20
「浅野くんは元気にしてる? ああ、そっか。あれから何年も経つものねえ。もうとっくに別れちゃった? だとしたら、いまさらよね、こんな昔話」
「えっと……あの……」
真正面から私の目を見据え、抑揚の無い声で言葉を放つ吉本さんに狼狽え、指先が冷え掌に汗が滲んでいく。甘かった。恋人を演じる時点で、こういうことが起こる可能性を考えておくべきだった。
今、私はこの人にどう対応すれば良いのだろう。私が偽物の恋人であったことを告げるべきか。それとも、何も言わずにいるべきか。どちらにしろ申しわけないことをしたのは確かだ。
いくらプライベートしかも昔のこととはいえ、彼女相手にその場凌ぎのいい加減なことはできない。誠心誠意謝罪をして、たとえこの場で罵倒されても、それを甘んじて受けねばなるまい。何を言われるのか。私は膝に置いた手を握りしめ、じっと次の言葉を待った。
「やだ。冗談よ、冗談! ちょっと揶揄っただけなんだから、そんな怖い顔しないで」
吉本さんは口元に手を添え、さもおかしそうにクスクスと笑っている。
「あの……あのときはすみませんでした。正直、覚えてるかって言われると困るんですけど……申しわけないことをしたのは確かなので」
「どうしてあなたが謝るの? あなたはただ浅野君に連れられて私に引き合わされただけで、別に何かしたわけじゃないでしょう? それとも、何か謝る必要のあることをしたとでも言うの? たとえそうだとしても、あんな大昔の話、いまさら蒸し返したところで、どうなるものでもないし……」
「それは……」
「それに……敢えて言えば私、あのときあなたに会えて、寧ろ感謝してるくらいだわ」
「え?」
「藤本さん、本当に何も覚えてないのね? でも……そうか、浅野くんのことだから、きっと何も話してないのね」
「あの、どういうことですか?」
「聞きたい?」
「はい。聞かせていただけるのでしたら」
「まあ、いいわね、話しても。もうとっくに終わったことだし……」
俊輔と吉本さんは以前、同じ会社に勤めていた。俊輔は入社時から、その成績、ずば抜けた容姿等々、同期の中で群を抜いて目立つ存在で、上層部の覚えもめでたく将来有望、期待の星だったらしい。
当然、そんな俊輔を女性社員が見逃すはずもなく、狙う女の子の数も両手の指が数人分でも済まないほど。信じられない話だが、陰でファンクラブまでできていたとのこと。
吉本さんは、俊輔の三年先輩で、同じ課に所属していて仕事も一緒、親しい間柄だったそうだ。
「すごかったのよー、浅野君人気。社食でランチしてるときなんて、彼の周りはもう面白いくらい女の子ばっかりでさ。用事があって話したくても誰も近寄れないのよ、睨まれちゃって。そんなんだと男の人たちのやっかみも凄そうなものなんだけど、当然、仕事はきっちりやってるし、誰に対しても愛想は良いし話は上手だし、飲み会なんかも積極的に参加するから文句の付けどころが無いのよ。ホント、凄い子だって思ったわ」
私は彼と同じチームで仕事してたから、視線が痛かったわよ、と、笑う彼女の顔を見て、はあそうなんですかと頷きはしたが、まるで別人の話を聞いている気分だ。
「なによ? どうかした?」
「あ、いえ、なんでも……」
「それで……まぁ、個人的な話もよくしてたのよ。あ、その頃は違うのよ? 私、その頃、彼氏いたから。浅野君は、仕事仲間というか可愛い後輩って感じだっただけで、まだそういう関係じゃなかったの」
その頃は
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