脱出

 アギーが見張りの目を盗んで、五人の後ろに潜り込んできた。


 視線を交わして、近い三人が身体を寄せ合いアギーを見張りから見えないように隠した。祐司は、体を少しひねり縛られた腕を見張りに見えない位置に持ってくる。隙間すきまからアギーが解こうとするが丈夫な綱で固く閉めてあり、どうにも解けそうになかった。


 失望の顔が広がる。だが、諦めていない人間がいた。

「アギー少し離れて」

 耕輔はトリガーを使わずに電撃で綱を切ろうとした。

 もともと先天的魔法使いの耕輔は、トリガー無しでも魔法を使うことができなくはない。

 トリガーは無意識の発動や制御の精度を上げるために使用するものだ。


 手元に意識を集中し電撃で綱を切ろうとした。

「あう」「ひっ」

 周りから抑えた微かな悲鳴が上がる。

「だめが、うまくいかない。トリガーが無いとパワーも制御もダメダメだ。

 もう一度」

「やめてくれ、こっちがまいる」

 裕司とバーデンが小さく叫ぶ。


「くそう、こんな紐、トリガーが使えれば簡単なのに」

 耕輔は本当に悔しそうにしている。

「アギー、耕輔の鞄か楽器取り返せるか?」

 祐司がさらに小さな声で正面を向いたまま問いかけた。

 顔を動かさないように視線だけでアギーを見ると首を振っている。

「そうか、まいったな」

 ため息をつく。いまは打つ手は見出せなかった。


 その後、別の部隊が帰ってきた。一番身なりの良さそうな男の指示で、見張りを四人置いて他の男たちは、そこここで睡眠を取り始めた。

 数時間後、空が漆黒しっこくから濃い藍色あいいろに変わり始めるころ一陣の風とともに耕輔の目の前に玲奈が舞い降りた。フクロウの風切り音はほとんどしない。見張りは気がつかない。


「やっと見つけた!

 耕輔なにしてるの?

 新しい遊びかな?」

 耕輔は喜びで胸の鼓動が倍になる。あとで玲奈フクロウをたっぷり撫でてあげようと決心した。しかし、これはオリジナル玲奈だったら立派なセクハラだ。いや玲奈フクロウも玲奈の一部なんだからセクハラにはなるであろう。だが、今はそんなこと思いつく間もない。


「玲奈! 僕の楽器持って来て、鞄の中」

 耕輔が視線に願いを込めて小声で叫ぶ。

 見張りは最初気がつかなかったが玲奈の声を聞きすぐにやってくる。

 フクロウを見て驚いていた。すぐ我に帰り腕を振り回して追い払った。


 玲奈の声はフクロウの鳴き声に聞こえたらしい。まあ、フクロウが意味のわからない音(日本語)を出せば、鳴き声だと思うのも当たり前だ。代わりに耕輔は蹴られたが。

 耕輔は痛む右ほほを縛られているせいで撫でられない。沸き起った怒りを痛みが倍増させる、が何もできないので見張りを睨みつける。しかし、男は全く気にする風もなく侮蔑ぶべつの表情を浮かべ三メートルほど離れた定位置に戻っていく。


 ちょっとして遠くで声が上がる。フクロウが積んであった荷物から楽器のようなものを掴んで飛んでいくのが見えた。数人の男がその声で上体を起こしたが、フクロウの仕業だと判るとあくびをしてまた横になった。


 ややあって、耕輔のすぐ脇に楽器が落ちてきた。見上げると玲奈が木の枝にとまってこっちを見ている。どことなく自慢してる目つきをしている。アギーは隙間から這い出て楽器を引きずり耕輔の足に押し付ける。途端に身体の影になった部分で小さな火花が飛び腕を結んでいた綱が切れる。

 すぐに『楽器』をしっかりと握る。次々に火花が飛んで耕輔たちを拘束している縄がバラバラになった。


 流石にその時には見張りが気がついて声を上げようとするが、地面を這うように稲妻いなづまが伸び見張りを打ち倒した。一番そばに居るクラクが倒れかかる見張りの体を支え木に寄りかからせ、自然に見えるようにした。寄りかかりながらも見張りはヒクヒクしている。その見張りはさらに数度大きく痙攣けいれんを起こした。耕輔の怒りの追電撃を食らったのだった。その時点では他の見張りはまだ気がついていない。


