第147話 悪あがき 4

 ガチャガチャと武器と防具がぶつかり合ううるさい音を立てながら、ドライゼール王太子の部隊は王宮の広い廊下を走っていた。王宮の入り口を入ってから、巡回しているはずの警備隊とも、いつもは忙しく動き回っている使用人とも遭遇していなかった。カルーバジタが上手くやっているのだとドライゼール王太子は思っていた。勝手知ったる王宮内だった。もう一つ宮殿内部の地理に不案内な騎兵達を導くように、王太子は先頭近くを走っていた。すでに200ファル近くを走っていた。


「もうすぐだぞ!」


 騎兵用の軽鎧でも馬を下りて走るときには重い。王太子の檄にも、息切れして大声を出して応える兵は少なかった。


「「おう~っ」」


 それでも全員が剣を振り上げた。最後の角を曲がると、王府の扉が見えた。扉を固めていた警備隊の隊士がどやどやと現れた騎兵達を見て吃驚したように口を開け、慌ててバラバラと逃げて行った。


「けっ、臆病者めが!」


 警護する者がいなくなった王府の扉をドライゼール王太子は蹴破るように開けた。

王府に跳び込もうとして王太子は足を止めた。目の前にずらっと完全武装の国軍兵が武器を構えて並んでいたからだ。一瞬理解が出来なかった。


「こっ、これは一体?」


 王国兵はドライゼール王太子軍の倍――100名――は居そうだ。


「ドライゼール王太子殿下」


 中将の階級章を付けた高級士官が一歩前に出て呼びかけた。


「貴様!まさかイクルシーブか」


 昨日はレクドラムにいたという報告を、潜入させている目と耳から受けていた。レクドラムからは馬をとばしても3~4日はかかる。今こんなところに居るはずはない!レクドラムに駐留するアリサベル師団が動いたという報告も受けていなかった。自分の率いている部隊が王都にいる唯一の国軍という前提が崩れてしまった。


「殿下、殿下の今の行動は謀反であることを理解しておられますか?」

「だ、黙れ!ジルベールは正当な王ではない!王位継承権は俺の方が上だ」

「殿下が王位に就くのが不可能な時にゾルディウス2世陛下が身罷られたのです。空位にしておく訳にはいきません。ですから継承権順位に従ってジルベール陛下が登極なさったのです」

「俺が帰ってきたら王位を譲るべきだろう!」


 イクルシーブ中将はゆっくりと首を振った。


「ジルベール陛下は正式に登極なさったのです。登極後、王国の運営も上手くいっております。この戦も勝利に導かれました」

「あのような条件で勝利と言えるか!」


――やっぱりお分かりになってない。戦は終わり方が難しい。戦闘で勝っても損切りが必要なことが多いのだ――


「武器をお捨てください、殿下。このままでは反乱軍として制圧せざるを得ません」

「黙れ、黙れ。この不忠者め!」


 圧倒的に不利なことはわかっていた。しかしこのまま引き下がるわけにはいかない。


――俺は王太子だ。王になるべく育てられたのだ。ジルベールあんなガキに横から攫われてなるものか――


「私の忠誠は王国に捧げられております。…………制圧しろ」


 イクルシーブ中将の合図で100名のアリサベル師団兵が前に出た。


「突破しろ!」


 ドライゼール王太子の命令にもすぐに従う兵は居なかった。自分たちの倍は居る敵に躊躇もなく打ちかかるほど勇敢――無謀とも言う――な兵ではなかった。その上相手は軽武装の警護隊ではない。精鋭を謳われるアリサベル師団だった。完全に当てが外れた。後ろに居た兵は思わず腰が引けて後ろを向いたほどだ。そして息をのんだ。


「敵が、背後にも!」


 いつの間にか挟み撃ちになっていた。しかも、前も後ろも敵の戦力は倍であった。

浮き足だったドライゼールの部隊にアリサベル師団の精鋭が襲いかかった。




 いきなり目の前で始まった激闘にジルベール王の目は釘付けになった。生死を賭けた戦いを見るのは初めてだったのだ。


「うわーっ、す、凄い」


 思わず声を出したジルベール王は後ろから袖を引かれた。


「陛下」


 アリサベル副王だった。


「ここは危のうございます。奥へ」

「あっ、あ、そうだな」


 名残惜しげに視線をさまよわせた後、戦いの場に背を向けた。王の背後からアリサベル副王が王の背中をかばうように体を寄せた。


――その時、


 王の背後で、キンという金属がぶつかる音がした。思わず後ろを振り返った王が見たのは、


「な、何が起こった?」


 短い文官用の剣を前に突き出して尻餅をついているダルーフェット卿と、ダルーフェット卿と王の間に立ちふさがるシエンヌの姿だった。


「怪我はありませんか?陛下」


 アリサベル副王がジルベール王の顔をのぞき込むように尋ねた。


「大丈夫だ。何があった?」

「ダルーフェットが陛下に斬りかかろうとしたのです」

「ダルーフェット卿が?何故?」

「ダルーフェットは内部情報提供者ディープ・スロートだからです、陛下」

「内部情報提供者、ダルーフェットが?」

「はい。宰相府内の内部情報提供者については以前から内偵しており、ほぼ特定できていましたので警戒していたところ、案の定でした」


 ジルベール王は改めて、尻餅をついているダルーフェットと油断なく剣を構えているシエンヌを見た。


「よくやった、シエンヌ」

「いえ、殿下。おけががなくて何よりです」


 ダルーフェットは武官ではない。アリサベル副王でもなんとかなっただろう。

ジルベール王のダルーフェットを見つめる視線が冷たくなった。


「処分はオルダルジェ宰相が帰ってきてから決めることにする」


 宰相府の中に内部情報漏洩者を飼っていた責任も問わなければならない。もう一つ協力的でない宰相府を牽制する手段になる。

 尻餅をついていたダルーフェットが膝をついて上体を起こした。アリサベル師団とドライゼール王太子の率いる騎兵達との戦いを見た。圧倒的にアリサベル師団が有利だった。4倍の戦力を有しており、個々の兵の練度でも馬を下りた騎兵では相手にならなかった。戦況を見て取ったダルーフェットの目に絶望が浮かんだ。唇を噛むといきなり剣を逆手に持ち替え、そのまま自分の胸に突き刺した。ダルーフェットから目を離さなかったシエンヌにも止める時間もない出来事だった。


――ちっ、役に立たない。不意打ちなのだから傷くらい負わせろ――


 ジルベール王とアリサベル副王の動きを懸命に追っていたドライゼール王太子が舌打ちをした。戦況はどんどん悪くなっていく。なぜか王太子に打ち掛かってくる兵はいないが隙もなく囲まれて身動きがとれなかった。


「殿下、武器をお捨て下さい」


 いつの間にか周囲に味方騎兵はいなくなっていた。イクルシーブ中将が剣を手に提げて王太子の前に立っていた。戦いはほぼ決着がついていた。もう立っている味方騎兵はいない。まだ息のある者もいるようだがすでに戦える状態ではなかった。それに対してアリサベル師団はほとんど損害を受けてないように見えた。


 ドライゼール王太子は乱暴に剣を投げ捨て、ドッカと座り込んだ。立っている味方はなく周りをぐるりと取り囲まれていればそれ以外にどうしようもなかった。


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