第2話


次の日からジズは色々な人に本当の花のことを尋ねて回りました。


クラスで一番物知りな男の子。

綺麗で賢い担任の先生。

近所の噂好きなおばさん。

いつもおすすめの本を貸してくれる図書館のお兄さん。


誰に訊いてもその答えは同じでした。


「本当の花なんてあるわけがない」


それでもジズは決して、諦めませんでした。

ジズは毎日、学校が終わると色々なところに行っては本当の花を探しました。


近所の公園から薄暗い路地裏まで、ジズは思いつく限りの場所を探しましたが、それでも本当の花が見つかることはありませんでした。


「お祖父ちゃん、本当の花ってどこにあるのかしら?」


お見舞いに現れたジズがそんなことを言うものですから、お祖父さんは驚いてしまいました。


「ジズ、もしかして本当の花を探してくれているのかい?」

「そうなの! わたしが本当の花を見つけてみせるから、お祖父ちゃんはもう少ししんぼうしていてね」


ジズはそう言いましたが、本当は見つかる見込みなど全然ないのです。


「ありがとう、ジズ。でも見つけるのは大変じゃないかい?」


お祖父さんは優しげに目を細めてジズを見ます。けれどその瞳は、ジズの姿に他の誰かの影を重ねているようでもありました。


「全然見つからないのよ。あっ、そうだわ。本当の花にもたくさん種類があるのよね? それならお祖父ちゃんの好きな花を教えて。そうすればきっと、うんと見つけやすくなるわ」


ジズは自分でも名案を閃いたと思いました。


お祖父さんは顎に手を当てて考え込みました。けれどジズにはそれが考えるフリだということがわかっていました。


それというのも、お祖父さんは答えを持っていても、それを言いたくない時には顎に手を当てていかにも考えているようなポーズをするのです。


しばしそうやって黙っていたお祖父さんは、とうとう口を開きました。


「昔はね、ヒースという花が好きだったんだよ。荒野に咲く寂しい花さ。だけど、いつだったかある人が白くて綺麗な花をプレゼントしてくれたんだ。普段そんなことをするような人じゃなかったから自分でも驚くくらい嬉しくてね。それ以来、その花が一番好きなんだよ」


お祖父さんはどこか恥ずかしそうに、けれど嬉しさを思い出しているように語りました。だからジズはその花をプレゼントした人はきっとお祖父さんの大切な人なのだろうな、と思いました。


「その花はなんていう花なの?」

「その花の名はね――」


お祖父さんはとても大事そうにその花の名をジズに告げました。



お祖父さんの好きな花を聞いてから、ジズは街の図書館に花に関する本を借りに行きました。色々と知っておいた方が探しやすいと思ったからです。

ところがいくら探しても本当の花に関する本はありませんでした。


「花についての本っていったらこれくらいしかないな」


図書館のお兄さんは人工植物の花のカタログをジズに渡しながら頭をかきました。


「ごめんね、ジズ」

「ううん、大丈夫よ。花の種類を見るだけならこれでも足りるもの」


本当は花の咲く場所などの情報が少しでもほしかったのですが、ジズはいつも優しくしてくれるお兄さんにわがままを言いたくありませんでした。


「ありがとう、お兄さん」

「うん、本当の花が見つかるといいね」


お兄さんに手を振って別れた後、ジズは家に帰って早速そのカタログを開いてみました。

色鮮やかな花の写真が何ページも続いていて、ジズは目的を忘れて見入ってしまいそうになりました。


本当の花を見たことのないジズの目には、まがいものの、人工植物の花だって十分美しく映ったのです。

 

そんな状態のジズでしたから、お祖父さんの好きな花を見つけるまでに色々と目移りしてしまって、お目当ての花のページを探し当てる頃には日が落ちてから随分経っていました。

 

そろそろお母さんが帰ってくる時間だわ、と空想のお花畑から我が家の居間に帰ってきたジズが思っていると、折しもジズの母が帰ってくる足音が聞こえてきました。


「あら、ジズ。何を見ているの」

 

帰ってきたジズの母はそう尋ねながらテーブルの上に広げられた本を覗き込みました。


「あのね、お祖父ちゃんの好きな花を教えてもらったから、どんな花なのか図書館で借りた本で調べていたの」


ジズは開いているページの花の写真を指さしました。


「丁度お祖父ちゃんの好きな花を見つけたところなのよ」

 

ところがジズの母はジズの説明をほとんど聞いていない様子でした。


「……この花」


ジズの母は瞬きもせずに花の写真を見つめています。


「この花が好きだって言っていたの……?」

「ええ、そうよ。お母さん、どうしたの?」


ジズの母は一瞬、呼吸を忘れたように立ち尽くしました。


「そんな、嘘よ……もう覚えてもいないと思っていたのに」


か細い吐息とともに吐き出された言葉は震えていました。


ジズはわけがわからず、母親を見つめます。母の顔は幼い少女のように頼りなく、怯えているように見えました。


「お母さんはお祖父ちゃんの好きな花のことを知っているの?」


ジズの問いかけにジズの母ははっと我に返りました。


「知っている……というか。昔、あげたことがあるのよ。お祖父ちゃんに、この花を」


ジズの母はそう言って指先で写真の花をなぞりました。思い出の輪郭に触れるように、そっと。


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