ここは、この一件はなかったことにすればいいじゃないか。とここまでを一秒以内に考え行動の方針を決めた。
「よし、荷物をまとめろ。本隊と合流するぞ。
いいか、この件はなかった。何処ぞの奴らは知らんし、見たこともない。
お前らは、……、そうだ食あたりで腰を抜かしたんだ。
いいな!」
兵士たちは、頷いているのが半分、目をむいて
ひとりが隊長の前に進み出る。
「隊長、あれは絶対魔法です。
まさか、この件を無かった事にして報告しないつもりでは?
この俺の腕が利かなくなったのをなんと説明するんです」
その兵士は耕輔のホーミングライトニングを受けたらしく腕をだらりと下げ動かない事を主張していた。
「そうか、腕が使えなくなったか。じゅあ使えないな」
そう言いしなに兵士の胸にナイフを突き立てる。兵士は
「いいか!二度は言わんぞ。
何事も無かった。お前らは食あたりだ。
こいつは
動ける奴はさっさと荷物をまとめろ。
出発までに動けなかった奴は謀反人だ」
さすがに反論するものはおらず、みな渋々荷物をまとめ始めた。
まだ動けないものの荷物は、少しは親しいものが手伝い、昼前には部隊は本隊に向け出発した。もちろん、出発前に侵攻開始を勧める報告の先遣隊を出していた。
ランドルフは隊長のその様子をみてこれは脱走するかな、と
「裕司、耕輔、戻ったよ」
玲奈が滑空しながら降りてくる。
着地直前に翼を広げ軽やかに耕輔の肩に止まる。玲奈は今朝未明の事件の時寝ていたので積極的に絡めなかったのを後悔していた。自分が見張っていれば捕虜になる事すら無かったはずと悔いていたのだった。
状況からみると、襲撃を全く予想していなかったんだから、玲奈が見張っていても事態が変わるように思えない。あれは、相当に隠密行動に慣れていたのだろう。むしろ気がついていたらなんらかの被害を受けていた可能性の方が高かった。戦いに慣れたクラクの説明で皆納得していた。耕輔などは内心胸をなで下ろしていた。
結果的に、無意識の玲奈(玲奈フクロウ)とはいえ助けられたのは確か、結果オーライとみな受け止めていた。玲奈の悔しい気持ちを
「あいつらは、撤退をしてるよ。
あとね、歩きで一日先ほど離れた所に兵隊が五百人くらいいるよ。
その先はわかんない」
「そうか、追っ手はなさそうだな。
バーデンどう思う?」
「おう、まあ大丈夫だろう。
そうなら、クラクに守備隊への報告を頼んだのは必要なかったな」
クラクと
「いや、あいつらがどこの誰かわからないんだから、それはそれで意味があったんじゃないか。
やっぱり目撃した人間が一人はいた方がいいだろう?
農民たちには無理そうだったもんな」
「おう、確かに。
いや、しかし退屈しないな。
旅に出る前はこんなにいろんな事が起こるとは思ってもいなかったよ」
バーデンは木に寄りかかり
「守備隊の奴らも戦う相手が人間になるのは面食らってんじゃないか。
いつもならコボルトとか魔法生物とか獣とかだろ。
人間相手の本格的戦いなんてそんなにないからな」
裕司が意外そうな顔をしている。
「この世界では人間同士の戦いはないのか?」
「ああ、小競り合いはしょっちゅうだが、
もちろん五つの国で
だが、どうしても収まりがつかない場合は、代表同士が名誉を掛けての仕合で決着をつける」
裕司は感心していた、ある意味この世界はなんて先進的なんだろうと。
しかし、裕司はこれらの戦いが宣誓と誓約の基に行われ、名誉を重んじる世界では敗れたものがどのように扱われるかまでは意識が回らなかった。いつも寛大な処置がされるとは限らない世界だった。
裕司はふと気になった。話に何度か
「
あった事はないのか?」
「
会った事はないし、当然顔も見た事はない。
本当にいるのかも知らない。噂じゃ男らしいが」
バーデンは話の内容に飽きてきたのかしきりに欠伸をしている。無理もない昨夜は半分も寝られなかったのだから。
「ボクは会った事あるよ。
四つの国は回り持ちで毎年新年に
父上に連れられて
ファーファが会話に割り込んでくる。裕司は意外に感じる。
すぐにファーファの立場ならあり得るかと考えなおし、ファーファの次の言葉を待った。
「それが顔はよく分からない。
玉座に座っているのはわかるんだけど、そこにいるのはわかるんだけど。
顔だけ印象が抜けてる。もしかしたら、何か魔法を使っているんじゃないかな。
父上に聞いてみたけど教えてもらえなかった。それ以上は知らないよ」
「そうか、それじゃ素顔は分からないんだ。誰かわからないわけか」
分からない以上あまり考えても仕方ないと割り切った。
「それで、俺らの今後の行動だが、もう
「すぐ出発しよう。時間の余裕がないから強行軍になると思う。
馬が潰れるギリギリまで急ぐぞ」
今度はバーデンが御者席に座り、全員馬車に乗り込んでいる。
もちろんアギーは耕輔の頭の上にいる。
ご機嫌そうだった。
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