その2(3)
レイナスが目を覚ますと、外は夕暮れのようだった。レイナスはベッドから体を起こし、部屋を出ると、例の実験部屋に行き魔法陣を描き直し始めた。これはかなり神経を使う作業で、少しのずれも許されない。やがて、部屋にサラディンが入ってきた。
「起きてらしたんですね」
「うん。魔法陣はこれで合ってる?」
サラディンが、レイナスが書いた魔法陣の周りを廻り、注意深く細部に渡ってチェックした。
「はい。問題ありません」
ろうそくや薬草など、他に必要になるものを二人で手分けして配置した。準備が整うと、レイナスは魔法陣の中心に入った。
「サラディン、僕がここにいる間、カミルのことを見てて」
レイナスが言うと、サラディンがうなずいた。
「分かりました。まだ怪我も癒えていませんし、十分に休ませましょう。心配なさらないでください」
カミルから三日も目を離すのは不安だったが、サラディンが今更何か悪だくみをするとは考えにくかったし、今はこれが最善だとレイナスは思った。
「それじゃ、頼むよ」
「はい」
サラディンは、レイナスに一礼して部屋を出て行った。
レイナスは、呪文を唱え始めた。それを三日三晩続けると、やがてカミルの時と同じように、魔法陣が光り始め黒い煙が現れた。それは、自分の体を取り囲みどんどん濃くなっていった。
《我を呼ぶのはおまえか?》
レイナスの頭の中に、直接声が響いた。
《我と契約するか?》
レイナスは、呪文を唱え続けた。すると、黒い煙が自分の体の中に入ってきた。体中が熱くなり、力がみなぎっていく。すべての煙が入りきると、レイナスは、自分の体が明らかに変わったと感じた。レイナスは呪文を止め、大きく息を吐いた。自分の体を見回してみる。見た目はもちろん変わらない。しかし、明らかに体が軽くなっていて、自分が願ったことがすべて叶うような、そんな自信が自然と湧いてきた。
レイナスが「浮きたい」と思うと、自分の体が浮きあがった。「すごい」と、思わず声に出してしまった。今度は、部屋の隅から隅へと瞬間移動してみる。これも、頭に念じただけで簡単にできるようになっていた。
その時、部屋のドアが開き、サラディンが入ってきた。そして、レイナスの様子を見て、
「成功したのですね」と言った。
サラディンの後ろにはカミルがいた。大分顔色が良くなっている。レイナスはほっと胸を撫でおろした。
「カミル、体は痛くない?」
レイナスが尋ねると、カミルは、無言でうなずいた。
サラディンがレイナスに言った。
「カミルの傷は大分癒えました。レイナス様も休まれた方がいいでしょう」
「そうだね」
三日三晩呪文を唱え続け、頭も体も限界だった。レイナスは寝室に移動すると、ベッドに倒れ込むように横になり、そのまま深い眠りについた。
レイナスが目を覚ますと、外は明るかった。一体どれぐらい眠っていたのか、全く見当がつかない。ベッドから起き上がり、部屋を出ると、居間の椅子にカミルが座っていた。カミルはレイナスを見ると、急いで立ち上がり、サラディンの部屋に駆けて行って、ドアをノックした。部屋からサラディンが出て来た。
「目が覚めたのですね」
「僕、どれぐらい寝てた?」
「丸一日です」
サラディンはそう言うとカミルの方を見て、「カミル、あれを」と言った。
カミルは、居間の奥にある実験部屋とは反対側の出入口から出て行き、しばらくして木製の器を手に戻ってきた。そして、器を居間のテーブルの上に置いた。
「まさか」
レイナスは、テーブルに歩み寄り、カミルが置いた器の中をのぞきこんだ。それは、ジャガイモのスープだった。ナレ村にいた頃、食事はいつもジャガイモのスープとライ麦パンで、三人で交代で作っていた。
「カミルが作ったの?」
レイナスが尋ねると、カミルがうなずいた。記憶が少し戻ったのだろうか? レイナスがそんな期待を胸に抱いているとサラディンが、
「言葉もそうですが、生活に必要な事は覚えているようです」と言った。
記憶が戻ったわけではないと分かり、レイナスは落胆したが、少しでも以前の面影があるだけで希望が持てる気がした。
「食べていい?」
レイナスが言うと、カミルがうなずいた。
レイナスは、一週間何も食べていなかった。不老不死の体とはいえ、お腹は減るのだと思った。
食事を終えたレイナスは、サラディンに言った。
「ナレ村の近くにカミルを連れていって、どこまで行けるのか試してみたいんだけど」
「それは、できると思いますが、そんなに近くまでは行けないと思います」
「分かってるけど、実際に見てみないと分からないから」
「分かりました。では、行ってみましょう」
サラディンは立ち上がると、家の出入口のドアを開けた。レイナス、そしてカミルもサラディンの後に続いて家を出た。
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