第3話

 と、まあ、首尾よくいけばいいのだけど、人生そう甘くない。黒マスクを沈黙させたまではいいが、その後すぐに、数の暴力に屈してしまった。まずい、捕まった。本当にこれはやばい。こんなとき絵里がいれば……。


「ったく、手間かけさせやがって、くそ女。まずは何からされたい?」


 スーツは、言葉こそ荒れているが、私が捕まったことで少し機嫌が良さげであった。


 私は機嫌悪いけど。


「さっきまであんなに威勢が良かったのに捕まった途端黙り込むのか。まあいい、ゆっくりいただいてやるよ。だが……」


 スーツはチンピラに固められて動けない私の顔を殴った。もう一発。痛い。私は男を睨みつけた。


「女を殴るなんて最低ね」


 スーツは、ふん、と鼻を鳴らす。


「うちのやつを倒したやつに言われたかないね。さて、お前はどんな体をしてるのかなぁ」


「え?ちょっと……」


 スーツはしゃがみこみ、服の下から手を入れ、胸を軽く揉みしだいた。


 っ……。やだ、こんなの。今まで掃除でこんなことされたことなかったのに。


 スーツは私の服を剥いだ。下着が露わになる。男の手が下着にかかる。


 目元に涙が浮かんだ。やだ、いやだ、いやだよ。自業自得かもしれないけど、助けて。だれか……。


「おい!お前ら何してんだ」


 声の方を見ると、パーカーを着た一人の男が立っていた。その男と目が合う。男はすぐに目をスーツの男に向けなおした。


「その子を離せ、いますぐだ」


「誰だ、あんた」


 スーツは私を弄ぶのをやめ、立ち上がり、男に機嫌が悪そうに問う。


 男がこちらに近づいてきて、私を掴むチンピラに自分のパーカーを投げた。


「羽織らせてやりな。じゃないと、分かってるよな」


 チンピラ達は困っているようだった。そしてスーツの男の指示を仰ぐ。


 羽織らせてやれ、と背中越しにスーツの男は言い、それを聞いたチンピラは私にパーカーを羽織らせてくれた。……それはいいんだけど、服を返してくれてもいいのよ?


「なあ、うちのやつらに勝手に命令してんじゃねぇよ」


 そんなことをしていると、スーツが男に摑みかかった。


 次の瞬間、男はスーツを叩き伏せていた。スーツは背中を強打したようで、腕を掴まれながらも悶えている。そして、苦しそうな声で、


「お前ら、そんな女ほっといてこいつをやれ!」


 そして、私を放り出して四人のチンピラ──いつのまにか黒マスクが復活していたみたいね──は、男に向かっていき、街灯に照らされた五人の影が混ざり合った。


 解放された私は、羽織らされたパーカーの前を留め、ゆっくり立ち上がった。拳を握りしめて、大きく息を吸い、まだ倒れているスーツを踏みつけて一言。


「こいよ!」


 チンピラの内の一人がスーツの危機を知り、こちらに来る。私はスーツをチンピラの方に蹴り出し、後退する。


 チンピラとの距離は二メートルほど。相手がにじり寄り、大振りに殴りかかってきた。左手でそれをカバーするが勢いを殺しきれない。しかし、それを利用して腕を掴み、足をかけ、背中を使って投げる。しかし、すぐに復帰して、ナイフを取り出し構える。


 まじで?それは聞いてないって。さっきから思ってたけど、今回いつもより相手が強くない?


 ほとんど間をおかず、相手はナイフを正面構え、突っ込んできた。私は思わず、両手で体を守った。避けるという選択肢を思いついたのはそのコンマ何秒後であった。


 しかし、ナイフが私を傷つけることはなかった。相手が駆け出したときに助けに来てくれた男が、相手を後ろから殴り伏せたのだ。


「ありがとう、助かったわ。たける


 チンピラをほぼ一人で倒した健はこちらを呆れた顔で見ていた。


「助かったわ、じゃねーよ。お前わかってんの?こいつらは」


「こいつらはそこで伸びてるホスト崩れが雇ったチンピラでしょ」


「よくこいつが崩れだとわかるな」


「だって、スーツ高そうなの着てる割に、靴と時計が大したことないんだもん」


「するとホスト崩れなのか?」


「じゃないの?」


「まあ、いいんだが……いや、よくない。だからこいつらはただの強姦魔じゃなくて、強姦殺人と強盗だ。いつもみたいなただのチンピラや窃盗犯とは違う。素人が手を出していい相手じゃない」


「でも、あなたは倒した」


「……まあ、な。治安も悪くなったもんだよ、まったく」


 健はなんとも複雑な顔をしていた。


「ていうか、あんた私の下着姿見て目を逸らしたでしょ」


「いや、別に見たわけじゃ……ごめん」


 言い逃れがどうやっても無理だと悟ったのか、素直に謝った。


「別に謝ることなんてないよ。いくら彼女の友達だからって。それに今回は助けてもらったし」


「今回も、だろ」


 健は再び呆れたように言った。私は彼の顔を見る。さっきの話で彼の耳が赤くなっているように見えた。


「そうね。あ、そういえば絵里から電話なかった?」


「あったよ。それでここにきたんだ。カエデが危なっかしいから近くにいるなら行ってって」


「おー、恋人同士の会話に参加してしまったか」


 私は悪びれずに答えた。


「……まあいい、とにかくこいつらはいつもの始末でいいんだよな?」


 絵里の恋人である彼は、話をそらすかのように、もしくは念を押すように聞いてきた。そりゃ、久々にこんなことすれば心配にもなるだろう

 。


「うん、いつも通り警察呼んでくれる?」


「今回はしっかりお前もいろよな」


「わかってるわよ」


 はあ、疲れた。今から聴取とかだから遅くなるだろうな。横目に電話をかける彼を見る。そして薄着の彼を見て思い出した。


「あ、私の服」

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