その1(3)
村人たちが帰った後、二人きりになったカミルはレイナスに尋ねた。
「これから、どうする? あいつ、また来るって言ってただろ?」
「ここには……いられないよね」
「そうだよな。逃げないと……」
しばらくの沈黙の後、レイナスが口を開いた。
「カミルは、僕が怖くない?」
「え?」
カミルは、困惑した。レイナスが普通の人間ではないということは分かったが、だからと言って、すぐにレイナスに対する見方が変わるわけはない。これまでずっと一緒に暮らしてきて、レイナスのことは自分が一番良く知っている。レイナスは、人を傷つけるようなことは絶対にしないし、例え魔術が使えるようになったとしても、それを悪用するような事は絶対にしない人間だ。
「全然怖くないよ。」
カミルはそう答えたが、レイナスの表情は暗かった。
「そっか。でも……僕は、怖いよ」
レイナスが暗いのは無理もなかった。自分の父を母が殺したという事実を知り、自分が十六年前なぜ捨てられたのか、その理由も分かった。強い魔力を持っていることも自分が望んだ事ではない。
レイナスは、視線を落としたまま、
「僕は、いつかカミルを傷つけてしまうかもしれない」と言った。
カミルは首を振った。
「そんなことないよ」
「僕は、本当は、自分の中に深い闇があることを知ってたんだ」
「え?」
レイナスの思いがけない言葉に、カミルは驚いてレイナスの顔を見つめた。
「今まで、聖職者にあるまじきものだって、ずっと悩んできた」
「それは、どういうこと?」
「今は言えない。けど、自分の事を知って納得した。僕は、聖職者になんてなれない存在だったんだって」
「そんなことない! 俺には分からないよ。レイに闇の力なんて感じたことなかった」
すると、レイナスは首を振った。
「カミルは、知らないだけだよ……。本当の僕を」
「……本当のレイって?」
「知ったらきっと幻滅する」
「俺は幻滅したりしないよ」
しかし、レイナスは再び首を振った。
「たぶん、僕は母親にも疎まれていたんだ。だから捨てられたんだ。好きでもない人との子だからっていうのもあるけど、僕自体が疎まれていたんだと思う。母親だから、僕のこと良く分かってたんだろうね」
レイナスの言うことがどんどんネガティブになっていく。自分の中に闇があるというレイナスの言葉の真意は分からないが、おそらく、自分の素性を知って気持ちが落ち込んでいるのだろう。だからすべてを悪い方に考えてしまっているに違いない。レイナスを何とか励まそうと、カミルはレイナスの手を取って言った。
「自分のせいじゃないのに、そういう風に言うなよ。過去の事とか親の事とか、そんなのどうだっていいだろ」
「カミルは知らないから……。だからそう言えるんだよ。カミルだって、本当は僕から離れた方がいいんだ」
「いい加減にしろよ。俺は、レイから離れないからな」
「後で後悔するかもよ?」
「しないよ。もし後悔したとしても構わないよ」
「ごめん。僕のせいで」
「あやまるなよ」
「だって、僕のせいで、カミルまで巻き込んで……」
確かに、カミルももうここにはいられない。もし、カミルがサラディンに捕まりでもしたら、恰好の人質になってしまう。
レイナスは、「僕のせいで、ごめん」と再び言って、カミルに頭を下げた。
カミルは首を振った。
「だから、レイのせいじゃないよ。何度も謝るなよ。俺は平気だから。何があっても、レイと一緒にいるから」
カミルの言葉に、レイナスが「ありがとう……。」と言った。
カミルは思った。これからは、自分が今まで以上にレイナスの支えになってやらなくてはならない。レイナスの悩みは、今後自分にしか分かってやることができない。もし、カミルがレイナスから離れたら、レイナスは孤独になってしまう。
《俺がレイを助けてやらなきゃ……》
カミルは、そう決心した。
翌日、二人は村人たちと共に祈りを捧げ、ノーマン神父の遺体を教会の敷地に埋葬した。そして、旅支度を整えた。
村人たちは、二人を心配し、早く逃げるよう口々に言った。そして、旅のためのマントや荷物を入れる袋を用意してくれた。
準備が整うと、二人は村人たちに挨拶し、ナレ村を後にした。
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