Blue Timer
@yunagi12
第1話
鐘が鳴り響く京の町。
大学の研究旅行で京都へ来ている。
強い西陽が街並みを照らし、
壮観な風景が立ち上がる。
橙色の光。路線バスの窓からの景色である。
うつらうつら、遠のく意識。
視界にぼんやり広がる、縁側からの眺め。
どこかの家だろうか。
のどかな風景。
ふと、どこからともなく声が聞こえた。
「凛さん、どこですかー」
あれ、呼ばれてる。あっちだ、この廊下の奥。
「ここですよー」
声のした方へ向かって呼び返した。
「そこですか、急に居なくならないでくださいよー。こっち来てくださーい」
「はいはい、今行きますー」
声の主が誰なのかは分からないが、私は特に何も不思議に思わず、
そこへ歩き出した。
薄暗い廊下を通り抜ける。
古い日本家屋。
あれ。
中々辿り着かない。
どこまでも続く、薄暗い廊下。
「凛さん早くー」
確かにこの向こうから声がするのだが。
「向かってますってー」
叫び返す。
その時。
「凛さん!」
背後からピシャッと声がしてハッとなった。
「そっちはダメです!引き返して!」
「え?」
前方から聞こえる声と同じ。
「早く!」
「え、は、はい」
なんだ?
分からないけど、私は言う通りに来た道を戻る。
「凛さーん、まだですかー?」
「早く!走って!決して振り返らないで!」
「え、え?」
わけもわからず急き立てられ、後からした声の言う通りに、元来た道を走って引き返す。
背後からは、さっきよりは遠のいたものの、まだ先ほどの声がする。
ようやくさっきいた縁側の場所に戻ってきた。
軽く息切れをする私。
足音が近づいて来たかと思うと、頭上から声がした。
「さあ、早く帰って。もうこんな所、来ないでくださいね」
「え?」
誰?
思わず顔を上げ...
視界に入ったのは、お婆さんの横顔。
「...?」
辺りを観ると、西日が差し込むバスの車内。
エンジン音と揺れ。さっきと同じ場所。
「次で降りるよ」
隣に座る友人の香菜ちゃんが言った。
「うん」
ぼんやりとしたまま、窓の向こうに目を移す。
何だったんだろう、今のは。
つくづく変な夢。
あんな場所も声の主も、みにおぼえがない。
誰だったんだろう。
目がさめる直前、一瞬かすかに目に入ったうぐいす色の着物。
生暖かい滴が、ほおをつたう。
香奈ちゃんが私の異変に気づくのに、
時間はかからなかった。
「どうしたの?」
止まらない涙。
「大丈夫?え」
自分でもさっぱり分からない。
ただ猛烈に胸が締め付けられて、
居ても立っても居られなかった。
喪失感なのだろうか。
言葉にならない、切なく物悲しい感情。
なんだか分からないまま、結局涙が止まったのは1時間後のことだった。
宿に戻り、講堂へ行く。
さっき泣いた事を、香奈は誰にも言わなかった。
「あれ、目腫れてない?」
「そう?さっき寝すぎたかも」
「疲れてる?今夜近くの居酒屋探索するけど来れそう?」
「あ、いきたい!」
「おっけー。あんま無理しないでね」
「ありがとう!」
夕食が始まった。
修学旅行みたいで不思議な感じ。
団らんしながらも、どこか心ここに在らずで
あのうぐいす色の着物がいつまでも頭を離れなかった。
そして夜。
行き着いた居酒屋で、私たちは
わいわいしていた。
教授の結婚馴れ初め話で盛り上がっていた。
「早瀬さんどうしたの?」
「え?」
「なんか疲れてる?」
「いや、」
香奈が心配そうに私を見る。
なんでもないって、
言おうとしてうぐいす色の着物が頭をよぎり、口ごもってしまう。
「大丈夫?」
「夢を見て」
「え?」
「バスの中で寝ちゃった時に夢を見たんです。それで目が覚めたら泣けちゃって。理由はわからいんですけど。」
「どんな夢だったの?」
「なんか...うろ覚えなんですけど、
見知らぬ日本家屋で、名前を呼ばれて行ったら...
