第145話 決行 2
「あらあら、まあまあ」
迎えに来た、カミラ・スロトリークに率いられた小隊を前にガリエラ・スロトリークはあきれたような声を出した。
「うちの
冗談めかしたガリエラ・ストロリークの口調だったが目は鋭い光を帯びていた。ドミティア皇女とカミラ皇女はガリエラ・スロトリークに対して丁寧に礼をした。
「迎えが遅くなって申し訳ありません」
「ご無沙汰いたしております、ガリエラ殿下」
「そうね、貴女がディアステネス軍と一緒に王国へ行って以来だから、もう3年以上経つわね。随分久しぶりだわ」
「お元気そうで何よりです」
ガリエラ・スロトリークはフンと鼻を鳴らして、
「こんなところに閉じ込められても元気いっぱいなんてイヤになるわ。体調を崩せばさっさと外へ出られたかも知れないのにね」
ガリエラ・スロトリークは武装解除されたテルミカートの監視兵5名と、その横に不安そうな顔で立っている、これもテルミカートから付けられたメイド3名を横目で見ながらそんなことを言った。せめてメイドは慣れたスロトリークから派遣したいと言う要請も受け入れられなかったのだ。
「殿下……」
冗談(?)にどう答えたら良いのか分からずに呼びかけたドミティア皇女に、ガリエラ・スロトリークは急に真面目な表情になって、
「ドミティア殿下がいるってことは、軍部がこちらに付いてくれたってこと?」
「はい、少なくともディアステネス上将は私の行動を是認しています」
何気ない返事であったがその意味するところは重大だった。ガリエラ・スロトリークは軽く首を振りながら、
「ディアステネス上将にして、対王国戦にもう勝ち目はないと思っている訳ね」
「はい、……これからは帝国内が戦場になるからある程度の抵抗は出来るだろうが、王国が、いえ、レフ・バステアが演じたような逆転劇はできないと」
「帝国内が戦場になる……。つまり国を焼いても勝てない、ってこと?」
「はい」
「ドミティア殿下、貴女はどう考えているの?ずっとディアステネス軍について最前線にいたのでしょう、ディアステネス上将の意見に賛成?」
ガリエラ・スロトリークの言葉に、ドミティア皇女は悔しそうな顔をして唇を軽くかんだ。息を吸うと、
「レフの使う攻撃魔法は恐ろしいものです。あれに対抗するには同等の攻撃魔法が必要です。そんな魔法を今の帝国が、帝国魔法院が間に合うように作り出せるとは……」
「そう、ルファイエは魔法院についても詳しいものね」
「王国の和解案は今の帝国にとっては望みうる最上のものに近いと、思います。レフのあの魔法で見境なく攻撃されたら、……ぞっとします。焼け野原から国を再建するのにどれくらいかかるか、時間も費用も」
「まったく、バステアの連中、というよりイフリキアね、帝国の魔女様は、どこにこんな手品のタネを隠していたのかしら。でも大きなお腹を抱えてクロッケン高地から帰ってきたときも悪びれた様子など無かったものね。レフの父親が渡り人だったと言うから、あれがタネだったのかしら?」
「クロッケン高地に滞在されている間に随分魔力が伸びたと聞いています。渡り人から貰ったのは子供――レフ――だけではなく魔力も、なのかも知れません」
「そう言う情報はルファイエが掴んでいたのね。
「イフリキア様とレフの処遇を変えることについては、ガイウス7世陛下が
「それで帝国の魔女以上の魔法使いを敵に回していたら世話はないわね」
ドミティア皇女は軽く首を振った。今更の後悔だ、レフ・バステアを敵に回すべきではなかったなどと、今更の話だ。魔法院で魔器を造るイフリキアには注意が行っても、その子供のことなど誰も気にしなかったのだから。
「それで王国の和解案は
「はい」
「でもラヴェト様にはそれが分からない」
「はい」
「帝位について舞い上がっているのね。周りが見えなくなっている?」
「はい、そう思います。周りが見えない方を帝位に置いておくわけには……」
「周りが見えるようにするか、退いていただくか」
「はい、恐れ多いことですが」
「そうでもないわ。皇家の半数の支持だけで帝位に付いたなんて前例が無いもの。ちゃんと皇家典範を整えなければいけないわね。それでディアステネス上将は支持してくれるのよね」
「はい、軍部全てというわけではありませんが、彼に近い者達は認識を共有しています」
「充分だわ。彼をはっきり敵に回しても良いなんて思っているのは軍部でもそんなに多くはないでしょうから、少なくともしばらくは軍を抑えていて呉れるわね」
「はい」
「その間にラヴェト・テルミカートと話をしなければいけないわけね」
「ガリエラ殿下が話されますか?」
ガリエラ・スロトリークは少し考えた。
「いいえ、今回はカルロ殿下に貧乏くじを引いて貰うわ」
ある程度予想していた答えだった。
「よろしいのですか?」
話し合いが上手く行けば話をした人間が次期の帝だ。少なくともラヴェト帝の有力な助言者になる。
「私が出ると、後から女だから降伏したなんていう
これまでフェリケリア帝国には女帝はいなかった。ガリエラ・スロトリークのように後継者候補になったことは何回かあるが最終的には選ばれなかった。ガリエラが最初の女帝になって、しかも帝国として最初の降伏文書に署名したとなると、彼女の言ったようにそれを貶める輩が必ずでて来る。政治的な駆け引きの材料として、あるいは降伏の悔しさの反動として。
「分かりました、父を呼びます」
カルロ・ルファイエもガリエラのこう言う態度を予想していた。だから直ぐ近くに待機している。
「ガリエラ殿下」
ガリエラ・スロトリークの名を呼びながら、大柄な男が部屋に入ってきた。
「おお、フィラール殿下」
フィラール・ブライスラだった。
「まったく、話の通じない相手にイライラしていたがやっと解放された。感謝いたしますぞ」
スロトリークの領兵がフィラール・ブライスラの監視に当たっていたテルミカートの領兵を排除して彼を解放したのだ。皇都のブライスラ家に常駐している領兵5人も加わっていた。
「お互い窮屈な思いをしていましたから」
「本当に。あのラヴェトめ、皇家当主の扱いがなってない」
「出来ればこんな実力行使には至りたくなかったんですが」
「あの様子では他に手段があったとは思えませんな」
「なんにせよやっと動けるようになりました」
「間に合えば良いんですがな」
「何とか間に合わせましょう」
「頼む、ブライスラが共に行動できないのが申し訳ないが」
「いえ、お気になさらず、ブライスラ領の事情は分かっていますから」
ブライスラ領は帝国の東の端に近い所にあった。アトレが王国軍に抜かれたら直ぐに対峙しなければならない場所だ。そのため領軍は動かせなかったし、フィラール・ブライスラ自身も直ぐにでも領へ駆けつけたいと思っていた。自領が
「行くぞ!」
簡潔に声をかけて部屋を出て行った。
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