第138話 帝国砦の破壊

「いったい何なんだろうな」

「ああ、面白いものを見せてやると言われたけんど、訊いても『行けば分かる!』だけだもんな」


 数人の兵士がひとかたまりになって砦壁の急な階段を上っていた。彼らの周りも同じように言われた兵達がゾロゾロと上っていく。テルジエス平原から動員されたエンセンテ系の領兵達だった。いまアリサベル砦に居るのはアリサベル師団から1個大隊、アリサベル師団の最精鋭と言われているレフ支隊から1個中隊(アンドレが率いる中隊)と、エンセンテ領軍1個大隊だった。

 もうすぐシュワービスは冬の雪に閉ざされる。ミディラスト平野にも雪が積もれば自動的に冬の休戦期になる。エンセンテ領軍は、1個大隊ずつ交替でシュワービス峠をアリサベル砦まで往復していた。テルジエス平原の守りにつく領軍にも、シュワービス峠が王国の支配下にあり、峠を越えれば直接帝国軍てきと対峙することを実感させるためだった。アリサベル砦に着いた領軍の大隊は砦に慣れるための訓練を受けて、10日ほどを砦で過ごして交代していった。今アリサベル砦にいる彼らが、”面白いもの“を見る事になったのは単なる巡り合わせに過ぎなかった。また砦に駐留しているエンセンテ領軍を砦壁に登らせて“面白いもの”を見せるのは、必ずしもアリサベル師団に好意的ではないエンセンテ系の兵にアリサベル師団の力を見せる意味もあった。

 砦壁の上は人が鈴なりだった。皆、2里向こうに見える帝国砦の方を見ている。見た目は堂々とした砦だった。100ファルほどの間隔を置いて望楼が築かれ、アリサベル砦よりはるかに長大な砦壁が延々と続いている。起伏の多い地形の所為で帝国軍の砦の全てが見えているわけでは無いが、それが峠の口を完全に塞いでいるのは分かった。


「すげえな」


 思わずそう口に出したとき、後ろから肩を叩かれた。振り返った領軍の兵士はそこに思いがけない顔を見た。


「ダグ!?」

「久しぶりだな」


 隣の集落のガキ大将で小さい頃から一緒に遊んだ悪童仲間だった。


「生きてたのか?」

「ああ、ぴんぴんしてるぜ」

「エンセンテ宗家の領軍は壊滅したって聞いたからお前もやられたんじゃないかと心配してたぜ」

「まあ、領軍は散々だったがな。レクドラムで蹴散らされ、這々の体でアンジエームへ逃げ延びたら今度はアンジエームも王宮もあっさり陥ちちまった」

「良く無事だったな」

「王宮が陥ちたときに捕虜になったんだ。おかげでアリサベル旅団に拾ってもらえたぜ。ほら」


 タグと呼ばれた兵士は少し誇らしげに胸を反らした。襟の階級章は彼が士官であることを示していた。


「十人長になったのか?」

「ああ、頑張ったからな」

「そう言や、おまえ迫力が出てきたな」


 身体も男の記憶にあるよりは一回り大きくなっている感じがする。何より纏っている雰囲気が違う。何度も戦場を駆け回った経験に裏打ちされた自信だった。


「アリサベル師団の訓練はきついと聞いたことがあるな」

「そうか」

「きついのか?」

「きついなんてもんじゃないな。宗家の領軍の訓練がお遊びに思えるぜ」

「えっ?領軍だって、クタクタになって身体がもう動けないと悲鳴を上げるまでやらされるぜ」

「アリサベル師団はそこからが本番さ。もう動けないと思ったときからがな。ふらふらになりながら走らされるのさ、満杯の背嚢を担いで。『へばっているからって敵が攻撃の手を緩めてくれるとでも言うのか』ってな。『負傷した味方を担いで走ることもあるんだぞ』とも言われるな。終わったらもう飯も食えねえぜ、吐いっちまうんだ。レフ支隊に入ったらそれを真夜中に遣らされるんだ、いきなり叩き起こされてな。その分だけ俺達の方が楽だがな」


 淡々と事実を述べている口調だった。聞かされた兵士は『まさか』という言葉を飲み込んだ。一緒にいた兵士達も聞かされた内容に圧倒されて口をきけなかった。但しそこに多少のからくりはあった。アリサベル師団の隊員は強化用の魔器を渡される。普通ならへばって動けないところを、魔器を起動してもうひとがんばりさせるのだ。ただし強化用の魔器で限界まで頑張ると次の日は動けなくなる。それを何度も繰り返して限界を底上げする。結果彼らはアリサベル師団に入る前よりずっと逞しくなっている。


「おっ、そろそろ始まるぜ」


 ずっと帝国砦のほうを見ていたアリサベル師団の兵が言った。


「何が始まるんだ?」

「見てろ」


 アリサベル師団の十人長が指したのは遠くに見える帝国軍の砦だった。兵士達が指さされた方に顔を向けたとき、正面の砦壁に凄まじい火柱が上がった。もくもくと煙が立ち上る。


 ズガガーン、と遅れて爆発音が届いた。領軍の兵士達は思わず息を飲み、目を見開いた。


「どうだ、あれがアリサベル師団の切り札だ。レフ閣下の攻撃魔法さ」

「いつにも増して凄まじいな」

「砦など何の役にも立たないことを教えてやるってレフ閣下が言っていたそうだぞ」

「やれやれ、苦労して作っても壊されるのは一瞬だもんな。さすがに帝国軍あいつらに同情するぜ」


 驚いて目を見開いているエンセンテ領軍の兵を横に、周りに居るアリサベル師団の兵達はのんびりした声で感想を言い合っていた。


「魔法士の訓練も兼ねているって話だぜ。暗い内に明かりもなしに、気づかれないように帝国砦まで忍び寄って魔器を仕掛けてくるんだってさ」


 100ファルほどにわたって壁が破壊された砦から、帝国兵が飛び出してきて防御陣を構えるのが見えた。当然王国軍が攻めてくると思ったのだ。


「あ~あ、ご苦労様な事だぜ」

「後片付けも大変だろうにな」

「何だ、今回は砦壁を壊すだけか?」

「本格的に攻めるのはもう少し後になるみたいだぜ。今は嫌がらせに徹するんだと。何でも東の方で講和の会議とやらが始まるらしいぜ」

「へっ?帝国もやっと音を上げたのか?」

「これ以上の抵抗は無駄だって教えてやるって事かな。どうやったって俺達には敵対できないって事を」

「俺達はいつでも、あんな砦があろうがなかろうが、ミディラスト平野に攻め込むことが出来るんだからな。講和の条件を王国こっちに有利に持ってくるためだろう」

「あんまり派手にやると東から軍を持ってくるんじゃないか」

「そしたら東が手薄になる。トレヴァス上将閣下が喜んで攻め込むぜ」


 がやがやと無責任な噂をアリサベル師団の兵達は話題にしていた。講和会議のための停戦が宣言される一日前だった。



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