行くなって言われて...引き返して、
うぐいす色の、着物が...」
「えっなに...?怖...日本家屋?」
「よく分かんないけど、感化されちゃったのかもね」
「京都だから、なんかオカルト的な感じかな...えーどうしたんだろ」
「で目覚めたら泣いちゃったの?」
「そうです。というか、最後の出て来たうぐいす色の着物を思い出したら、急に...」
「えーなんだろ」
「ねえ」
教授が話を止める。
「行くなって言われたって、 何?」
「え?あ。よく覚えてないんですけど。最初名前を呼ばれて、そこへ向かって行ったんです。そしたら途中で後ろから、そっちへ行くなって声がして。偉くせき立てられるので、わけもわからず戻ったんです。」
「そっちへ行くな以外に、何か言われなかった?例えば...“振り返るな”とか」
「っ、そういえば」
言われました。と言うと、先生の顔が強張り、口に手を当てた。
「ちょっと...先帰ろうか、みんなも遅くならないくらいでね」
「はーい」
居酒屋を出ると、先生はわたしの肩に手を当てながら早足で歩いた。
「今日は私の部屋で寝て。なるべく1人にならないようにしてね」
「はい、あの先生、何が...」
「40年前、同じように研究旅行で京都へ来た私の同級生が、
京都で突然居なくなって、一日経ったら戻って来たんだけど、瀕死の状況で帰って来たの。」
「え....?」
「江戸時代前期にワープしちゃって、1年居たらしいの。辻斬りに切られて、出血多量で...病院へ搬送されて居た事を後から知った」
「あの」
「振り返るなって言われて、ひたすら走った見たい。」
何を言ってるの?
「その夢を見ても、決して振り返らないで。意地でも、起きて」
「は、い...」
夜。
ヤバイ、と思った。
でも今度は違う。
今日行った祇園の街並み。
ヤバイと思ったのは、その景観、人波がやけに古く感じたからだ。
目覚めろ、目覚めろ...
必死で念じるけど、届かず。
私は黄昏時の祇園を歩いて居た。
隣に、誰かが一緒に歩いている。
けど横を見てはいけない気がして、目線は正面のまま。
「橙色、きれいですね」
声の主は、今日の昼と同じだった。
ドクンッとざわめく。
駆け出して逃げようとするが、足は思うように動かない。
ヤバイ、ヤバイ....
「あ、凛さん。これ」
「はい?」
「どうぞ、髪飾」
差し出されたそれに驚いた。
それは私が成人式の時につけたものだった。祖母の棚に飾ってあって、
くれたもの。
「え、これ...」
「探してたでしょ?これが見つかったから、さっきだって何度も呼んだのに。すぐ居なくならないでくださいよ」
「え、さっきって」
ドクンッと波打つ。警笛が鳴る。
ヤバイ、逃げろ、逃げろ。
「...受け取らないんですか?」
相手はそれをスッと差し出す。
「もう、つれないなぁ。」
「あなたは誰なの?」
「え?どうしたんですか急に。
あはは、誰だと思います?」
「分からない。何も知らない」
「知ってますよ。眠ってるだけです。
人はそうやって自分を抑え込む。
けど、後から絶対後悔する。もっと素直になっておけばよかったと。
過ぎ去った過去にはもう二度と戻れない」
「どういうことですか」
「思い出してください。これは全てあなたが呼び寄せているんです。あなたに思い残した事があるから、その未練が生み出した世界。あなたの心が悲鳴を上げている」
「え?」
「顔を上げて、私を見て。ちゃんと向き合ってください。目をそらさないで」
見てはいけない。わかっていたのに。
思わず顔を上げてしまった。
最初に視界に入る、うぐいす色の着物。
そして、
最後に目に入ったのは、
涼しげな眼差しの青年。
「.....っ、さん」
私は彼の名を読んでいた。
何と行ったかは分からないけど、
懐かしくて、胸が暖かくなった。
青年は顔を綻ばせた。
「やっと」
私もつられて微笑む。
遠くの方から声がするけど、そんなの
どうでも良かった。
もっとこの人と一緒にいたい。
それだけで頭がいっぱいだった。
「お帰りなさい。」
青年がそう微笑んだのを最後に、
私の視界は途絶えた。
「ん...」
目が覚める。
そうだ、今日は6時半起き...
今何時だろ。
枕元に手を伸ばすが、スマホの感触がない。
のそっと布団から起き上がろうとして
、異変に気付いた。
こんな所だっけ?
宿とは違い、5畳くらいの畳べや。
隣にいるはずの先生がいない。
あれ?
しかも私の荷物もない。
部屋を出て、広間へ行こうとすると
余計に違和感。
ここ、どこだ。
ふとその時声がした。
「おはよう。よく眠れたかいな?」
Blue Timer @yunagi12
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