第139話 コーディウス・バステア Part Ⅱ の3

「まったく凄まじいものですね、若」

「ああ、その通りだな。あのディアステネスが手を焼くわけだ」


 レフの配慮によってコーディウス達に割り当てられた望楼の上でコーディウス・バステアとレダミオが、目の前で繰り広げられる帝国砦の崩壊を見ながら話していた。


「若は6日間、レフ様に付いてミディラストを走り回っていたんですよね。あんな光景を散々見たんじゃないですか?」


 ジオニール魔法士が横から話に割り込んだ。


「いや、ミディラストで焼き討ちをしたときは、使ったのは発火の魔器だと言っていた。今使っているのは爆裂の魔器と言うそうだ。発火の魔器はあんな派手な音や煙は出なかったな、爆発もしなかったし。代わりにすごい勢いで火が回って、木造の建物なんかあっという間に火に包まれてしまっていたな。あれでは中に居た人間は堪ったものじゃない、物を持ち出すことは勿論、逃げ出す暇さえ無かっただろうからな」

「つまりレフ様の使う攻撃魔法は少なくとも2つ、発火と爆裂、他にも幾つもあるかもしれないと言うことですか」

「そう言うことになるな」

「恐ろしい話ではありませんか、若。爆裂の魔器、発火の魔器、その他にもあるんじゃどう対処すればいいんです?」

「戦のやり方が変わりますな。今までの戦法やりかたではあれを防ぐことは出来ない」


 目を皿のようにして崩落した帝国の砦を見ながらレダミオが言った。堂々と屹立しているように見えた砦壁が瓦礫の山だった。その前で帝国兵が大慌てで盾を並べ長槍を構えている。


「ああ、砦の築き方も兵の動かし方も変わらざるを得ないだろうな」


 王国軍が攻撃魔法を使い始めたことは帝国軍にも知られるようになっていた。しかし、実際にその目で見た者でなければ、伝聞でしかない攻撃魔法の威力を実感することはなかった。これまで帝国軍内で真剣に対処法を考えているのはディアステネス上将とその旗下の将校達だけと言って良かった。バステアの、バステアだけではなく他の皇家の領軍も、対王国戦の前線に出ていないこともあってどこか他人事だった。特にバステアはレフのがはっきりした時点で粛正されたためコーディウスやレダミオが持っている情報は他の皇家より少なかった。それだけ目の前に見せつけられた爆裂の魔器の威力はレダミオ達には驚嘆すべきものだった。


「どうすれば対抗できるのですかな?」

「さあ、どんな防御陣地を構築してどう兵を動かせばいいのか、さっぱり分からん。発火の魔器を見たときから考え続けているんだがな」

「レフ様なら知っているのでしょうか?」

「そうだな、新しい攻撃方法を使うときには、敵がそれを使った場合のことも当然考えるからな」

「いざとなればレフ殿下が教えてくれる、ですか」

「教えてくれる、かもしれない。ってところだろう」

「それにしても、どこからあんな魔法を持ってきたのか、と思いますな。イフリキア殿下はあんな攻撃魔法は作られなかったんでしょう?ガイウス大帝が攻撃魔法を使ったなんて話も聞いたこともありませんし」


 コーディウスは周囲を確かめた。その望楼には3人以外に人はいなかった。声が届きそうな距離に他人を探知することは出来なかった。それでも声を落として、


「多分、レフの父親からだ。知っている人間は少ないが、レフの父親は“渡り人”だ。ガイウス大帝がそうだったように」

「「“渡り人”!?」」

「大きな声を出すな。レダミオ、ジオニール。このことを知っているのはごく少数だ、バステア家でも当主だったブルーノ様とトニオーロ父上を始めとする幹部くらいだ。当然口外禁止だぞ」

「ガイウス大帝以外の”渡り人“が……」

「そうだ、だから先々帝のロサイエ陛下もガイウス7世の糞野郎もレフの存在を公にしなかったんだ。その上、イフリキア姉が死んだときにレフを殺そうとしやがった。デクティス・セルモアに命じて」


 まさか!?と言う顔でレダミオとジオミールがコーディウスを見た。


「本当だ。俺も聞いたときは吃驚したがな。でもレフはデクティスの手をうまく逃れたそうだ」


 バステア家が粛清された後も変わらずコーディウスに付いてきた部下達だった。これくらいの機密を話すくらいには信頼していた。


「それではレフ様が帝国に敵対するのも分かります」

「レフ殿下と敵として対面しなくて幸運だったかも知れませんな」

「ああ、俺もそう思うよ。レダミオ」

「でも、渡り人の世界ではあんな魔法で戦争をしているのでしょうか?」

「当然そうだろうな」


 ジオミール魔法士は思わずブルッと体を震わせた。


「恐ろしくたくさんの人間が死ぬ戦になりますね。それに武装もしていない一般人を巻き込む事になりそうですね」

「そうかも知れないな、あの爆裂の魔器だって、ひょっとしたらあの砦全部を吹き飛ばせるような物が有るかも知れない」


 ジオミールは首を振った。


「魔法士が直接人を殺す戦なんて……」

「しかし、あんな魔法が我々の手元にあれば、ブルーノ様をむざむざオキファスの手になど渡さなかったのに」


 レダミオが歯ぎしりしそうな声で言った。


「バステア一門の中にレフのことなど気にかける者はいなかったからな。イフリキア姉でさえ殆どいない者扱いだったんだ」

「でもバステア家が粛正されたのはレフ様の所為……」

「黙れ!ジオニール」


 言いかけたジオニールをコーディウスが激しく制した。


「その先は言ってはならぬ。バステア一門が壊滅したのは先が見えなかったからだ。イフリキア姉にしても、レフにしても一門として他の対処の仕様があったはずだ。例えばレフを何とかして手元に引き取るとか、イフリキア姉とレフが一緒に暮らせるように働きかけるとか」

「今更の繰り言になりますな。とにかく若が何とかガイウス7世の手を逃れた、バステアの芽が残ったわけです。レフ殿下も我々を邪魔者扱いしていない。王国と帝国の講和会議が始まると聞いています。バステア家が再び地に根を張ることができるかもしれません」

「そうだな、帝国内の事情には我々が一番詳しい。その利を生かして何とかレフやアリサベル副王にアピールすることが出来ればチャンスはあるかも知れんな」

「もう一度帝国に帰ることが出来るでしょうか?」

「帰りたいか?ジオニール」

「はい、若様がもう一度バステア家を立ち上げて堂々と帝国に帰りたいものです」

「そうだな……」


 先の見通しなどなかった。しかし、ただひたすらガイウス7世の手を逃れて帝国内を動いていた頃より、運はずっと上向いているという自覚はあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る