第5話「ガラスの靴」

わたし、待島スミカは久し振りに青景ソラハさんと話してる。


ソラハさん、覚えてるかな。

わたし、上手に喋れてるかな。

変なこと、口走ってないかな。

変な子だと、思われてたら嫌だな。


「………ああ、うん、あ、ありがと」


ちょっと挙動不審なソラハさんが可愛くて。


「待島さん、ありがと。よく私の名前なんて覚えてたね」


わたしの名前を覚えててくれたのが、嬉しくて。


わたしは彼女を誘って、歩き出す。


途中で降り出した雨を口実に。


わたしは彼女の手を取り、走り出す。


わたしの家に彼女を招く。雨宿りは、口実。


彼女と。ソラハさんと仲良くなりたかった。


ソラハさんは珈琲派かな。紅茶派かな。


「はい、タオル。いま、お湯湧かして来るから。珈琲と紅茶、どっちがいい?」


「あ、珈琲………砂糖多め。」


「ミルクは」


「いる」


珈琲派なんだ。わたしは紅茶派。なんか残念。


わたしも今度、珈琲にチャレンジしてみよう。


紅茶の温度の最適解、100度。

珈琲の温度の最適解、95度。



「………珈琲。砂糖は多めっていってたよね。角砂糖二つくらいでいいのかな。あと、ミルクだっけ」


自分用の紅茶と、ソラハさん用の珈琲を用意して部屋に戻る。


「珈琲、わたし苦いからあんまり。お揃いにできなくてゴメンね?」

(お揃いにしたかったな)


わたしは、自分のマグカップの紅茶に砂糖をこぼしていく。


彼女がなんだか怪訝そうな目でわたしを見てる。

角砂糖、二つじゃ足りなかったのかな?


雨は、まだ止まないみたい。


「傘刺しただけだと、ずぶ濡れになっちゃうね、きっと。傘、余ってることは余ってるんだけど」


強引にわたしは、泊まっていくことを提案する。


ソラハさんの家の電話番号を迅速な手際で聞き出して。


これぞ優等生!って感じの喋り方で、よどみなくソラハさんのお母さんを丸め込む。


わたし、悪い子かな。


キリのいいところでソラハさんに変わる。


ソラハさんはソラハさんのお母さんと、簡単なやり取りしてる。


たぶん、成功した。


「待島さん、お母さん、泊まっていいって」


それを聞いて、わたしはソラハさんに思わずウインクする。


電話を切る。とりとめのない話をする。


気付いたんだけど。たぶん彼女は四月の一時期、わたしと放課後毎日あってたことを、忘れてる。


一言、多くて二言しか話さなかったから無理もないんだけど、ね。


わたしはゴロンと寝転がる。


「わたしね………親があまり仲が良くなかったの」


あれ、わたし、何を話してるのかな………


「わたしのウチ、親が共働きで………すれ違いも多くってさ。意味もなく、父さんに殴られたりして。母さんもよく泣いていて」


駄目だよ、その話題は。わたしは、何を考えているんだろう。


「だからさ、バラバラになっちゃったんだ」


ソラハさんに聞かせることじゃない。ソラハさんに聞かせてもどうしようもない。


ソラハさんとは、もっと楽しいことを話したい。

でも、自然とわたしは告白してしまっていた。


あるべき家族の姿とか、正しい家族の姿ってなんだろう。

なんで、好きになる人まで、誰かに管理されなきゃいけないのかな。


異性と結婚して、家庭を築いて、子供を作って、押し付けがましい伝統的家族観に従うことって、わたしには価値があると思えない。自由にみんな、愛したい人を愛せばいいと思う。


誰が正しいかを決めるんだろう。なんでそれを強制されなきゃいけないんだろう。


だってわたしは現に、ソラハさんに魅かれてる。


「そんなの、わたしたち一人一人が勝手に決めればいいじゃん。なんで押し付けようとするんだろ、みんな………」


「ソラハさん、私はソラハさんのこと、前から気になってたの。縮れた、天パのセミロング。意志の強そうな口元。あなたが学校で、休憩時間に読んでる本も、わたしも好きなの多かった」


わたしは思わず、ソラハさんに告白してしまっていた。

彼女をぎゅっと抱き締める。


嫌われたりは、しないかな。



わたしのいま住んでいる国は、決して、女性が女性を愛することを、愛してしまうことに、寛容ではない。


剥き出しの憎悪を、関係のない沢山の人に、ぶつけられる。


この国は、好きな人を自由に決めることに、決して寛容ではない。


だから、わたしの恋は許されない。


この国は、誰かを口実を作って罰する国。

話し合って、人の価値観を許し合う国じゃない。


そう。あの日、父さんが。幼いわたしを、謝っても決して許さず殴ったように。


そう。あの日、母さんが、わたしが幾ら謝っても、わたしを許してくれなかったように。


わたしは思わず、スミカさんを抱き締めてしまっていた。

振りほどかれはしないかな。急にこんなことして、嫌われたりはしないかな。

でも、ソラハさんは、振りほどいたりはせずに。軽くだけど、優しく抱き締めてくれた。


「少しだけ、こうさせていて………」


わたしはソラハさんに甘えてしまう。


彼女があまりにいとおしくて。わたしは彼女にくちづけをする。


苦い珈琲の味が、わたしのファーストキス。


わたしはそのまま、ソラハさんと抱き合ってた。ソラハさん、いい匂いがする。


せいぜい、放課後に一声かける程度の仲だったのに。

今はこんなに彼女が近くにいる。


彼女も、少しは私を覚えてくれていたのかな。


わたし、ソラハさんに魅かれていたことを、告白しちゃったな。


嫌われてないかな。迷惑じゃないかな。好きでいることを、許してくれるかな。


そんなことを思いながら、とりとめのないことを、彼女と話す。


学校のこと。好きな本のこと。一日で好きな時間帯。好きな食べ物。ソラハさんやわたしの趣味。犬派か猫派か。好きな天気は?


わたしはそうしているうちに、楽しくなって、不意に歌い出してしまう。


「タッタッタッタッ。タタタン、タタタン」


一年の時の、合唱コンクールの曲。


「タン、タン、タン、タン」


ソラハさんも覚えていてくれたみたい。


合いの手をいれてくれる。


「タッタッタッタッ」

「ラララ、ラララ」


二人のリズムがあまりに美しく重なって。わたしは吹き出してしまう。


「合唱コンクールの曲、よく覚えていたね」

「うん、なんとなく」

ソラハさんははにかみつつ笑う。


いつしか、時間はもう、23時を回っていた。


もうすぐ。もうすぐ、直に彼女のガラスの靴は脱げる。


魔法は解けてしまう。


わたしは、明日の学校で、今日の彼女を見つけられるのだろうか。


時計の針が、酷く残酷なものに思えた。


ソラハさん、わたしはあなたと。


もっと仲良く、なりたいです。



例え、この世界のすべてが、わたしの想いを許してくれはしなかったとしても。



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