第2話
先ほどの店から百メートルほど離れた位置にある路地裏。そこに目的のものがある。いや、『いる』と言った方が適切かもしれない。たしか、この角を曲がれば……。
「あ、そこの方。ちょっとだけいいかな」
少なからず高いであろうスーツとそれには似合わない擦り切れた革靴を纏った若い男が、薄い街灯に照らされながら声をかけてきた。
……ぱっと見、周りには人はいない。
「え?私ですか。なんでしょう」
少し警戒しつつも、近づいてみる。
「その、少しだけ飲みに付き合ってくれませんか?」
え?正直、拍子抜けした。てっきりこのままホテルにでも連れてかれるものかと思った。
どうやら驚いたのは態度にも出ていたらしく、彼は少し焦っているようにも思えた。
「その、変な意味じゃないんです。ただ純粋に誰かと飲みたくて……というか、愚痴を聞いて欲しくて」
そう言って彼はバツが悪そうに頭を掻いた。そして、横目で左腕につけた腕時計を見た。
なるほど、こいつ……。
「ごめんなさい、実は私、道に迷ってしまって。早く電車に乗らないといけないんで、失礼します」
私は、足早に立ち去ろうとした。振り返った直後、スーツが声を上げる。
「おいおい、嘘はいけない。君は駅のある方から来た。嘘をつくような悪い子にはお仕置きが必要だと思わないか?なあ、お前ら」
その呼びかけに呼応するかのように、私の進行方向に二人、スーツの後ろに二人、チンピラのような格好をした男達がついた。
「君、本当は何しにここに来たんだ?俺たちと一緒に楽しいことしようじゃないか。言っとくが君に拒否権はないよ。もし逃げたってもっとひどくなるだけだ」
スーツは、腰に手を当て、高圧的に聞いてきた。
「最初からそのつもりだったんでしょ?あと、別に逃げるつもりなんてないわ。私ねぇ、ちょっと掃除しにきたの」
私は、スーツに近づいて──しかし奴の間合いに入らないようにして──返答してやる。
「掃除?結構なことだな、こんな夜中にか?」
「だって、夜じゃないとあんた達みたいなゴミが出てこないじゃない」
「あ?」
スーツは見るからに機嫌が悪そうだった。だが、私は続ける。
「なんかね、この辺りで強姦が相次いでるだとかって聞くからさ、見回りしてたらさ、怪しいホスト崩れがいるじゃない。そりゃ掃除したくなっちゃうわ」
「誰がホスト崩れだと?」
「別に?あんたのことだなんて言ってないじゃない。まあ、でもあんたの身なり見てたらそう思われてもしょうがないんじゃない?」
「ざけんなよ、くそ女が」
スーツは両拳を握りしめ、震えていた。そして、震えが収まったと思うと、落ち着いた声で、やれ、と言った。
チンピラが私の四方を囲んだ。距離は私を中心に半径二メートル。お互い手は届かない。
まずは、右後ろから、チンピラの一人、黒いマスクをした男が私に掴みかかってきた。
迫る相手の右手に、私の右手を食わせ、空いた鳩尾に左拳をめり込ませる。相手の体が曲がり、右手が緩んだところで、自由になった右の肘で相手の顔を突く。ぶちゃ、という嫌な音に続けて黒マスクは倒れた。
他の三人は、その状況を読み込めず固まっていた。その中でも復帰が早かったのは左前後の二人。
一斉に掴みかかってきた二人に対し、右足を下げ、上半身を引き、あえて両腕を取らせる。掴まれたままの腕のバネと腰のひねりを加えて右足で一人の脇腹を打つ。相手は怯んだが倒れない。もう一度、と、ここで三人目が動き出した。だが、遅い。体重を私を掴む二人に任せ、後ろに蹴りを繰り出す。三人目は倒れた。再び動揺した二人に対し、膝を打つ。崩れた二人にそれぞれ股間を打つ。
無力化。残るは一人。
スーツが殴りかかってきた。あら、そういう勝負には強くてよ。物理学、ナメんなよ。
弧を描いて飛んでくる右手に、上半身を左に傾けつつ相手の拳に左手で右下に力を加える。相手は崩れた。めげずに右手を飛ばしてくる。左手で受け流しつつ、顎にに右肘を叩き込む。
少しの間ののち、スーツは両手を投げ出し、後ろに倒れこんだ。
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