第135話 嫌がらせ

 ミディラスト平野の中心都市アナシアから、北西に1日半行程の所にミディラスト平野第2の都市、ジョフレットがある。ミディラスト平野でシュリエフ一門に次ぐ勢力を持つセタノア一門の領都だった。


 深夜、そのジョフレットに街道を外れて近付く3人の人影があった。レフにアルティーノ、それにコーディウスだった。テストールからアナシアへ続く街道沿いに設置してある転移の魔器まで跳んできて、そこから2刻かけてここまで来たのだ。コーディウスが一緒に来ることについてはレフ側ではシエンヌ、コーディウス側ではレダミオの反対があった。シエンヌはそこまでレフの能力をコーディウスに見せていいのかと危惧していたし、レダミオは聞いたこともない転移の魔法に主を委ねてもいいのかという懸念を持っていた。結局レフがシエンヌを、コーディウスがレダミオを説得した。シエンヌは自分が付いていきたかったと言うのが大きかったし、レダミオはレフの能力ちからに信が置けなければバステアの存続など出来ないと納得させた。大がかりな事を仕掛けるつもりはなかったので最小限の人数だった。


 闇の中に黒々と続く市壁に100ファルと言うところでレフが止まれの合図をした。三人とも直ぐに姿勢を低く地面に座り込んだ。コーディウスだけが肩で息をしていた。闇の中を明かりも付けずに道なき道を駆け足で進むレフに付いて来たのだ。体力よりも精神力を削られていた。下手をすると足下の窪みにさえ気づかない。レフが先に立って小声で注意しなければ何度転んだか分からない。それでも何度か足を取られて転びそうになり、その度にレフが速度を緩めてコーディウスが追いつくのを待つという事を繰り返していた。アルティーノは何度もこんな経験をしているためレフに付いていくのにコーディウスほどの苦労はしていなかった。


「良く付いて来ることができましたね」


 レフは感心していたのだ。この暗さでレフのスピードに付いてくることができるとは思ってなかった。そのためジョフレットまで3刻を予定していた。予定より早く着いたのなら早く仕事を済ましてしまおう。


「いや、明かりもないのにあれ程の速度で走れるとは、大したものですな」


 コーディウスは、魔法士であるアルティーノがレフに遅れずに付いて来ていることにも感心していた。視線を向けられたアルティーノが小さく頭を下げた。


――魔法士でこの体力か。これくらいのことができなければレフ支隊では通用しないのだろうな――


 コーディウスはアリサベル砦で手合わせをしたシエンヌを想い出していた。彼女も魔法士だという。女で体力に劣ると言われる魔法士なのにコーディウス、レダミオとぶっ通しで小半時剣を交えて、平気な顔をしていた。その上シエンヌの剣の腕はコーディウス、レダミオに劣らなかった。どちらも決定的な一本を入れることが出来なかった。勝つことではなく、コーディウス、レダミオの剣技を見るのが目的だったから、シエンヌはそういうつもりの戦い方をしていた。


 レフが地面に紙を広げた。出発前にコーディウスに書いてもらったジョフレットの地図だった。コーディウスはジョフレットに来たことがあった。細かい地理は覚えていないが主要な建物、セタノア宗家の館、市庁舎、それに食糧倉庫などの位置は覚えていた。これもコーディウスを連れて来た理由だった。コーディウスは旅をするのが好きで時間があれば帝国内を歩いていた。皇家の成員という身分は見とがめられずに帝国内を動くのに便利だった。バステア一門が一斉に捕縛されたときも偶々領地に居なかったために逃れることが出来たのだ。


“戦争中だぞ”

だからフラフラするな、と言う父、トニオーロの言葉に、

“だからこそ民の表情や声に注意する必要があるのですよ。彼らがこの戦をどう思っているかが、最終的に戦の行く末を決めますから”


 そう言ってレダミオ達を連れて歩いていた。


 レフが地図の上に明るさを抑えた光球を出した。遠くから視認しにくいように明かりが一方向にしか向かないようにしていた。薄ぼんやりと地図が見える。3人にとってそれで充分な明るさだった。


「我々が居るのが市の南門の外、あれだな」


 地図と見比べてレフが正面に見えている門を顎で示した。

ジョフレットは東西200ファル、南北150ファルの長方形の街だった。南北に門があり、南門が正門で北門が裏門だった。


「で、倉庫がここ」


 レフが指したのは北門を入ったところの東寄りに書かれた大きな四角形だった。春植えの小麦の収穫が終わって税が納められ、今倉庫に保管されているはずだ。

あと数日もすれば税のうち国税にあたる部分を運び出すだろう。


「各地から集めて集計して、国税を皇都に運びます。丁度今頃は集計に大わらわで集めた麦が倉庫に山積みになっている頃です」


 コーディウスの話で嫌がらせハラスメントをすることを決めた。倉庫だけを狙うつもりだった。


 アルティーノが背嚢から魔器を取り出した。


「お前に全部任せてもいいのだが、どうだ?」

「遣らせてください」


 レフが頷いた。


「それが攻撃用の魔器なのか」


 コーディウスが手に取ろうとしたところで、


「触らない方が良い、コーディウス殿。貴方の魔力だと暴走する恐れがある。何しろフェリケリウス・バステアの血をひいているから」


 レフに注意されて慌てて手を引っ込めた。


「暴走する?」

「バステア一門の魔力パターンとはそういうものです。何しろ私が作った法陣だから」

「私には使えないのかな?攻撃用の魔器は」

「きちんと制御することを覚えれば使えます」

「制御?その仕方を教えてもらえるのかな?」

「帰ってから。でも所詮は攻撃用魔器を起動させるだけですよ」

「それでも教えて欲しい」

「分かりました。でも今は先ず遣ることを遣ってしまいましょう」


 レフがアルティーノに向かって頷くと、アルティーノが魔器を起動して街に向かって投げはじめた。次々に市壁を越えた魔器は街の北に向かって飛んでいった。


「一、二、三、……」


 レフがゆっくり数を数え始めた。二十まで数えたとき、街の一角がいきなり明るくなった。立ち上る炎がここからでも見える。


「ほうっ」


 コーディウスが思わず感心したような声を出した。街の中はたちまち大騒ぎになった。


「よし、帰ろう」

「はい」


 レフとアルティーノが立ち上がった。慌ててコーディウスも立ち上がった。


「見届けなくていいのですか?」

「あの炎を消すことは帝国人かれらにはできません。周りへの類焼を防ぐ事が出来たら倉庫だけで済むでしょうが」

「倉庫は焼け落ちると?」

「まあ、今年の税を失うから、セタノア一門は大変でしょうね」


 コーディウスは振り返ってもう一度炎を見た。先にも増して火柱が高くなっている。 


「帰りますよ」


 アルティーノとコーディウスがレフの体に触れた途端に3人の姿がかき消えた。



 ちなみにコーディウスはレフと一緒に行動することになれるためと言う口実でこの後も同行することを希望し、シエンヌが頬を膨らませた。


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