第2話 レニ=クリストバインとの出会い
「はじめっ!」
ミアセラさんの合図で、ついに決闘が始まった。授業で模擬戦をしたことはあるが、本当の決闘は始めてだ。その点、セードルフは競技大会を含め、かなりの経験があるはず。だが、戦い慣れていれば良いというものではないっ!
俺は早速フレアの詠唱に入った。この勝負のポイントは、どちらが先に呪文を完成させるかという点にある。俺の方が詠唱文にかなりのアレンジを加えているため、セードルフの魔法が先に完成するはずだ。普通ならば。
ところが――
わずかの差だが、俺の呪文が先に完成した。これは呪文の詠唱速度で、俺の方が遥かに優れていることを意味する。10歳の時から毎日魔法の詠唱を一人で特訓し、研究してきた成果だ。
父ロデリック=アンブローズは、シュバルツバルト王国の宮廷魔術師だった。俺は魔法に憧れ、父に教えてくれるようしつこくねだった。根負けした父は、魔法の初歩を教えてくれた。それからは毎日一人で試行錯誤する日々だったのだ。
それはもうひたすらに魔法を磨いてきたのだ。その俺の技術が、表面的な学びしかしてこなかったセードルフに負けるはずがない!
詠唱が終わると、俺のかざした掌から、大きな火球がセードルフへと放たれた。
「ぐぉおおおおお」
セードルフの体がたちまち炎に包まれる。俺の放ったフレアは、通常のものよりも1.5倍ほど威力を上げたものである。まともに食らえば、ただで済むはずがない。
セードルフは両手、両膝を地面につき、もがき苦しんでいた。炎によって呼吸が苦しくなっているはずだ。客観的に見て誰が見てもこれ以上の戦闘の継続は不可能なはず。
「勝者、ジル!」
ミアセラさんが審判役の権限で俺の勝利を宣言した。重傷を負ったセードルフは、同級生の男子に担がれ宿舎に連れていかれた。
「やれやれ、ついに決闘までしちゃったわね」
彼女は俺とセードルフが対立するたび、間に入って仲裁してくれた。だが結局は決闘することになってしまい、彼女には気まずい思いをさせてしまっただろうか。
「別に僕が望んだことではないんですけどね」
「いずれこうなるとは思っていたわ。あなたたち、これ以上ないってほど相性が悪かったから。指導生の制度も考えなおす必要があるんじゃないかしら」
俺は黙ってなにも答えなかった。自分が悪いとは思わないが、先輩であり、曲がりなりにも指導生であった人を公衆の面前で痛めつけることになったのだ。後味が悪いことこの上ない。
「あら、ジルの知り合い? 可愛らしいお嬢さんが後ろに居るわよ」
ミアセラさんの言葉に、俺は後ろを振り返る。なるほど、あまり俺と変わらない歳の少女がそこに立っていた。黒髪のショートカットで、よく整った顔をした可愛らしい少女である。
「あの、ジルフォニア=アンブローズさんでしょうか?」
少女は若干緊張気味にそうたずねてきた。なぜ俺の名を知っている?
「そうだけど、君は?」
俺はつとめて優しく聞き返した。いままで決闘をしていたのだ。アドレナリンが出ていて、普通に話したのでは乱暴な言い方になってしまう。
「私はレニ=クリストバインと申します。今年入学する新入生で、先輩が私の指導生だと警備の方に教えていただきました。お会いできて光栄です」
ああ、彼女が俺の指導を受ける新入生なのか。俺はまじまじとレニの顔を見た。新年度を迎えて、俺はロクサーヌ先生から新入生の指導役になることを命じられていた。面倒だが、これは教育の一環で断ることはできない。
俺に教わることの何が光栄だと言うんだろうか、と考えた俺は「警備の方」というところで納得した。さては冗談好きなバイロンさんが、いつもの調子でホラを吹いたに違いない。
「警備のバイロンさんに僕のことを聞いたんだな。彼の話は話半分に聞いた方が良いぞ。ちなみに何て言われたんだ?」
「この学校始まって以来の天才だと。一年で中級クラスに上がり、すでに第三位階の魔法も使えると言われました」
俺は肩をすくめて笑ってみせた。
「後半の部分は確かにその通りだけど、別にそれほどの天才というわけではないよ。改めてまして、僕がジルフォニア=アンブローズだ。皆ジルと呼んでいるから君もそうしてくれ。よろしくな」
俺はレニに右手を差し出した。彼女は若干ためらった後、優しく俺の手を握り返した。その小さく白い手を眺めながら、俺は彼女がクリストバインと名乗ったことが気になっていた。俺の知る限り、クリストバインと言えばあまりにも有名な人物がいる。
「クリストバインと言ったね。君はあのレムオンさま、クリストバイン伯のお嬢さんなのか?」
「そうです。父をご存知なんですか?」
