虜囚

 耕輔たちが、そろそろ今日の宿の話をしていた頃、玲奈はベッドの脇で春華の顔を眺めていた。窓の外は日も傾き夕刻のオレンジ色の光が辺りを染め、穏やかな春の一日が暮れていく。


 母親には、『パパに許してもらいなさい』と言われ、たまたま休日で家にいた父親に病院に泊まることをなんとか許してもらった。というか許すしかなかったというのが正しい。

 玲奈の父親は玲奈にはとても甘いのだが、それでも最初は難色を示し許そうとはしなかった。そこを涙と、友情と、自分も繋がっているのでいつ同じようになるか分からないという自分解釈をそえて、最後は泣き落としで許してもらったのだ。


 玲奈は可愛い系の美少女である。玲奈はそれをよく知っている。父親に対しそれを最大限利用したのである。世のどんな厳しい父親でも愛する美しくて可愛い娘が涙ながらに懇願してきたら断ることは無理だろう、そしてその通り許可するしかなかったのである。

 ただし、いっしょに母親も泊まることが条件だった。


 これでいつでもウィスタリアの自分とリンクできる。春香を助けるんだと玲奈は強く決心していた。


  ―― ☆ ☆ ☆ ――

 

「耕輔、耕輔、耕輔!」

 玲奈フクロウが急にわめきだす。

「なんだ、どうした?」

 裕司とファーファから離れて、を見ていた耕輔が目をむいて振り返る。


「矢野くん、オリジナルの玲奈だよー」

「あ、ああ、わかった」

 耕輔は顔を正面に戻す。

「矢野くん、ひどい無視した。

 玲奈のこと無視したね」

「ごめん、ごめん。

 で、なに?」

 耕輔はすぐ謝った。


 前に無視したらつつかれてひどい目にあったのだ。

 耕輔は何気なく玲奈の話を聞いていたが、内容に慌てて裕司に声をかけた。

「玲奈ちょっとまって、裕司にも聞いてもらわないと。

 裕司!

 練習中悪いがちょっといいか?

 こっちきて」


 二人は何事かと近寄ってくる。

 ファーファは裕司の後ろでニコニコしてこっちを見ている。

『裕司を呼んだらファーファも来るよな』と心の中で呟いた。

 裕司を手招きして耳元で玲奈の話の概略を伝える。耕輔は裕司に説明しながら、ファーファに視線を投げた。


 裕司はその視線の意味を読んで返事をした。

「いや、ファーファやアギーもこっちの事情はわかってるし、巻き込んだ以上聞いてもらったほうがいいだろう」

 バーデンとクラクはもう横になっていて、興味深げにこちらを見ているが声がかからないので体を起こしたものの所在無げしょざいなさけにしてた。そのうちまた横になる。


 ライリーは馬車の中から何事も見逃すまいという目でこちらを睨んでいた。

 四人は玲奈の話を注意深く聞いていた。ファーファとアギーはほとんど意味がわからなかったようだが、あと二日以内に耕輔たちはこの世界から帰らないと酷いことになることは理解できた。


 その話を聞いたあとファーファの表情が暗く沈み込んだが、暗闇がその表情を隠した。

「そうか、魔法を失う可能性が限りなく高いのか。

 そのうえ、命の危険もあると……」

 裕司は、『そのまま、こっちにいたらどうなるんだろう?』と言う疑問が頭をかすめるが口には出さなかった、だれにもわからないのだから。


「それを心配するより。

 とにかく一日でも早く藤鞍さんと合流すればいいんだろ。

 その後も何があるかわからないんだから」

 耕輔は瞳に決心を秘めいつになく強い口調だった。


「じゃあ、玲奈はなるべくこっちと繋がってるって。

 偵察なんかも頼めるか?」

「まかせて、原田先生に生体モニタもつけてもらったし、できる限りのことするよ。

 この羽と目でなんでも見つけちゃうよ」

「わかっていれば無用なトラブルは避けられからな。

 ありがとう助かるよ」

 裕司にはトカゲの魔物のことが念頭にあった。この世界は何があるかわからない、用心に越したことはないと、痛感していた。


 ややあって、ファーファとライリーとアギーは馬車の中、バーデン以外の男どもはキャンプファイアを取り囲み横になった。ちなみにできる限りの事はすると言ったものの、オリジナルが引っ込むと玲奈は夜の散歩に飛んで行ってしまった。


 最初の見張りのバーデンは焚き火の脇に片膝立てて座っている。耕輔は小さく絞った電磁輪環光を焚き火の上方に固定していた。試しに解除しないでいるといつまで灯っているのか試すつもりだったが、眠気の到来とともに消えてしまった。


 祐司と見張りを交代した耕輔は、こんなことなら宿場で宿を取れば良かったと独り言ちりながら眠気と戦っていた。焚き火に木の枝を放り込み電撃で火をつける。少しは目が覚めたものの、一時間以上経つ頃には眠気が耐えられなくなっていた。必死に耐えたものの、次の見張りに交代する前に立て膝に額をつけて居眠りをしてしまった。


