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そう。特別何かがあったわけではない。単に、話をする機会を逸しただけ。あの日、弥生さんから私の様子がおかしいと連絡を受け、心配して駆けつけてくれた俊輔に当たり散らし泣いた。
しかしあのときは、高ぶった感情をどうにかするのが精一杯で、事情を説明するどころではなく、また翌日には、気晴らしに連れ出されて告白され、見合いの件はもう、頭からすっぽりと抜けてしまっていた。
だったらその後はどうかといえば、あの日以降、あいつの顔を見ていない。仕事場に現れることも無く、時折、連絡を取り合うだけだ。
いったい何を考えているのか、あいつの行動は本当に読めない。自分の家の如く私の仕事場に入り浸っているときもあれば、何日も寄り付かないときもある。その行動には、特に規則性があるようにも見えず、なぜそうなのか理由もわからない。今までは私も敢えて聞こうとも思わなかったのだが。
私たちの関係がこうなる以前には、半年顔を見ないないなんてこともザラ、しばらくの間音信不通になったとしても別にどうということもなかった。
さすがに今は、以前よりは頻繁に連絡を取り合ってはいるが、関係が変わったからといって、世間一般の恋人同士のような甘い雰囲気にというのもいまさら感が強い。
運動公園のドラム缶池で俊輔に告白されたときは、その言葉を素直に受け取ってしまったし、直後は正直浮かれてもいた。
しかし、顔を合わせず時間が経ち、冷静さを取り戻しつつある今、あらためて考えてみると、あいつのあの言葉がどこまで本気だったのかとの疑問も湧いてくる。自分の気持ちだって、あのときはあの場の勢いに任せてしまった部分もあったのではないかとも思う。そう、正直なところ、曖昧でよくわからない。
そんな状況の中、わざわざとってつけたように見合いの件を話題にするのも変な感じだし、そもそも、そんなことを報告する義務もないだろう。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
「はい?」
「浅野君って誰? っていうか、よくわかんないんだけど、吉本さんと藤本さんって、どういう関係? なんだか妙に親しそうに見えるんだけど?」
吉本さんとふたり、思わず顔を見合わせた。
一瞬の間を置いて私が口を開く前に、吉本さんがにっこり満面の笑みで衝撃的な言葉を発した。
「ごめんなさい、こっちだけで盛り上がっちゃって。山内さん、私ね、この人の彼氏の元カノなんですよ」
「ちょっと吉本さん! それは……」
山内さんに言うかそれを。
それにしても、複雑だ。吉本さんが元カノといえば確かにそうだが、それを言ったら私も吉本さんにとっては元カノなわけで。まあ、こんなことはこの際どうでもいい話なのだが。
「なに? 言っちゃまずかった? 別に隠すほどのことでもないでしょう? こんな大昔の話、もう時効だしさ」
「…………」
「彼氏の元カノって……藤本さん、彼氏いたんだ?」
「えっと、それは……あの……」
「なによ? なに口ごもっちゃってるの? あなたたちまさか……まだ付き合ってないなんて言わないわよね?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「ちょっと待って。藤本さんの彼氏の元カノっていうのはわかったけど、その元カノの吉本さんと藤本さんが、どうしてそんなに親し気なわけ?」
「それはですねぇ……話せば長くなるんですけどー」
「ちょっと、吉本さん……」
余計なことは言わないでと吉本さんに目で合図を送ってみたが、すでに興が乗ってる酔っ払いの彼女に、通用するはずもない。
吉本さんの喋ること喋ること。結局、何から何まで包み隠さず面白おかしく話して聞かせ、すべての経緯が山内さんの知るところとなってしまった。
このお姉さんの口、怖い。
今後は、できるだけこの人にプライベートを明かさないようにしようと決意したが、訊き出し上手のこの人に、どこまで抵抗できるかは神のみぞ知る。
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