第3話「六月は雨が多いから」
「わたしね………親があまり仲が良くなかったの」
待島さんのウチで、待島さんはゴロンと、座布団を枕にして寝転びながら。
その茶っぽい黒髪を指で弄びながら。天井の蛍光灯を見上げて、独り言のように呟く。
「わたしのウチ、親が共働きで………すれ違いも多くってさ。意味もなく、父さんに殴られたりして。母さんもよく泣いていて」
「だからさ、バラバラになっちゃったんだ」
私は――、青景ソラハは、かける言葉なんてなかったです。
急にそんな話を聞かされても。と思ったし。でもそれを語る彼女、待島スミカの碧い瞳が。これ以上なく寂しそうで。そして悲しそうで。
「ねぇ、あるべき家族の姿、ってなんだろうね………」
待島スミカはポツリ、呟く。
「大人って、そういうの好きだよね。正しい家族の姿、とかさ。それって誰が決めるの? 国? 伝統? 偉い人?」
「そんなの、わたしたち一人一人が勝手に決めればいいじゃん。なんで押し付けようとするんだろ、みんな………」
「わたし、六月産まれなの。ソラハさんは?」
「あ、私、五月…」
「一月違いだね」
ふふ、って軽く、だけど淋しく笑うスミカさん。
「六月は雨が多いから。だからわたしは泣かないって決めてる。空が、わたしの分まで泣いてくれるから」
「ソラハさん、私はソラハさんのこと、前から気になってたの。縮れた、天パのセミロング。意志の強そうな口元。あなたが学校で、休憩時間に読んでる本も、わたしも好きなの多かった」
スミカさんがぎゅっと抱き締めてくる。
不思議と、振りほどく気がしなかった。
振りほどきたくなかった。
「少しだけ、こうさせていて………」
私はスミカさんを見る。目が潤んでいる。口元が震えている。
唐突にキスを、された。
甘い、紅茶の味が、私のファーストキスでした。
「苦い珈琲の味。わたしのファーストキス」
スミカさんは嬉しそうに、歌うように呟く。
私たちはそのまま、抱き合っていた。それが不思議と心地よい。
昨日までは、何も接点のなかった二人なのに。
ううん、あった。少なくとも私はみていた。
その、茶っぽい黒い長い髪を。深い碧の美しい瞳を。彼女の気高い、孤高の佇まいを。
そして、彼女も、私をみてくれてたんだ。
私の、何を気に入ってくれたのか、まだピンと来ないけど。
私みたいな何もない人間を見ていてくれた。
それが凄く、嬉しい。
生きる価値が認められた気がする。
生きていてもいい、そういわれた気がする。
何故だが、涙が零れてしまった。
私は、そのまま、涙が止まらなくなってしまう。
六月は雨が多いのに。
六月の空は、私の分までは泣いてくれなかったらしい。
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