 ランドルフは暗闇のなか身をかがめゆっくりと進んでいる。

 夕刻キャンプを出発し、暗くなる前に近傍きんぼうの丘の頂上からこの付近の地形を記録した。今は情報収集のための捕虜を探していて、野営している連中を見つけて忍び寄るところだった。クロスボウの射手をすこし離れたところに残し、残りの四人は歩を進める。

 今夜は月がなく星明りだけなのでかなり足元が暗いなか皆危なげなく静かに歩いて行く。


 二頭立ての馬車があり、その後ろに焚き火があって三人が寝ている。見張りが一人いるものの、こいつは間抜けなのか幸運なのか居眠りをこいている。起きていれば、まず最初に殺しておく相手だ。


 前衛三人、後衛一人に分かれ警戒しつつゆっくりと進んで行く。枯葉を踏みしめるかすかな音が聞こえて来る。防具がかすかに音を立てるが寝ている男たちは気がつかない。


 腰のナイフを抜き後ろから見張りの男の首に突きつけた。

「動くなよ」

 残りの二人も同時に寝ている男たちの首にナイフを突きつけた。


「(動くなよ)」

 何と言ったか聞き取れなかったが、咄嗟とっさに漏れかけた声を口ごと押さえられた。声の調子から『動くな』と理解した耕輔は身動きを止めた。


 この世界に来る前の耕輔だったら、何が起きているか理解する前に暴れて、さっさと始末されていただろう。しかし、この世界に来てなんども死ぬ目にってきている。軽率に動かず状況の理解に務めることができるようになっていた。そして、居眠りをしたことを後悔したのだった。


 何度目の後悔だろう。しかし、居眠りをしたことは、耕輔には分からなかったが、結果的に幸運だった。


 寝ていたところを叩き越された他の三人は咄嗟とっさに剣に手を伸ばすが、ナイフを突きつけられ手を引っ込める。星明かりの中詳しくは見えないがこの世界では見かけたことのない格好をしていた。


 隠密行動のためか、ぴったりと胴体を覆う皮の鎧、全員長短複数のナイフを腰に下げており長剣の類は持っていないようだ。


「●△×□%◇!」

 大声で何か命令してくるが、耕輔と祐司は意味を理解できなかった。

 聞いたことのない言葉だった。この世界に来て言葉が通じないことなどなかった二人は軽いショックを受けた。かろうじてバーデンとクラクの視線を追って馬車に視線を向ける。


 馬車の中のファーファは気配を感じ目を覚ましていた。起き上がりひそかに外を伺っているが、もう一人が闇から現れて馬車の中に向け大声で何か叫んだ。もしもに備えて別行動を取っていたらしい。よく訓練されている、山賊などではなさそうだ。


 その声でファーファとマーフィーが馬車の中から出てくる。マーフィーの表情は恐怖に引きつり足元もおぼつかない。ファーファは声をかけつつ支えながら、みんなのところに歩いてくる。


 馬車のそばの男が中を覗き込んだ時、身体の光を消したアギーが飛び出して虚空へ消えた。その男は一瞬身構えたが、何が飛び出したか理解わからなかったようで恐る恐る車内を覗き誰もいないことを確認して身振りで他の男たちに伝えた。


 ファーファーはおとなしく言うことを聞いているが、その瞳は静かな光をたたえ油断なく周りを伺っている。男達を一通り眺めた後、裕司に視線を投げかける。裕司は、無言で首を軽く横に振り、いまは行動を抑える意思を伝えた。


 剣を取り上げられた六人は、手を縄で締め繫がれて引き立てられていく。耕輔の肩掛け鞄も取り上げられた。

「言葉は解るのか?」

「訛りが酷いがかろうじて」

 バーデンが祐司の問いに答えたがすぐにナイフを突きつけられ口を閉ざす。


 クロスボウをもった兵士風の男が途中で加わり、ここでも連携に慣れている事をうかがわせる。下手へたに抵抗していたら、いしゆみの餌食にもなっていただろう。


 しばらく歩かされ、男達の野営地に着いた。

 そこには十人ほどの同じような格好をした男達がいた。地面が盛り上がり幾分高くなったところに木の枝に紐をかけたテントがあり、隙間から明かりがかすかに漏れてくる。男たちは横になって寝ている者もいるが、数人が野営地の周りを見張っているらしく、時々戻ってきては入れ替わりに出て行く者がいる。


 十メートルほど離れた立ち木に六人は繋がれた。そこには三人の先客がいた。

 格好からすると農夫のようで不安そうにしている。同じように捕虜にされたらしい。

 そばには腰に剣を下げた男が見張りに立っており、不安から解放を懇願こんがんする農夫を殴りつけていた。農夫はしたたか殴られ呻き声をあげて大人しくなった。


 六人は視線と仕草を交わし、いまは機会を待つことに決めた。

 祐司だけが後を尾けてくるアギーに気がついていた。

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