第151話 余話
四人の体格のそろった軍人に担がれて、棺はゆっくりと村を行く。村の中央にある神殿から村はずれの墓地まで1里もない小さな村だった。クローゼイア神の神官が先頭を歩き、その後ろに上級百人長の徽章をつけた士官が棺を担ぐ4人の兵を指揮するように続き、棺の後ろには参列者たちがゾロゾロと歩いている。故人の生前の地位を考えればいかにもひっそりとした葬儀であった。参列者の中にいるドミティアが場違いに思えるほどだった。そのいかにも統制のとれない参列者の中で国軍から派遣された5人の軍人と、ドミティアとその護衛の2人の近衛女兵だけが姿勢を正し、ゆっくりとした足取りでもリズムを持った歩き方をしていた。
短い道のりで直ぐに墓地に着いた。墓地には既に棺一つ分の穴が掘られていた。棺を担いできた兵達がそっと棺を穴の底に下ろした。
「クローゼイア様、今マクレイオ・ディアステネスを
村の神殿の平の神官だった。中央から高位の神官を呼ぶことは生前のディアステネスが断ったのだ。
神官の言葉に続いて,参列者が一人ずつ一掴みの土を墓に投げ入れて葬儀は終わる。墓穴を埋め戻すのは墓守の仕事だった。
棺を担ぐ役として派遣されてきた軍人達がドミティアに敬礼をした。先の戦争中にディアステネス元上将と一緒に居るところをよく見た顔だったからだ。
「それでは我々はこれで失礼いたします」
上級百人長の徽章をつけた士官がそう言って彼らは去って行った。彼らはディアステネス元上将の手飼いと言って良かった第二師団から派遣されたのだった。ディアステネス元上将が軍を去ってからもう5年がたつ。国軍再建の目処をつけると自分の領地に引っ込んでひっそりと暮らしていた元上将と入れ違いに任官した者も多い。国軍の中の目も有り、対王国戦に敗北した責任者の一人と目されることもあるディアステネス元上将の葬儀にその幹部を派遣するわけにはいかなかったのだ。
墓守達が穴を埋め戻すのをみていた参列者達が散り始めた。手を合わせて墓守達の作業を見ていたドミティアに近づいてくる人影があった。
マクレイオ・ディアステネスの妻だった。
マリナ・ディアステネスは丁寧にドミティアに礼をした。
「姫様、今日は遠路わざわざありがとうございました」
深く腰をかがめるのに、
「いえ、この度はご愁傷様です」
ドミティア皇女も軽く頭を下げた。
「よろしければお茶などいかがでしょうか?」
ディアステネス元上将が戦場でも最後までこだわった唯一の贅沢が茶であったことを思いだした。そしてディアステネス家が治めるこの小さな領の特産が茶であることも。それにまだ陽は高かった。
「頂きましょう」
小さな領にふさわしい、質素な領主館だった。庭に面したテラスで茶を供された。年老いたメイドがそっとテーブルに茶を置いた。茶の馥郁とした香りがふっと立ち上った。
「あなたたちもどうぞ」
護衛の女兵士にも勧められたが彼女達は首を振って遠慮した。
ドミティア皇女は上品な手つきでカップを持ち上げ一口含んだ。
「おいしい」
その言葉にマリナ・ディアステネスは満足そうに頷いた。
「茶はディアステネス領の特産なのですね」
「はい、この領の茶の栽培は曾祖父の代から始まって、先代、マクレイオの父が奨励したのです」
「そうなの。だからディアステネス上将はあれほど茶が好きだったのね」
「帰領してからも、『これだけはやめられない』などと言っておりました」
「そう、もっと楽しみたかったでしょうね、このお茶を」
その言葉にマリナ・ディアステネスはちょっと黙った。少しの時間をおいて、
「いえ、マクレイオは満足していると思います」
「そう、なの?」
「……マクレイオは1年ほど前から胸が痛いと言うことがありました。坂道を登ったときとか走ったときなどに特に」
「まあ、それでは医師に診せなければ……。軍病院が利用できるはずよね」
「はい、軍病院へ行くように勧めたのですが、頑として……」
「行かなかったの?」
「はい」
「なぜかしら?」
「若い人をたくさん死なせたからと、前の戦争で。医師が直ぐに対処できれば助かった者も多かったと申しておりました。自分はもう引退した老人だから医療はいらないのだ、もっと必要とされるところに廻すべきだと」
「でも、それは……」
「陛下の温情で前の戦争の責任を問われずにすんだ、これ以上祖国に負担をかけるのはいやだと申しておりました」
思いがけない話だった。軍の再建の目途が付いたらさっさと引退して領に引っ込んでしまったディアステネス元上将を無責任だと非難する向きもあったのだ。
「姫様が結婚されたと聞いて本当に喜んでおりました」
式に呼んだのだが丁寧な断りの返事が来た。考えてみればディアステネス元上将が引退してから会ったことがなかった。
多分これがマリナ・ディアステネスが伝えたかったことだろう。
「僭越ですが、お子様がお生まれになったときも我がことのように喜んでおりました。ルキウス様のご成長が見られないのが唯一の心残りだと。亡くなる3日前に」
強い胸痛に襲われてから動けなくなって、1週間臥せって死んだという。動けなくなっても頑固に医師を呼ぶなんてことはしなかった。
「そうか、全く噂を聞かなくなっていたが自領でそんな暮らしをしていたのか」
「ええ、子が生まれなかったから弟の子に領を継がせると言ってました」
「あの戦争はイレギュラーが過ぎたからな。ディアステネスをはじめとする軍幹部が責任を感じる必要はないのだがな。強いて言えばガイウス7世に一番の責任がある」
「コーディウス様!」
ドミティアに言われて、コーディウスはおどけたように右手の人差し指を唇の前に持ってきた。皇帝を批判することはまだタブーだった。特に皇家に属する人間にとってはいつ自分に跳ね返ってくるか分からない話題だった。
「まあ、レフの魔法に追いつかなければ再度の挑戦なんかできないがな」
「追いつくと思います?」
「おいおい、ルファイエにつながるお前がそんなことを言ってどうする」
「レフ様がいなくなれば何とかなるかも」
「ということはルキウスの時代は平和が続くわけだ」
「少なくとも帝国と王国の間では」
それがどれほど正確な予想だったのか、このときコーディウスもドミティアも知らなかった。
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新しい物語を始めております。よろしければそちらの方も覗いてください。
「修羅征姫戦記」
https://kakuyomu.jp/works/16818023213995832080
”しゅらゆきひめ”と読みます。リンクで開かないときは検索でお願いします。
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