オリエント急行の夜

深瀬四季

第1話

大阪行きの夜行急行「東洋」は夜の名古屋駅を出発した。

乗客の深瀬は車内を見渡した。

車内は、大雪の為のキャンセルが多くなったのか、かなり空いている。車内では深瀬のような高校生くらいの若者はほとんど乗っていない。少子高齢化という言葉が深瀬の頭に浮かび、そして読んでいた本に目を戻す。


人の気配がして、深瀬は顔を上げた。

名古屋駅から乗って来たのだろう、深瀬と同年代くらいの女の子が通路に立っている。車内を見回してから、手元の切符を見て席を確認している。どうやら深瀬の隣の席のようだ。

「こんばんは。」少女はそう言いながら席に座つた。

深瀬も軽く挨拶を返し、少し考えてから本の世界に戻る。


列車が止まった。名古屋の次の停車駅は京都のはずで、それにしては早すぎる。運転停車かと思ったが駅ではないところに止まっているようだ。

隣の少女が起きたようで、軽く伸びをするのに深瀬は少しだけ見とれた。「あれ、電車止まってる?」少女は辺りを見渡した。

「岐阜と滋賀の県境ですね。」スマホの位置情報で現在地を確認して教えてあげた。「雪崩で止まっているのかも。」「そうですか。」少女はそう言って、暗い窓の外を少し見た。そして言った。


「雪が綺麗ですね。」


「どういう意味ですか?」だってほら、と言って、少女は窓の外の街灯に照らされた雪を指差す。「雪って、光が当たり続ける限り、溶ける最後の最後まで輝き続けるでしょ?綺麗だと思いませんか?」

戸惑う深瀬とは対照的に、少女のほうは特に意識して言ったわけでもなかったらしい。少女はえーっと、と人差し指を顎にあてながら言った。「お暇ですか?」「見ての通りです。」苦笑しながら深瀬は言った。「ちょっとお話ししても?」「いいですよ。」少女は笑顔になる。

「えーっと、あなたのお名前聞いていいですか?」少し戸惑ったが深瀬です、と答えた。

「深瀬君、でいいのかな、どこまで行く予定?」

同年代と思ったのだろう、少女は敬語を使うのをやめた。

「とりあえず大阪まで行こうかと。そこから先はまだ考えていません。」

決めてないんだ、それも楽しそう、と少女は言った。

「私は京都まで行くよ。ほんとは新幹線で行く予定だったんだけど、雪で名古屋駅で止まっちゃって。ネットで調べたらこの列車の指定席空いてるみたいで、乗ってみたんだ。」


「お客様にご案内いたします。先行する貨物列車が雪崩の為停止しており、当列車も関ヶ原駅付近にて停車しております。全力をあげて除雪作業を行なっていますが、運転再開は未定です。」車掌からアナウンスが入った。

