第147話 悪あがき 3

 アンジエームの北門は直接王宮に通じているため、他の市門よりも警戒が厳重になっている。具体的には警護に2個小隊が常駐しており、1対の門扉は日中に閂は外されるが閉めたままになっている。そして門扉は中からしか開かない。重い門扉は一人で空けることは難しく、複数の人間が必要になる。


 望楼で見張りに着いている衛兵が北に駆けてくる騎兵の部隊を認めた。直ぐに警備の責任者に連絡した。


「騎兵の一隊が近付いてきます」

「ん?騎兵?」

「西門から出たドライゼール殿下の部隊では?」


 警備隊長の側にいた魔法士がそう指摘した。


「可能性は有るな。軍装はどうだ?」

「はい、国軍の騎兵軍装です」

「しかし、ドライゼール殿下が北門こちらへ来られるという連絡はあったか?」

「いいえ、ありません」


 魔法士の答えに隊長は溜息をついた。


――面倒な――


 連絡もないのなら誰何しなければならない。しかも堀にかかる橋の手前で止めて検めるのだ。そんなことをすればあの殿下のことだ、多分頭ごなしに怒鳴りつけられるだろう。王太子が多分言うであろう台詞も想像できた。


――貴様、俺の顔も知らないのか。この間抜けめ!――


かと言って何もしないで通すわけにも行かない。胃が痛い。


 隊長の悩みは直ぐに解決された。


「仕方がない、騎兵を一旦止めて……」


 そう覚悟を決めて通用口から外へ出ようとした隊長は最後までは言えなかった。後ろから襲われたからだ。何時の間にか衛所に侵入していた者達に。




 ドライゼール王太子に率いられた騎兵部隊が近付くと北門が開いた。騎兵が通りやすいように目一杯に開かれた。


「ご苦労!」


 声を掛けたドライゼール王太子に軽く頭を下げた7人の男達は王宮の下級使用人のお仕着せを着ていた。


「掃除は済んでいるか?」

「はい。外は済んでおります」


 男達の一番前にいた男が答えた。ドライゼール王太子がニヤッと笑った。


「行くぞ!宮殿の入り口まで騎乗で行って一気に制圧するぞ!」


 男達には次の役目があった。走り去る王太子一行の後ろ姿を見送った後、北門を一旦閉めて3人をそこに残し4人は走り去った。




『来たわね』

『はい、殿下』

『50騎前後、全部引き連れているわ』

『さすがに戦力の分割はしないかと』

『分からないわよ。私たちを逃がさないように一部を裏口に回す可能性もあったもの』

『裏口は別の連中が固めています』

『カルーバジタの手の者?』

『はい、気配からは暗部のメンバーかと思います』


 すばやくシエンヌと状況を確認した後、アリサベル副王はジルベール王に向かって、


「陛下」


 ジルベール王が自分の方を向くのを待って、


「ドライゼール様が北門を突破されました」

「突破?ですか」

「はい、完全武装の騎兵50騎と共に。騎乗のまま宮殿入口に向かっておられます」


 通常王宮内は徒歩が原則だった。戦争のような非常事態を除けば王族と言えども移動には歩かなければならない。騎乗のままで王宮内を駆けているドライゼール王太子は、言わば王宮内では今が戦争状態であることを宣言しているに等しかった。


「ドライゼール兄様なら普通に北門を通ることが出来るでしょうに」

「時間がかかり過ぎると思われたのでしょう」

「でも、力尽くで突破というのは、門衛はどうなったのです?」

「排除された、と思います」

「味方なのに?」

「はい」

「やはり暴発なのですね」

「残念ながら」

「そうですか」


 ジルベール王は残念そうに軽く首を振った。


「ど、どういうことなのです?」


 あっけにとられたように二人の会話を聞いていたベアトリス妃の疑問に、


「ドライゼール王太子殿下が謀反を起こしたのです、お母様」


 しれっとこんなやりとりをするジルベール王をシエンヌは半ば感心しながら見ていた。


――僅かな間にずいぶん成長なさったものだ――


 尤も、アリサベル様の、つまりはレフ様の薫陶を受けているのだからこれくらいは当然かも知れない。


「謀反を!?ドライゼール殿下が」


 ベアトリス妃にはもう一つぴんとこないようだった。


「私が王位に就いたのがドライゼール兄様の気に入らなかったのです、母様。ですから直接的な手段で私を排除しようとされているのです」

「そ、そんな。でもそれなら、へ、陛下が危ないのでは?」

「大丈夫です、母様。対策はしてあります」


 アリサベル副王がシエンヌに目で合図をした。シエンヌが奥の部屋に続く扉を開けた。出てきたのはイクルシーブ中将だった。扉の向こうに完全武装の兵士達が見える。イクルシーブ中将はジルベール王の前まで歩いてくると王に対して敬礼した。


「ご苦労です、イクルシーブ中将」


 ジルベール王がそう言うのに、


「いえ、任務でありますれば」

「ドライゼール兄様は50人引き連れているそうです」

「問題ありません、レフ支隊を中心に2個中隊を動員しましたから」

「それなら大丈夫でしょう。ドライゼール兄様は出来れば捕らえてください。多少の負傷は仕方がありませんが。他の方々はこれからの王国の運営には必要ない人たちです。兄様に付いている人たちも」


 ジルベール王はそこで一旦言葉を切って、ぐるっと周囲を見回すように首を廻らせた。


「王宮の中で策動している人たちも」

「畏まりました」


 奥の部屋に迎門の魔器を設置したのだ。イフリキアが帝国のために作成した転移の魔器よりずっと性能が良く、レクドラムからアンジエームを一息で繋ぐことが出来る。その分転移する人間にもより高い能力ちからを要求するし、個人用の補助の魔器がいるが、アリサベル師団にはレフ支隊をはじめとしてそれが出来る人材が豊富だった。ドライゼール王太子はこんなものの存在を知らなかった。彼の情報網には引っかかってこなかったのだ。


「前室で待ち受けるぞ。続け」


 王府に入ったところに前室がある。王府に用事がある者達が待機し、あるいは王府の役人と相談、打ち合わせなどをするスペースだ。王の謁見室、執務室よりずっと広かった。アリサベル師団の兵達は迎門から出てくるときびきびと前室に移動して隊列を組んだ。室内戦闘を想定した短めの槍が明かりを反射してキラキラと光っている。

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