第133話 御前会議

「戦の終わらせ方でございますか?」


 王宮の中の会議室――一番格式の高い会議室――に王国政府の意志決定者達が集まっていた。30日に1度開かれる定例会議であった。その冒頭、


「この戦も長くなった。不埒にも王国内に侵入してきた帝国軍てきをたたき出すことにも成功し、戦局は王国われわれの有利に傾いている。そろそろどのような条件で講和するか検討する時期だと思う」


 オルダルジェ宰相は会議の口火を切ったジルベール王だけではなく、その横に控えているアリサベル副王、カデルフ・アルマニウス、イクルシーブ中将、第3軍司令官トレヴァス中将、グリツモア海軍上将にも目を走らせた。レフ・ジン卿は王国に正式の位階を持っていない。未だに副王の伴侶――王配に準ずる――と言う立場だ。だからこんな場には出てこない。しかし明らかにその影がアリサベル副王やイクルシーブ中将のみならずカデルフ・アルマニウスやトレヴァス中将、グリツモア上将にも感じられる。御前会議の前に打ち合わせを済ませている表情の彼らをオルダルジェ宰相は苦々しい思いで、但しその思いを押し殺して応えたのだった。


――宰相府抜きで色々相談しているようだ。王府や副王府に派遣したスタッフからそんな連絡はないから、意図的に宰相府われわれに知られないようにしている――


 王府も副王府も人材の層が薄かった。それを補う意味もあって宰相府からの出向者がいた。彼らは当然宰相府の目と耳の役も持っている。そこからの報告にはこんなことは含まれていなかった。尤も最近は副王府に関しては、アルマニウスからの派遣を含めて独自の人材を養成し始めている。実際の決定権が王府より副王府にあることを考えると、宰相府にとって無視できない問題だった。


「この戦は帝国から仕掛けられたものでございます。領土も散々に荒らされ、死傷者も多く出ております。王国としても、何とか国土を回復したからそれでめでたしめでたしと言うわけには参りません。帝国にはそれなりの代償を払わせるべきかと」


 宰相府から会議に出席しているゴーセック財務卿、ガイロック商務卿、タラルテ外務卿、ファストーザ内務卿が揃って小さく頷いている。


「講和の代償と言うことであれば、領土の割譲、賠償金の支払い、捕虜の釈放といったところでしょうが」


 タラルテ外務卿がそう言うのに、


「領土の割譲は、帝国は承知するまい。そんな事を要求すれば全土が荒廃するまで抵抗するだろう」


 アリサベル副王が口を挟んだ。


――副王に就任してから、口調も内容もかわいげが無くなった――


 オルダルジェ宰相の感想だった。


 帝国領はガイウス大帝が決めた国土だ。アンジェラルド王国は、ガイウス大帝の将軍だったルサフ・アンジェラルドがガイウス大帝から自治領として統治を任された範囲に留まっている。事情はデルーシャ王国、レドランド公国も同じだ。ガイウス大帝としても功績のある将軍連に報いる気持ちもあった。だからガイウス大帝の死後独立してしまった3カ国の事を“簒奪者”と呼びながらも、帝国上層部には『大帝が認めた領土』という意識はあったのだ。それ故ガイウス7世が本格的に侵攻するまで、国境での小競り合いや一時的な侵攻はあっても――中には万を超える兵を動員した小競り合いもあったが――相手の独立を脅かすような戦争はなかった。


 “ガイウス大帝が直接統治されていた領土”というのは帝国にとって神聖不可侵なものだ。その割譲を求めたら帝国は存亡をかけて抵抗するだろう、と言うのが王府、副王府の見解だった。


「これからの戦は戦場が帝国領内敵地になります。敵地での戦は厳しいものです。何しろ住民全部が敵ですから」

「しかしトレヴァス中将、索敵、通心において現在我が軍が帝国軍を圧倒していると聞いておりますぞ。情報戦の有利を生かせば帝国軍を駆逐することができるのではないですかな?」

「住民全部が敵と言うことは、彼らが目撃情報を帝国軍に知らせると言うことです、宰相閣下。ディアステネス上将はどうやら住民を使った目の細かい探知網を作り上げているようで、帝国領に入った途端に敵の反応が良くなります。あれで守勢に徹されたら厄介です」

