第144話 説得?

「それは、いったい!?」


 悲鳴のような疑問をアニト・トリエヴォが発した。カルロ・ルファイエから戦況は既に大きく傾いており、最早挽回は不可能だと告げられたときだ。


「そうですよ、カルロ卿。確かに帝国軍われわれは王国領からは押し出されましたが、やっと振り出しに戻っただけではないですか」


 同じようにジオニール・トレヴァスも抗議の声を上げた。カルロ・ルファイエは2人に気づかれないように僅かに溜息をついた。ほぼリアルタイムで戦況を知ることが出来る皇家の当主にしてこんな認識なのだ。


「先ほど申し上げたように、シュワービスには大穴が開いています。塞ぐ術とてありません」

「ディアステネス上将が第2師団を率いてシュワービス峠に派遣されると聞きましたぞ。歴戦のディアステネス上将なら開いた穴を塞ぐことくらい難しくはないでしょう」

「ジオニール卿、ラヴェト様が帝国領内で襲撃されたことをお忘れですか?あの時はシュワービス峠口の砦は健在で、第1師団が詰めていたのですよ。峠口に王国軍が通れるような穴など開いていませんでした。にもかかわらずラヴェト様を、テルミカートとロクスベアの領軍に近衛連隊まで率いていたラヴェト様を王国軍が襲ったのですぞ」


 アニト・トリエヴォとジオニール・トレヴァスはうっと詰まった。一番想い出したくないことだった。


 帝国領内で皇帝が襲われる!敵の規模も侵入経路も分からないがテルミカートとロクスベアの領軍の首を狩って忽然と消えてしまった。王国軍てきが潜んでいたと思われる場所を後から点検しても何も残っていなかった。場所の広さから見て師団、連隊と言った大規模な部隊ではないことは推測できたが、その正確な規模など推測のしようもなかった。何しろ帝国軍の誰も王国兵てきの姿を見てないのだ。だがこの事実は帝国軍を震撼させた。一つには大部隊ではないとは言え王国軍が好きなように帝国領に出入りできること、もう一つは比較的小部隊でも旅団規模の帝国軍の首狩りができること、そしてそれを防ぐ術がないこと、――悪夢だった。帝国領内のどこにいても襲われる可能性があるのだ。


「おそらく転移魔法が使われたのでしょう。イフリキア殿下の作った魔器に似たものがあってそれを使って移動していると、魔法院では推測しています」

「転移魔法!」


 吃驚したように声を上げる二人に、


「イフリキア殿下に作れたなら王国やつらに作れぬ理屈はありませんな。レフ・バステアはイフリキア殿下の子で、その能力ちからを受け継いでいても不思議はありません」


 そう言われてアニト・トリエヴォが、


「ガイウス7世陛下も遠距離転移魔法を持っておられましたな。あのレベルの転移になると如何防げば良いのか……」


 他の者には到底出来ない距離の転移を、魔道具の補助があるとは言え成していたことを想い出した。


「ディアステネス上将も、私が話した他の国軍の将官も如何したら防げるか分からないと言っています」


「イフリキア方式の転移なら送門と迎門が必要でしょう。迎門を見つけ出して待ち伏せするとか、方法はあるでしょう」

「どうやって見つけるのですか?迎門の魔器も握り拳くらいの大きさですぞ。それを広大な帝国内でどうやって探すというのです?それにそんな事に人手を割いていると肝心のアトレとシュワービスの守りが薄くなる」

「それでも今のままではアトレ、シュワービスをいくら固めても意味がないではありませんか?」

「その通りですな、アニト卿。今でも守りを固めているように見せているに過ぎないとディアステネス上将が言ってましたな。ほぼ見かけだけで簡単に崩れると」

「国軍は臆したのですか?」

「そう思われるならアニト卿、卿が領軍を率いてシュワービスへ行ってみられれば良い。あそこに詰めている第1師団もシュリエフの領軍もすっかり士気を挫かれていますぞ。卿のトレヴァス領軍も直にそうなりますでしょう」

「だからディアステネス上将が行くのでしょう?何とかしてくれるのではないですか」

「彼も難しい顔をしていましたな。塞ぐべき穴の位置も大きさも分からないと」


 あけすけなカルロ・ルファイエの物言いにアニト・トリエヴォとジオニール・トレヴァスは黙り込んでしまった。


「幸いにも講和会議が始まっています」

「あんな条件の講和など……」


 ジオニール・トレヴァスが思わず口にした言葉は勢いを失い、途中で途切れてしまった。


「あれが現時点で取りうる最良の道だと思っています」

「まさか」

「まだ余力を残しているのにあんな条件を」

「命じれば軍は最後の一兵まで闘うでしょう。しかしその後に残るのは社会秩序を失った焼け野原ですぞ」

「それほどまでに帝国わが軍と王国てき軍の差があると言われるのか?」

「そうです、ジオニール卿。今の帝国軍では王国軍、とくにアリサベル師団に敵し得ません。出来るだけ早期に和睦し、帝国の再建に努めるべきです」

「いったい、どう、やって?」

「非常手段を使ってでもラヴェト様に話を聞いて貰います」

「しかし、ラヴェト陛下は卿の面会要請をことごとく却下されたと聞いたが」

「そうです、だから非常手段です」


 アニト・トリエヴォとジオニール・トレヴァスは息を飲んだ。


――非常手段!!


「それは……」

「我々も巻き込むつもりですか?」

「いえ、ラヴェト様とのはルファイエとスロトリークで行います。トリエヴォ家とトレヴァス家には懇談の間動かないで欲しい」

「スロトリーク家が協力すると?」

「ブライスラ家は?」

「ブライスラ家も動かないと約束を貰ってます」

「「そうですか」」


 アニト・トリエヴォとジオニール・トレヴァスはほっとしていた。フィラール・ブライスラは動かない!トリエヴォとトレヴァスが孤立したわけではない!


「ラヴェト陛下が卿の要請に応えてくださるよう祈るとしましょう」

「私もです」


 消極的ながらルファイエに付いたのだ。この企てに失敗すれば、ルファイエ、スロトリークだけではなく、動かなかったブライスラ、トリエヴォ、トレヴァスも等しくラヴェト帝から断罪される事に気づいていながら懸命に目を逸らしてそう答えたのだ

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