その1(9)

 それからさらに二か月が過ぎた。カミルとレイナスは魔物を退治しながら旅を続けた。

 魔物を退治すると、村人たちに感謝され、金や食料や宿を提供してくれることもあった。段々、魔物退治が生業化していき、カミルは、聖職者を目指していたはずの自分たちがこんなことをしているのを皮肉に感じざるを得なかった。

 やがて二人は、とある村に辿り着いた。そこは小さくて質素な雰囲気の村だった。

「なんか、静かな村だな」

 カミルが辺りを見渡しながら言うと、レイナスも「そうだね」と言ってうなずいた。

 二人が、しばらく辺りを見回しながら歩いていると、中年の男が歩み寄ってきた。

「旅の方?」

「はい。そうです。あの、どこか泊まれるところはないでしょうか? 物置でも馬小屋でも何でもいいんですけど」

 カミルが尋ねると、男は「ああ、それなら」と言って、道の先を指さし、

「この先に、昔人が住んでて、今は空き家になっているところがあるから、そこを使ったらいい。一番端だし、荒れてるからすぐ分かると思うよ」と教えてくれた。

「ありがとうございます」

 レイナスとカミルは頭を下げた。

 その小屋は、元々民家だけあって、荒れ果ててはいたものの、広さは十分だった。

「泊まれるところがあってよかったね」

「そうだな」

 二人はその小屋を掃除して、眠る場所を確保した。

「三日ぐらいはここにいられるかな? 少し休みたいね」

「うん。そうだな。ここのところ歩き続けてたもんな」

 カミルはベッドに座って靴を脱いだ。足のあちこちにまめができている。

「すごいまめだね。痛い?」

 レイナスが心配そうにのぞきこんだ。

「大丈夫だよ。レイだって、足痛いだろ?」

「うん、ちょっとね。でも、大丈夫だよ」

「今まで、こんなに歩いたことなかったよな」

「そうだね」

 二人はこれまで、ナレ村からあまり出たことがなかった。

「そういえば……」

 カミルはふと、一度だけ二人きりで遠出をしたことがあったのを思い出した。あれは、二人がまだ十歳ぐらいだった頃、願い事が叶う花が咲くという伝承のあった山に登った時だ。

「レイ、前にさ、二人で願い事が叶う花を探しに行ったの覚えてる?」

 カミルが尋ねると、レイナスがうなずいた。

「覚えてるよ。そういえば、そんなことあったね」

「あの時は大変だったよな」

「そうだね。途中で道に迷っちゃって、そのうちに夜になっちゃって。おなかは空くし、足は痛いし」

「あの時はほんと怖かったよ。俺が言い出したのに、いざとなったら俺の方が不安になっちゃって。でもレイは落ち着いてたよな」

「そんなことないよ。内心すごく不安だった」

「そうだったのか? 俺から見たら全然怖がってないように見えたけど」

「一人じゃなかったからだよ。一人だったら絶対泣いてた」

「そうだったのか」

「そうだよ」

「だけど、花を見つけた時はうれしかったよな」

「そうだよね。苦労した分、ものすごくうれしかったよ」

「あとで、ノーマン神父様にものすごい叱られたけど」

「ハハ。確かに、すごく叱られたよね」

 カミルの脳裏に、ノーマン神父の顔が浮かんだ。あの頃は平穏で幸せな毎日だった。よく考えると、こんな風に思い出話をするのは、ノーマン神父を亡くして以来初めてだった。二人はしばらく、昔あった色々な出来事を思い出しては話し込んだ。

 そのうちに、段々と日が落ちて来た。

 レイナスが「僕、パンと水をもらってくる」と言って立ち上がった。カミルも立ち上がろうとしたが、レイナスがそれを止めた。

「カミルは休んでて。すぐ戻るから」

 レイナスはそういうと、外に出て行った。

 カミルは一人、レイナスの帰りを待った。とても静かだった。

 しかし、その静寂は突如破られた。

 何の前触れもなく、小屋のドアが激しい音を立てて外から開けられたのだ。

 カミルは驚いて立ち上がった。

 ドアの外には物々しい雰囲気の男たちが数人立っていた。服装からして、盗賊などではなく、この付近の住民だと思われる。全員が敵意むき出しの表情を浮かべ、手には鍬や棒などを手にしていた。カミルは事情が分からず困惑した。

「どうしたんですか? 何かあったんですか?」

 カミルの問いかけに応じず、男たちは小屋の中に踏み込んできた。カミルは思わず後ずさる。

「おまえ一人か? もう一人はどうした?」

 男の一人がカミルに尋ねた。

「今は俺一人ですけど……? 一体何なんですか?」

「おまえたちは魔物か?」

 男の問い掛けに、カミルの顔からさっと血の気が引いた。嫌な予感がする。

「俺たちは、魔物じゃないです」

 カミルは言ったが、男たちの緊迫した表情は全く緩まなかった。

「嘘をつくな!」

 すると、別の男が言った。

「かまわない。まずはこいつを殺して、あと一人は後でやっちまおう」

「そうだな」

 男たちはカミルににじり寄って来た。

「待ってくれ! 俺たちは魔物じゃない!」

 カミルは必死に訴えたが、聞き入れられなかった。男たちが一斉にカミルに武器を振り下ろした。

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