大魔導師ジルフォニア=アンブローズの戦記

大澤聖

第1話 決闘

 闘技場に緊迫した空気が流れていた。俺の目の前にはローブをまとった上級生が立ち、周りにはこの決闘を見守ろうとする野次馬の学生たちが一杯だった。


「ジル! 謝るなら今のうちだ。俺はお前の指導生、謝ったとして何の不思議もないだろう」


 目の前の男は、セードルフという上級生である。この魔法学校ルーンカレッジの上級クラスの学生で、新入生の俺、ジルフォニア=アンブローズにつけられた指導生だ。


「セードルフさん、どうしてもやるのですか? 確かに考え方は違いますが、何も力ずくで決着をつける必要はないでしょう」


 俺は冷ややかにそう言った。指導生とはこのルーンカレッジ独特の制度で、新入生には1年間、上級生がついて勉強や生活のことで相談に乗ることになっている。


 魔法を表面的にしかとらえられないこの男に俺は早くから失望していたが、こんな公開の場でみじめな姿を晒させるほど憎んでいるわけではなかった。だが、善意からでた言葉は、余計に彼を苛立たせたようだった。


「だまれ、ジル! お前のその先輩に対する無礼な態度、今日こそ正してやるぞ!」


 俺は心の中で溜息をついた。セードルフとの関係はいつもこの通り、互いに分かり合えないことばかりだった。


 俺は初めセードルフが指導生となったことを喜んだ。それは彼がルーンカレッジの「学生代表」であり、一人の魔術師としても教員から高く評価されているのだろうと考えたからだ。それだけ優れた魔術師なら、俺が得られるものも多く、建設的な魔法論議ができるだろう、そう期待したのである。


 ところが、セードルフは魔法を教科書的に、杓子定規にしかとらえられない人だった。俺の考えでは学校の魔道書に書かれた呪文は、あくまでも魔法を覚えるための公式のようなものであり、詠唱文に手を加え、威力を上げたり効果範囲を広げたりすることこそが魔法研究の第一歩である。


 彼は単に教科書を暗記し、人よりも上手に魔法が使えるようになっただけに過ぎないのだ。真に魔法を極めるとは、そんな表面的なものではないだろう。俺はセードルフが指導生になったことに深く失望した。そんな気持ちが無意識に態度にも表れ、彼を苛立たせているのかもしれない。


 俺とセードルフとの間には、もう一人の人物が立っていた。同じく上級クラスのミアセラ=ルースコートである。ミアセラさんは神聖グラン帝国の侯爵家の令嬢で、学園一の美女だ。すらりとした長身で、綺麗な金髪をポニーテールにまとめている。魔術師としても優れ、俺は彼女こそ上級クラス一の使い手ではないかと考えている。


「セードルフ、止めときなさいよ。こんな人が多いところで決闘する気? 勝てばまだ良いとして、負けたら恥よ」


 ミアセラさんもなかなか皮肉のきいたことを言う。初めからセードルフが勝つとは思っていないような口ぶりだ。彼女とはごく親しい関係で、俺の魔術師としての能力を高く評価してくれている。もともとはセードルフとも仲が良かったようだが、彼の真実の顔を知って幻滅したらしい。


「だまれ、ミアセラ! お前もジルの味方につくつもりか」


 セードルフは女性にそう言われたことで、意固地になっていた。そもそも魔法に限っては、女性の方が適正がある場合が多く、ルーンカレッジでも女子学生の方が多いのに。


「別に誰の味方でもないわ。私は同級生のよしみで、あなたのために言ってるのだけれど。ジルの魔術師としての実力は、指導生であるあなたが一番よく分かっているでしょう?」


 ミアセラさんの言葉はいたって中立的なものだったが、セードルフはそう思わなかったようだ。


「仕方がないわね。じゃあ私が審判役をやりましょう」


 ミアセラさんはついに仲裁を諦め、当初の予定通り決闘の審判役を買ってでた。セードルフがどうにも引かないのを見て、俺もついに覚悟を決める。軽く歩幅を広げ、魔法を詠唱する構えをとる。


「では、勝負は2人の争いの元になったフレアでの勝負とします。相手を行動不能としたほうの勝ちよ」


 ミアセラさんが高らかに宣言した。フレアは第二位階に属する火の元素系魔法だ。詠唱時間が短く威力もあるため、高位の魔術師もよく使う魔法である。通常魔術師の決闘は自由に魔法を撃ちあうものだが、この決闘は条件付きの決闘になった。それは、今回の決闘の原因がフレアにあったからである。


 俺は朝からセードルフと一緒に魔法の訓練をしていた。本当は彼との訓練など気が進まなかったのだが、今日は俺たちの関係が正式に終わる記念の日だった。新入生と指導生の関係は、1年間限定なのだ。


 そして魔法の訓練をしている時に、不幸にもセードルフと口論になってしまった。彼は先輩として最後に俺を指導し、「綺麗に」関係を終わらせたかったらしい。だが、フレアの詠唱文に手を加えたことをとがめられた時、俺はどうしても我慢できなかった。


 今から思えば、その場はセードルフを立てて穏便に済ませた方が良かったのかもしれない。その点、俺も子どもじみた所があったと自覚している。だが、これは魔法に対する姿勢の問題でもあって、魔法を極めんとしている俺としては譲れないものがあったことも事実である。


 そして今、俺はセードルフと闘技場で向かい合っている。

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