「グッジョブ耕輔。

 バーデンと俺はまず武器を取り戻す。

 クラク、ファーファ、ライリー、アギーは其処そこの農民たちを連れて馬車に急いでくれ。

 耕輔はあいつらが気がついたら援護を頼む」


 祐司が次々に指示を出すが、ファーファ以外は頷いている。

「ユウジ、ボクも残る」

 そう言い思い詰めた眼差しのファーファを手で押しとどめた。

「ファーファ、君はキャンプまで行き、俺らの荷物をまとめてくれ。

 この先は徒歩での移動も考えなきゃならない。

 すぐ追いつくから先で待っていてくれ」

「まあいい作戦だな」

 バーデンも賛成する。クラクも異存がなさそうだ。


「ユウジ、お前の腕ならどんな剣でも大丈夫だろ?」

 バーデンは行動の方針を確認するための質問をした。

「いやだめだ、あの剣でないとだめだ」

「そうか、わかった」

 バーデンは頷いて、作戦を補う。

「それでクラクは、守備兵の駐屯地へ報告を頼む、農民たちに聞けばわかるだろう。

 こいつらはどう見てもカンピスマグニの守備兵じゃないし、言葉もおかしい。

 ウィスタリアの人間とも思えない」

 バーデンはテントの方へ視線を投げなら顔をしかめた。

「どこか異国の偵察隊じゃないか、この後に本隊がいるような気がする。

 俺は、お嬢さんの護衛を続ける」


「承知した」

 クラクが頷き、ファーファも不承不承ふようぶしょう合意した。すぐに行動を開始する。

 クラク、ファーファ、ライリーとアギーが農民たちを連れてその場から離れる。後から聞いた話では農民たちを黙らせるのに四苦八苦だったそうだ。


 祐司は、クラクたちが十分離れたのを確認しバーデンと身を低くし素早く移動を開始した。

 耕輔は、全体が見渡せる場所に移動し地面に身を伏せる。


 さっき玲奈が耕輔の楽器を取り返したあたりが、武器などの保管場所だと読んで、祐司は移動していく。その場所はそばには見張りが陣取っていた。さすがに気づかれるが立ち上がり際に飛び込み、みぞおちに肘打ちを叩き込む。見張りは叫び声と共に悶絶もんぜつして気を失う。


 二人は急いで自分たちの武器を探した。

「おう、ユウジ今の技はなんだ、あいつ防具をつけてたよな。

 素手で革のブリガンダインをつけた奴を倒すのは聞いたことがない……

 おう、あった。ユウジのこっちにあったぞ」

「(説明は)時間があったらな。

 早く引き上げよう」

 祐司は自分の剣を受け取り、背中に背負ってその場を急いで離れる。ついでに耕輔のカバンも忘れずに回収する。


 見張りのあげた声を聞いた男たちが目を覚まし、剣をつかんで起き上がろうとする。そこに宙点から稲妻のシャワーが降り注いだ。細く絞ってはいるものの男たちを気絶させるには十分だった。阿鼻叫喚あびかんきょうの中、次々と感電して地面に倒れる。始めて魔法の洗礼を受けた男たちは、何が起こったわからずパニックを起こした。だが、激しい痛みと痙攣けいれんと脱力で行動不能になっていた。


 ランドルフは自分のカンが正しかったと、痙攣けいれんする体で考えたがすぐに気を失ったのだった。

 中心から離れたところで寝ていた男が、起き上がりクロスボウで祐司たちを狙おうとしている。耕輔はすぐに気がついた。だが、立ち木のせいで稲妻は使えない。


 耕輔は、強く意思を込め手を振り下ろすと共に新しい魔法式を試す。

「ホーミングライトニングブレット」

 耕輔の頭上に次々と光点が現れ、光の尾を引いてクロスボウの男を襲う。プラズマビームは殺傷力が高すぎて後で嫌な気持ちになる。まして、敵だとしても人間相手に使いたくなかった耕輔は、電磁輪環光を試した時のブックマークから使えそうなものを試していたのだった。


 クロスボウを持つ手に命中し悲鳴をあげて取り落とす。次弾は地面のクロスボウをぜ飛ばした。男は右腕がだらりと垂れ効かなくなっている。それでも剣を左手に持ち耕輔に向かってくるところを稲妻で倒される。それを見ていた別のクロスボウの男は光点の軌道から身をかわし耕輔を狙ってくる。引き金を引く間も無く、光点は軌道を変え曲線を描き命中した。その男はぎゃっという悲鳴をあげて動けなくなった。


 その時、耕輔の死角から飛んてきたおおゆみかすめた。慌ててさらに頭を低く下げ、弩が来た方向に目をやるとすでに次矢をつがい自分を狙っている。ヤバイと思い雷撃を出そうとするが間に合わなかった。

 耕輔は自分に向け飛んでくるおおゆみがやけに間延びして見えた。しまった、敵の位置の読みが甘かった、ああこれが例のアレか、僕は死ぬのか嫌だ死にたくない、と短い間に思考が極端に振れる。動けず迫るおおゆみに思わず目をつむった。

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