「つまり、アトレに布陣している帝国軍を抜けないと?」

「総攻撃をかければ抜けるでしょう。接近戦になれば、我が軍の戦況把握の方が優れておりますから多くの場所で局所優勢を作ることができます。ただし乱戦になりますから、勝っても我が軍の損害も無視できないものになります。そうなれば帝国領の奥深く攻め込む、あるいは敵を排除した帝国領を長く保持する、というのは難しくなると判定しています」

「つまり東は何時までもにらみ合いが続く。戦費だけが嵩んでいくわけだ」

「だからと言って、ゴーセック財務卿、無理な攻撃は死傷者を増やし、睨み合っている場合より多くの戦費を食いますぞ。これ以上の損害を被れば軍そのものの崩壊に繋がりかねません。敵を壊滅させたが我が方に残っているのは1個大隊のみ、などという事態は勝利とは言い難い」


――そう言えばガストラニーブ上将も慎重派だったな。ドライゼール王太子殿下が臆病者めと罵っていたことがあった――


 そう思っても軍事専門家の見解に異議を唱えることができるほどの知識が宰相府の文官にあるわけではなかった。


「西はどうなのですかな?シュワービス峠を王国われわれが抑えたのだから自由に帝国へ侵攻できるのではないかと愚考しますが……。帝国との交渉の前面に立つ外務部としては少しでも有利な条件を積み上げておきたいのですが」

「シュワービスの帝国側の峠の口に砦を築いて、形としては睨み合いですな」

「東のように膠着状態と言うことですか?イクルシーブ中将」

「少しはましですかな、ミディラスト平野に侵攻することはできますから」

「しかし、帝国も砦を築いているのでは?」


 イクルシーブ中将が嗤ったように見えた。


「あんな砦……、壊すのは難しくありません。ただ壊すと帝国あいても警戒するでしょうからやっていませんが」

「壊すのは難しくない?かなり頑丈そうで本格的な砦と聞いていますが」

「まあ、壊さなくても帝国領へ行くことができます」

「まさか、そんな。……抜け道でもあると言うのですか?」

「詳しくは軍事機密です。ただ、あんな砦は役に立たないとだけ言っておきましょう」


 レフが転移で運んだことのある兵には秘密遵守を誓わせている。秘密を漏らそうとすると声が出なくなる。魔器で強化した魔法の1種だ。意識の深いところに条件付けしてある。相手の同意がないと使えない魔法で、今のところレフしか使えない。


「そ、それならミディラスト平野を支配することができるのでは?」

「無理ですね。アリサベル師団だけではミディラストは広すぎます。帝国軍とぶつかれば勝つでしょうが、そこまでです。勝ったあと、その地を支配し続けるには1個師団では無理です」


 イクルシーブ中将の言葉を受けるように、


「まあ、あれだけ周到に準備してテルジエス平原を支配しようとしていた帝国も、アリサベル師団というイレギュラーが出てきただけで頓挫しましたからな」


 カデルフ・アルマニウスが続けた。


 テルジエス平原に警備隊と行政官を送り込んで、一旦は曲がりなりにも支配体制を築いた帝国だったが、長続きはしなかった。潜在的に敵である民衆を支配し続けるのは本当に難しい。敵国人の中に協力者を養成して間接支配まで持っていく時間があれば上手く行くかも知れない。ただそれには10年単位で時間がかかる。帝国軍占領下のテルジエス平原でもアンジエームでも帝国兵、帝国人は一人では、いや三人以下では安心して歩けなかった。夜に少人数で出歩けば次の日の朝には死体で発見される事もしばしばあったのだ。帝国領を占領した王国兵、王国人が同じ目に遭うのは当然予想されることだった。


「ですから精々賠償金を増額するようにミディラストで嫌がらせハラスメントをやりましょう」


――おそらく最初からこの辺りに着地させることを考えていたのだ、副王府と王府は、いや軍部もグルか……。宰相府をおきざりにして、しかし、今の力関係から見るとやむを得ないか――


「そうですな、タラルテ外務卿の手腕を存分にふるって貰うためにもそうお願いしたいところですな」


 オルダルジェ宰相はその顔にを張り付けてそう締めくくった。



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