35

 母の大嘘のおかげで私は、仕事場で弥生さんと晶ちゃんに弄ばれて散々な目に遭わされた。心配をかけてしまった山内さんと吉本さんにも、話したくもない話をし、謝罪をしなければならない。


 この怨みをどうやって晴らしてやろう。絶対にこのままやられっぱなしにはしたくない。


「ご心配をおかけして、申しわけありませんでした」

「いや、そんな……気にするなって。なんでもなくて良かったよ」

「そうよ、藤本さん。お父さま、ご無事で良かったわ」

「本当にすみませんでした。まさか、母があんな嘘を……」


 ちょっとだけ高級な和風居酒屋の座敷で、山内さんと吉本さんを前に、正座をし深々と頭を下げた。


「それにしても……騙し討ちでお見合いって、凄いお母さまね」


 とりあえずのビールを少しだけ舐め、吉本さんは早速本題に入った。


「……お恥ずかしい限りです」


 正座を崩さず背を屈め、申しわけなさそうなフリをして、これから始まるであろう吉本さんの追求を躱そうと試みてはいるのだが、お仕事モードから好奇心旺盛おばちゃんモードにジョブチェンジした彼女には、やはり通用しないらしい。


「それで? 相手はどんな人だったの?」


 ほら来た。


「えっ……あの、父の友人の息子さんで……」


 今この席でお坊ちゃんの話題は障りがあるような気がして言葉に詰まり、ちらっと山内さんを見た。ビールを飲みながら、恰も興味深そうに私たちの話を聞いている風情の山内さんを見て、なぜか緊張して汗をかく。


「なによ? そんなに言い難いような相手だったの?」

「へへ……まあなんていうか、見た目も中身もちょっと変わった人で」

「でも、お父様のお友だちの息子さんなんでしょう? だったら、素性はしっかりしてるわけよね。で、どう? 藤本さん的にはアリだった?」

「いや、アリナシ以前と言いますか……」


 吉本さんの追求は厳しい。まるで、尋問のように容赦なく、あの日のできごととその後のことまですべて事細かに白状させられた。


「やだ。それじゃあまるでストーカーじゃない? マザコンのストーカーって……キモっ」

「そうなんですよ……。でも、ウチのふたり、完全に面白がっちゃってて、携帯は取り上げられるわ、メールはプリントして張り出すわで、もう大騒ぎです」

「あはは! そりゃ、人の不幸だもの。面白いわよー。私だって見たいわ、そのメール」

「もう。吉本さんまで、やめてくださいよー」


 数杯のビールの後、冷酒を飲みだした吉本さんと私は、もうすっかりできあがり。私たちの話を聞いているもうひとりが誰でどんな関係であったかも、すでに思考の外へ追いやられていた。


「でもさ、藤本さん、ちゃんと断ったんだよね? そのお坊ちゃん」

「そうです。ちゃんと断りましたよ。でも、メール来るんですよ。もうしつこいったら……」

「そうなんだー、困ったね」

「母にも文句言ってるんですけどねぇ。聞いてくれないっていうか、もうどうしたらいいかわかんなくって」

「そうねぇ……何か良い方法があれば……あっ! あるじゃない。良い方法」

「ありますか? どんな?」

「浅野君よ。浅野君に頼めばいいじゃない」

「俊輔……ですか?」

「そうよ、浅野君。彼なら毎度のことで慣れたもんでしょう?」

「それは……そうなんですけど」

「何よ? 何か問題でもあるの? あ? もしかして、お見合いのこと、浅野君に言ってないの?」

「……それは」

「駄目じゃない。そういうことはちゃんと浅野君に言わなくちゃ」

「それはまぁそうなんですが、何だか言いそびれちゃって」

「なによ? またなんかあったの?」

「いえ、特に何かあったってわけじゃないんですけど……」

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