やはりそうか! シュバルツバルトの人間、いや周辺の国々を合わせてもクリストバインの名前を知らぬ者などまず居ない。
レムオン=クリストバインといえば、シュバルツバルト王国の上級貴族であるだけでなく、近年バルダニア王国との戦争で活躍し、英雄としてその名は広く
「もちろん! レムオン様は僕も尊敬している。そのお嬢さんにお会いできて僕の方こそ光栄だよ」
これは俺にとっても願ってもない出会いと言って良い。英雄レムオンとのつながり、要するにコネが出来たのだ。こんな幸運は普通望んでも手に入らないもの。俺が宮廷魔術師として出世するために利用できるかもしれない。
「あの、先輩のアンブローズ家は貴族なのでしょうか? 私、失礼ながら存じあげないのですが」
レニが
「知らないのも当然さ。一応うちは貴族の一員だけど『騎士』なんだ。名ばかりの貴族だから知らないのも無理は無い」
俺は何も後ろめたいことはなかったが、レニは若干申し訳無さそうな顔をしていた。というのも「騎士」というのは半貴族とも言うべきもので、最下級の貴族の身分なのだ。大抵の場合、功績を立てたことが認められ、その恩賞として平民が「騎士」を名乗ることが許される。
「僕の父親は宮廷魔術師をしていてね。と言ってもそれほど高い身分ではないのだけど、長年シュバルツバルト王国に宮廷魔術師として仕えたんだよ。父が引退する時にお情けでもらえたってことじゃないかな」
最下級の貴族とはいえ、俺は生活に困ったことはなかった。というよりも、困窮する貴族も多いなかで金には相当に恵まれていたのだ。
騎士は確かに身分としては低いものの、ある程度裕福な者がその地位につくことが多い。俺の家も宮廷魔術師としての給金と領地からの収入で、金には困っていなかったのだ。
「それで父君の後を継いで魔術師になろうと思われたんですか?」
「いや、そういうわけでもないんだよ。父には親愛の念はある。でも生意気に聞こえるかもしれなけど、魔術師としてはちょっと物足りなくもあるんだ。僕は魔法を極めたいと強く願っている。だが父にはそこまでの情熱がないようなんだ」
これが俺の偽らざる思いである。魔術師となったからには、全てを捨ててもこの飽くなき興味の対象である魔法に身を捧げるべきだ、俺はそう考えている。
だから宮廷魔術師であった頃から、魔法の研究を疎かにしていた父を尊敬出来なかったのだ。俺の話を聞いて、レニは驚いた表情をしている。それもそうだ、こんな話、初対面の人間にすべき話ではない。
「すまなかった。嫌なことを聞かせてしまったかな。とにかく僕は魔法を探求し、その上で宮廷魔術師になりたいんだ。そう、できれば大魔導師にね」
大魔導師とは魔術師の頂点に君臨する地位である。一口に宮廷魔術師といっても幾つもの階級が存在する。宮廷魔術師の最下級の身分が「魔術師」である。これは一般的な呼称の魔術師と同じなので、ちょっと
そして技術と経験を身につけ、集団を取りまとめる力が認められると、指導的な地位の上級魔術師となることができる。上級魔術師は軍で言えば部隊長のようなものだ。俺の父ロデリックはこの上級魔術師どまりだった。
さらにその上にあるのが魔導師だ。魔導師は国政に参加する資格を得、魔法だけでなく幅広い知識や識見、つまり賢者としての能力が必要とされる。国によって異なるが、魔導師は各宮廷で5人程度しか存在しない狭き門である。
そして全ての宮廷魔術師の頂点に立つのが大魔導師だ。大魔導師は王の
と、俺はそこで話が長くなり過ぎたことに気がついた。まだ彼女はこの学園に来たばかりで疲れているに違いない。
「さて、じゃあ指導生としての役目を果たさなきゃな。レニ、宿舎に送っていくついでにこの学園を案内するよ」
俺は女子学生用の宿舎へ送るついでに、学園の目ぼしい場所を案内するつもりだった。魔法に関してはこの大陸で最高の学園だけに、敷地は広く建物も多い。全てを覚えるのは大変なのだ。俺はずっと側で待っていてくれたミアセラさんに顔を向けた。
「ミアセラさん、今日はありがとうございました。いつもお世話になりっぱなしですみません。この御礼はいずれまた。今日はこれからレニを宿舎まで送っていきます」
ミアセラさんは「ご苦労様」と声をかけてくれた。彼女は美人で魔法の名手なだけでなく、性格も良いのだ。俺よりも3歳年上である余裕だろうか。
こうして俺はこの日、セードルフと決闘し、レニ=クリストバインという少女と出会ったのだ。長い一日だったが、この日は長く忘れられない一日になる、なぜかそんな気がしていた。
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