第145話 決行 1

「退屈だな」

「ああ、退屈だ。しかし何かあっても困るがな」


  領軍十人長の徽章を付けた男二人が目の前の広場に目を配りながら話していた。


「皇宮警備に付いてから40日か」

「もうそんなに経つんだな」

「とっくにテルミカート領に帰っているつもりだったんだが」

「ああ、そうだな」


 テルミカート領軍の十人長だった。今は皇宮の壮麗な正門の警備に付いている。皇宮の正門は日中は開けておくのが通例で、その時も戦争中にも関わらず開いていた。


「まったくロクスベアの領兵れんちゅうは、何をやってるんだ?禄に警備にもでて来やしない」

「まあ、そう言ってやるな。ガイウス7世陛下に続いて宗家当主のルゾフ殿下、領軍の幹部全部を一遍に亡くしたんだからな。領軍の指揮系統を再編するだけで大もめで、まともな訓練もできない有様だと言うぞ」

「領軍の幹部が全部居なくなったのはテルミカートうちも同じじゃねえか」

「でもテルミカートうちにはラヴェト陛下がおられるから」

「まあ、指揮系統の再編は何とかなったな。鶴の一声だからな」

「おかげで上級兵長になったばかりの俺が十人長様だ」

「俺もだ。中隊長なんか十人長から上級十人長を抜かして一気に百人長だもんな」

「ロクスベアのことはともかく近衛はどうなってるんだ?皇宮警備なんて本来近衛の仕事だろう」

「陛下と近衛司令官のアウレンティス下将がギクシャクしているらしい」

「やはりか、俺も聞いたことがある。アウレンティス下将がさんざん注意したにもかかわらず高級士官の軍装を改めなかったって言うからな」

「おかげでテルミカートうちとロクスベアの領軍司令部は壊滅だ」

「あれは凄かったな。高級士官の軍装をしているのが次々に撃ち倒されるんだからな」

「俺達だっていつ的になるか分からなかったからな。這って逃げたぜ」


 その時のことを想い出したように二人はブルッと体を震わせた。


「このまま皇都で冬を過ごすことになるのかな」

「そうなりそうな雰囲気だな。若い連中は喜んでるぜ、テルミカート領よりよほど刺激が多いからな。酒も美味いし、女も綺麗だ」

「金があればの話だろ」

「はっ、違いねえ」

「ところで、……」

「何だ?」

「ちょっとおかしいと思わねえか?」

「ん?」

「さっきから広場に人の影がねえ」

「そう言えば……」

「そう言う時間もあるって事かな」

「一応隊長に報せた方が……」


 片方がそう言ったとき、後ろから声をかけられた。


「おいおい、俺に何を報せようってんだ?」


 巡回していた警備中隊の隊長が丁度通りかかったところだった。


「あっ、隊長、いや、さっきから広場に人が居なくなってるんで、おかしいんじゃないかって」

「ん?」


 そう言われて中隊長が皇宮前広場に目をやったとき、


「何だ、あれは、いったい!?」


 テルミカート領軍の百人長は思わず大声を出した。皇宮前広場に繋がる4本の道、その全てからわらわらと武装兵が駆け足で湧いて出てきている!


「「えっ?」」


 二人の十人長も思わず目を見張った。


 武装兵達は広場に出てくると正門の衛兵に正対して整列して行く。明らかに友好的な態度ではなかった。鞘もかぶせられていない槍が陽を反射している。警備隊の隊長はポカンと口を開けた。


「隊長!」


 声をかけられて百人長は、はっと我に戻った。


「い、急いで非常呼集を掛けろ!テルミカートとロクスベアの領軍、それに近衛にも」

「近衛は野外演習です」

「何?」

「野外演習と言って今朝早く出て行きました。なんでも第2師団との合同だそうです」


 百人長は息を飲んだ。選りに選ってこんな時に野外演習!?ひょっとして国軍もグルなのか?


