第145話 決行 3
「裏切り者め!」
肩で息をしながら剣を構えた男が叫んだ。男を護衛するように100人ほどの武装兵が周囲を固めている。ラヴェト帝だった。大きく剣を振り下ろして刃に付いた血を落とす。ギリッと歯ぎしりをしながら血走った目で周囲を睨み付けた。
「そなたと一緒に国を沈めてしまうわけにはいかない」
ラヴェト帝とテルミカート領兵を、1,000人を超すスロトリーク、ルファイエの領兵が囲んでいる。その指揮を執っているのはカルロ・ルファイエだった。その言葉にラヴェト帝が吠えた。
「帝国が、帝国が負けるはずがない!貴様らが売ったのであろう、売国奴め」
「彼我の力を正しく認識できない人間に
激昂するラヴェト帝に対してカルロ・ルファイエの言葉はあくまで冷静だった。
「ラヴェト・テルミカート、降伏を勧める。我らの補佐を受け入れよ。命は保証する」
皇帝に選ばれたとき、皇家の家名は外れる。ラヴェト・フェリケリウス・テルミカートからラヴェト・フェリケリウス・フェリケリウスになる。そして正式の場以外ではフェリケリウスを繰り返さない。今、カルロ・ルファイエがわざわざ家名でラヴェト帝を呼んだのは真の皇帝とは認めない、と言っているのと同じだった。
「我を傀儡にするつもりか!?」
「政策決定会議には加われますぞ」
発言は重視されないかも知れないし、そもそも発言が許されるかどうかも分からない。決定事項には盲判を押すことになる。それでも一旦は帝として名乗りを上げた人間だった。戴冠式はしていないとは言え、帝しか許されていない元帥服を着用して臣民に披露している。それを、それ程の時間も経たず交代させるのは、皇家以外の貴族や軍部、それに臣民に対してさえ外聞が悪い。そのまま帝位にいて傀儡になって貰うのが皇家として一番望ましい。
――くそっ、どうしてこんなことに――
帝を名乗って皇宮に入ったとき、強引な遣り方に反発する勢力があることを当然考慮した。特に当主を軟禁している3つの皇家については警戒を厳重にした。皇都に駐留する皇家の領軍の規模1個中隊以下に制限し、武装して街中を動けるのは2個小隊までと決めた。皇家の人間が動くときに護衛も無しというわけにはいかないからだ。それでも屋敷を出たときから帰るまで監視の目を緩めたことはない。どの皇家の誰がどういう行動を取ったか逐一報告させていた。特にテストールへ行こうとして果たせず皇都へ逃げ帰ってからはさらに監視を厳重にしていた。帝位に就くのを支持してくれた皇家についても皇都の屋敷の近くに密かに監視所を設けその動きを監視していた。彼らが皇宮へ伺候することが少なくなってからは尚のことだった。皇宮へ閉じこもっていると疑心暗鬼がますます募るのだ。信用できるのは自家の領軍だけだった。
だからあり得ないとは思っても、皇宮に乱入されることを想定した手を打っていた。皇帝執務室に正門から通じる道のどこにバリケートを築き伏兵を置くか、どう兵を動かして横撃するか検討して、実際に何回か演習を繰り返していた。それ故スロトリークの兵が乱入してきたと報告を受けたとき、ラヴェト帝は歯ぎしりしながらでも、
「配置に付け!」
比較的冷静に命令を下すことが出来た。予めの作戦通りに謀反人共を迎え撃つ。罠に填めて制圧できるつもりだった。
しかし、ラヴェト帝には誤算がいくつかあった。
その一つは急造の士官では指揮の能力が足りなかったことだ。領軍幹部の高級将校を根こそぎにされて、急遽下級将校や下士官を昇進させた。何とか形だけは整えられても、彼らは飲み込みが悪く、命令の伝達速度が遅い。部下の束ね方が甘い。ラヴェト帝の下で皇宮警備に付いていたテルミカート、ロクスベアともに同じ症状に悩まされていた。その上ロクスベア家領兵の士気が低かった。テルミカート領軍より明らかに反応が遅い。資質ではなかった、やる気の問題だった。苛ついて強い言葉で叱責しても改まるわけではなかった。現に侵入してきたスロトリークの兵に簡単に降伏してしまっていた。
それより大きな誤算は、ドミティア皇女の能力を見誤ったことだった。イフリキアが手ずから作った魔器を使うドミティア皇女の探査・索敵、通心の能力は帝国軍魔法士の中でも突出していた。まして領軍の魔法士など遙かに凌駕していた。ラヴェト帝の魔法士に対する認識は領軍魔法士が基準になっていた。ドミティア皇女の
国軍の魔法士は、レフによって魔器が破壊された後、魔法院で慌てて作製された魔器や、予備になっていた魔器(イフリキアに駄目出しされたものだ)を配布されていた。それらの魔器を貰った魔法士に比べても、それこそ比べものにならない能力だった。
皇宮に突入する前にドミティア皇女は皇宮全体の探査を行った。ガリエラ・スロトリークとカルロ・ルファイエの目の前で、皇宮の見取り図にテルミカート、ロクスベアの領軍の位置を書き加えていった。配置が丸見えになると作戦も丸見えになる。ラヴェト帝は皇宮の衛兵を伏兵部隊二つ、遊撃隊一つ、さらには自分の護衛隊と四つに分けていた。配置がバレてしまえば各個撃破の対象でしかなかった。
探査結果を書き加えた皇宮見取り図を見たガリエラ皇女は思わず、
「これでは戦にならないわね」
と呟いた。その横でカミラ・スロトリークも何度も頷いていた。
「はい、敵対勢力の配置が丸見えです。それに……」
「それに?」
「今の
ドミティア皇女の言葉にガリエラ皇女は肩をすくめた。処置無し、と言う風情だった。
「そんなに差があるのね?」
「はい、その上レフは攻撃魔法を多用します。我々には未知の魔法です。さもなければあのディアステネス上将が”勝てない”などと判定しません」
「そうね、その通りね。分かっていたつもりだったけれど実際に体感すると堪えるわね」
「帝国を焼くわけにはいきません。焼け落ちる前に停戦するべきです」
周囲にいた領兵の幹部達も渋々でも納得せざるを得なかった。魔法のレベルにこんなに大きな差があれば戦にならない。
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