第4話ホーム

 いつもの居酒屋。今日もセイラとつぐみは酒を飲みつつ、仕事の話で盛り上がっていた。

「おととい、遅番仕業で隣の駅に行ってホーム作業をして来たんだけど」

「うん」

「改札に立っていて、毎朝すごい人だなーって思っていたけど、各駅も凄かった」

「各駅でも、そんなに混むの?」

 セイラはつぐみに訊ねる。

「うん。うちの駅の改札に近い先頭車両が特にね」

「ふーん」

 普段客車1両程度のセイラの会社もラッシュ時は増結するが、激しく混む事は殆どない。従って遅延も殆どない。それに対してつぐみの所は遅延に対する苦情が多いらしい。

「遅れるのって、乗り過ぎでドアが閉まらないからなんだよね…」

 つぐみは諦め顔でサワーをグイグイ飲む。



 勤務開始後、最初の上り各駅が来た。この電車はまだ混まない。

 俺は平賀翔太。下手な社員より長いバイト駅員だ。ちなみに電車が混むのは勤務開始後3本目からだ。

「今度の電車、前2両は特に混んだ状態で到着いたします。お待ちになってもご乗車できない場合がありますので、真ん中、後ろの余裕のある車両をご利用ください…」

 よしよし。セオリー通りに放送してくれている。あの新人使える。放送を聞いて何人か後ろの方に移動してくれた。と、いう所で最初の激混み電車が約3分延でやって来た。

 進路を指差確認する。線路はもちろん、ホームの状態や、踏切に人や車などが残っていないかを確認する。

 夏だからまだ多少の無理が利くが、真冬の厳冬期はまず、ドアが開かない。車種によっては夏でも開かない。手でこじ開けるのだ。

「少しでも空いているドアからご乗車くださーい‼車内中ほどまでお進みくださーい‼」

 声を張り上げて平均乗車を促す。客も頑張ってくれるが限度はある。ある程度乗り込めた所で駆け込み客の有無と信号を確認し、

「無理をせず、この後の電車をご利用ください!ドアが閉まります‼」

 と声をかける。もちろん放送も入る。

 1回目の合図があって、ドアが閉まった時、実に色々なものがドアに挟まっている。

「押しまーす‼」

 客に一声かけて押し込む。身体そのものの他、上着やスカートの裾、カバンの縁やストラップ、ネクタイなど…。雨が降れば雨傘、この時期は日傘も注意だ。側灯が点いていれば、まだ、ドアは完全に閉まっていないので、指でこじ開けて中に押し込んで収める。中には押されるのを待っている客もいるから大変だ。指を潜り込ませれば、再開閉しなくても処置可能だ。 

 安全かどうか指差確認して社員が赤色旗を絞って高く掲げる。これを見て車掌は運転士にブザー合図を送って電車を発車させる。

 だが、太陽光の反射で点いている様に見える時もあるし、点いてなくてもはみ出している場合もあるのでよく確認する事が大事である。


 そして電車は客をギュウ詰にして出発した。


 後方確認をして送り出す。


 それにしても、よくこんな混む電車に乗れるなと思う。後ろの方はやや余裕があり、実際に挟まる事はあまりない。

 体力気力の使い方、間違っているだろう…と思いながら仕事をしている毎日である。


 セイラはつぐみから話を聞かされて少し感銘を受けた。自分は基本的に徹夜勤務なので毎日いる訳ではないからだ。

「へえ~。毎朝送り出している人もいるんだね」

「それ聞いたら彼も少しは喜ぶんじゃあないかな?」

 つぐみは仕事を教えてくれた古参バイトを労った。そしてサワーをゴクゴク飲んだ。

「ぷはー」


                                つづく

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