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「その頃、実は、彼とあまり上手くいってなくて……はっきり言っちゃえば浮気されてたのよね。仕事に夢中で彼の気持ちの変化に気づかなくて、で、気づいたときには手遅れ? って感じでさ。それで、たまたま仕事帰りにふたりで食事したときに、つい愚痴っちゃったのよ。それからかな? ふたりで飲みに行くようになって、愚痴につき合わせたり慰めてもらったり……」


 なるほど。心の隙に付け込んで落とす戦法か。あいつならやりそうなことだ。


「まぁ、そうこうしてるうちに、なるようにはなっちゃったんだけど、でも、やっぱり彼とのこと迷ってることには変わりなかったのよね、私」

「……それって?」

「んー……、自分でもわからないけど、多分、あのとき、私は自分の気持ちを試したかったんだと思う。彼と別れられるのか、別れて新しい恋ができるのかって。あ、でも、自分の中ではもう彼と別れる方向で納得してるつもりだったのよ? でもね、浅野君って鋭いのよね。ちゃんと見抜かれてたんだもの。それで言われたの。本当にいいんですか? 愛し合い心を通わせた人なのにその程度なんですか? 本気でぶつかりもせず、簡単に忘れられるんですか? 俺にはできないってね」

「…………」

「ずるいと思ったわ。あの後に及んでそんなこと言うなんて。だから言ってやったの。あなたは裏切られた経験が無いからわからないの。あなたには忘れられない人なんていないでしょう? 本当に誰かを欲しいと思ったことなんて無いでしょう? って。そうしたら浅野君、なんて言ったと思う?」

「……さあ?」

「欲しいと思う女ならいます……って。酷いわよね、きっかけは何であれ男と女の関係になって、これから付き合おうって相手にそんなこと堂々と言う?」


 断言できる。あいつなら平然と言う。


「だから、本当にそんな人がいるんだったら私に見せてって要求したの。後になって考えたら、あれは浅野君に嗾けられただけだったんだってわかったけど、あのときは本気で悔しかったのよね」


 連れてきて見せた女は偽の想い女びとなのだから、どこまでも酷い男だあいつは。


「それで、連れてきたのが藤本さん、あなただったわけ。一目見てわかったわ。浅野君と私は無理だって」

「どうしてですか?」

「そうねぇ……一番の原因は、あなたを見る浅野君の目かな?」

「目……ですか?」

「ものすごく愛おしそうにあなたを見てるんだもの。本気なんだなって思った。だから、浅野君は私と付き合うつもりは本当にまったく無いんだってわかったの。それと同時に、じゃあ、私が浅野君を同じように愛おしく見つめることができるのか? まだそこまでの気持ちが無いのは自分でわかってるけど、時間が経てばいずれはそんなふうになれるのか? って疑問が湧いてきて……。そうしたら、答えは分かり切ってるのよ」

「それって……」

「うん。始めから無理だったの。あのとき、私は彼のこと愛してたから。だから、彼と話をしたの。その場で喧嘩別れする覚悟で全部ブチまけたら、別れるどころか、結婚することになっちゃった」


 ほら、と笑って、吉本さんは薬指に光る指輪を見せてくれた。


 浅野君とのことはたった一回、お酒の上の事故みたいなものよ、彼は優しいからねと、吉本さんは笑ったが、それは、今だから笑えるのだと思う。そのときはきっと、俊輔のことも彼氏ほどではないにしろ本当に好きで、迷っていたのだろう。だからこそ、どちらをも失ってしまうかも知れない危険を承知で、彼氏と対峙したのだ。


 ものすごく愛おしそうに私を見ていただなんて。あいつの芝居の巧さは罪だ。








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