「し、しかし、隊長、て、敵なのですか?」

「よく見ろ、鎧にスロトリークの紋が付いているぞ」


 スロトリークの宗家当主のガリエラ・スロトリークはラヴェト帝によって皇宮内に軟禁されている。スロトリーク家からは釈放の要請が、最近は文言がきつくなって要求に近くなっているが、絶えず出されていて、ラヴェト帝はそれを無視している。そのスロトリークの領軍が完全武装で、1個大隊規模で整列している!友好的な動きとは到底考えられなかった。


「新手だ!」


 門衛兵からまた悲鳴のような声が上がった。皇宮前広場にさらに完全武装の兵が入ってきた。


「今度は、――ルファイエだぞ!」


 ルファイエの領軍がスロトリークの領軍の後ろに整列する。共に1個大隊ずつ合計2,000の兵が整列した。それを待っていたかのように、スロトリーク領軍の先頭に居た小柄な将校が門の警備兵に近付いてきた。警備兵が槍を構える。それを抑えるように、


「い、いったい何の真似ですかな。これは」


 警備隊の隊長が、これも前に出て問うた。


「カミラ・スロトリークである」


 思いもかけず若い女の声がした。しかしその声は人に命令することに慣れた、圧を持った声だった。警備隊の隊長は思わず姿勢を正した。今出来いまできの百人長を圧倒する威厳があった。


「カミラ殿下?」


 促成的に昇進した士官では、経験、能力の不足はどうしようもなかった。


「な、何をしに?」


 明らかに年若い女に位負けしていた。


「ガリエラ殿下を迎えに来た」

「迎えに?」


 芸もなく繰り返すのに、


「そうだ。殿下がもう2ヶ月もお帰りにならない。もうすぐ冬だ。どうしてもお戻り願いたい」

「し、しかし陛下の許可が、お帰りになっても良いという許可がでておりません」


 カミラ・スロトリークは隊長の言に拘泥しなかった。一歩前に出て、


「通るぞ」

「お、お待ちください」

「スロトリークの者がスロトリーク宮に行くのに何の差し障りがある?」

「陛下の許可が!」


 隊長の制止も聞かず近づいてくるカミラ・スロトリークに対して警備兵が槍を構えた。


「邪魔をするか!?」

「陛下の許可がなければ何人も通してはならぬと言われています!門を閉めろ!」


百人長の号令に門を閉じようとテルミカートの領軍が走った。それに背後から襲いかかった部隊があった。


「ル、ルファイエだ!」


 テルミカート領軍に背後から襲いかかるルファイエ領軍を見てカミラ・スロトリークはニヤッと笑った。


「排除しろ!」


 カミラ・スロトリークの合図でスロトリーク領軍が一斉に動き始めた。門に詰めているテルミカート領軍は1個中隊にすぎない。圧倒的な戦力差だった。


「こ、降伏する!」


 闘っても勝ち目はない。時間稼ぎにもならない。嬲り殺しにあうだけだ。隊長の言葉にテルミカート領軍は武器を捨てた。


「ドミティア様、お疲れでした」

「そうね、一晩隠れているって言うのもけっこう疲れるものね」


 門を閉めようとしたテルミカート領兵を襲ったのはドミティア皇女に率いられたルファイエの領軍だった。彼らは夜のうちに城壁を越えて皇宮に侵入していた。


「こんなに簡単に侵入を許す様では安心できないわね。皇宮の警備体制を見直す必要があるわね」

「あら、ドミティア様ほどの魔法使いでなければ皇宮への侵入など簡単ではないと思いますわ」


 魔器を持たない領軍の警備は穴だらけだった。ドミティア皇女ならその穴を見つけるのは容易だったし、そもそも皇宮の広さに比べてテルミカートの領軍は少なすぎた。領軍全部を連れてくるわけにもいかず、半分の1個大隊しかいないのだ。その上、将校は何とか数合わせができても魔法士の不足はどうしようもなかった。ロクスベアや近衛が協力していれば多少は話が別だっただろうが。


 武装解除されたテルミカート領軍兵を縛り上げてその場に残し、スロトリークとルファイエの領軍は皇宮内に侵入していった。

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