「似たような状況の殺人事件を読んだことがあります。」「個室寝台じゃないからこの列車は犯罪に向かないかも。」

少女が全く同じ小説のことを考えていたことに苦笑する。

「名前だけは本家と一緒ですからね。」

戦前は豪華列車だった急行「東洋」だが、戦後は設備の簡略化がすすみ、今では普通の特急列車と同じ車両が使われている。

「ヨーロッパ行って乗ってみたいな!いつか連れてって!」笑顔でいう少女を深瀬は可愛いと思った。


「深瀬君は何を探しに旅に出てるの?」

「自分探しでもしてるように見えますか?」

ちょっとだけそう見えた、と少女は笑いながら言った。

「目的地もなく旅に出る人って、何かを探しているように見えるんだよね。」

「なんとなくわかる気がします。」

深瀬は続ける。

「僕は西へ行きたいんだと思います。それ以上の意味は多分ないかな。」

「どういうこと?」

「ゴーウエスト 、って言葉わかりますか?」

「わかんない!」

「アメリカの西部開拓時代のスローガンのようなものです。西へ行って夢を叶えよう、ってことなんだけど、」まぁ結果的に先住民への侵略でもあったんですけどね、と呟く。

「僕は東京の人間ですから、西に対して憧れがあるんです。せっかくの機会だから行けるだけ西に行ってみたいなって。」

「なんかかっこいいね!私もいつか思いっきり旅したい!」

「あなたは何かを探しているんですか?」

深瀬は尋ねてみた。

少女は少し考えてから言った。

「人探し、なんだと思う。」

「誰を探してるんですか?」

「初恋の人、かな?」

「え?」

こういう話にあまり慣れていない。

戸惑う深瀬を見て少女は小さく笑った。

「冗談だよ。」

「僕はそこまで一途にはなれません。」

「辛いこと思い出させたならごめんね。」

「気にしないで下さい。」

「ありがと。」

少女は続けた。

「私、多分すごく寂しがりやなんだ。いつも、どんな時も。あんまりそんな風に見えないかもしれないけどね。」

「僕はなんとなくそんな気がしてましたよ。」

「え?」

深瀬は苦笑した。

「えーっと、説明した方がいいかな?」

「お願い!」

「僕がこの席を予約した時、隣の席は開いていました。車内はかなり空いているのなら、普通は隣に人がいない席に座りたいって思うはずです。ってことは、あなたはわざと[隣に人がいる席]を選んで席を予約したってことですよね?」

「そうだよ。」

「だから、名古屋駅で乗って来た時、もしかして寂しいのかなって思って。声かけたほうがいいのか少しだけ迷いました。」

「声かければよかったじゃん!」

「僕はそんなに人間関係得意じゃないんです。」

「私もそうだよ!結構恥ずかしかったけど勇気出して声かけてみたんだ。」

「そうだったんですか?」

「うん。」

少女は少し顔を赤らめた。

「だから、私が探してるのは[寂しくない何か]かな。」


少しの沈黙の後に、深瀬は言った。

「今、あなたは寂しいですか?」

「私?」

少女は少し首を傾げ、そして言った。

「深瀬君がいるから寂しくないよ!」

少女につられて、深瀬も笑顔になる。


恥ずかしさなのか、少女は無言になる。

「飲み物買ってくるけどリクエストありますか?」

深瀬の問いかけに答えるのが少し遅れた。

「うーん、紅茶あればお願い。」

「承りました。」

深瀬は席を立ってデッキの自動販売機に行った。


デッキは寒いので、ペットボトルの温かみがちょっとした刺激である。紅茶と自分用の緑茶を買って席に帰ってくると、疲れていたのだろう、少女は寝息を立てて寝ていた。


苦笑しつつ席に座り、少女の顔に紅茶のペットボトルをあてる。少女は幸せそうな顔をしていた。

深瀬は少女の席をゆっくりと倒し、自分が着ていたコートを優しくかけた。「おやすみなさい。」と呟き、深瀬は本を開く。


深夜、列車が動き出したころ、深瀬も眠りについた。



列車はトンネルを抜けて京都府に入った。貨物列車とすれ違う音が響いて、深瀬は起きた。

「おはようございます。」

「おはよ。」

少女はすでに起きていたようで、髪に寝癖がついているのを深瀬は微笑ましく思った。時計を見ると7時前である。雪崩がなければすでに大阪についている時間だ。

「紅茶頂いたよー。ありがと。」

「どういたしまして。」

もう温かみは残ってないが、飲んでくれたらしい。

「それにしても早起きですね。」

「うん。なんか深瀬君の寝顔を見てみたかったから。」

「え?」

困惑する深瀬を見て少女は笑った。


「昨日も言ったっけ、私、京都で降りるんだ。」

少女は言った。

列車は京都駅の1つ手前の山科駅を通過したところである。

「ってことで、寂しいけど深瀬君とはお別れかな。いろいろありがと。」

そうですか、と深瀬は呟いた。

「話してて楽しかったですよ。こちらこそありがとうございました。」


そういえば、と言ってから少女は言った。

「私の名前教えてなかったね。名前知りたい?」

深瀬は少し迷ってから言った。

「ありがとう。でも今回は遠慮しておきます。」

「え?なんで。」

深瀬は微笑みながら言った。

「今回は、です。またどこかで再開したらぜひ教えて下さい。」

「そっかー。また会えるかな?」

「どうでしょう?」

「会えたら運命だね!」

列車が鴨川を超える音が車内に響いた。

「そういえばさ、コート掛けてくれてたんだね。ありがと。」

少女はコートを丁寧に畳んで深瀬に返した。

「風邪引かせるわけにはいきませんから。」

深瀬の優しさである。


列車は京都駅に到着した。

少女は深瀬の目を見て、そして優しく微笑んだ。

「またどこかで会おうね!」

「はい。」

「ありがとう!じゃあ良い旅を!」

「そちらこそ。」

少女は手を振ってから、ドアへ向かって歩きだし、

深瀬は軽く一礼しながら見送る。

幸せになって下さい、と深瀬は心の底で呟く。


列車はだんだん加速していく。深瀬は窓の外に広がる雪の京都を見た。

雪はとても綺麗だった。



















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