第130話 コーディウス・バステア Part Ⅱ
皇都からテストールへ続く街道、その街道のテストールまであと1日行程余というところを3人の男が歩いていた。一人はひょろっとした身体に仕立ての良さそうな服を着て馬に乗っている。後の二人はがっしりした体格で、如何にも傭兵風に鎖帷子の上に傷だらけの皮鎧を着込み、無骨な鞘に収まった長剣、薄汚れた背嚢、そして短槍を担いでいる。少し背の低い方の男が荷物を載せた馬を引いている。金持ちの男を護衛する傭兵と言った風だが、コーディウス・バステアと2人の部下だった。
馬に乗っているのが魔法士のジオミール、馬を引いているのが側近のレダミオだった。厳重な警戒網の所為で皇都近くの隠れ家から出られなかったが、ラヴェト帝が襲撃された後、皇宮と皇都の警備をむやみに厳重にしたため、皇都から離れた所の監視が緩くなって脱出することに成功していた。
テストール、ひいてはシュワービス峠の口に向かって居るのは当てがあるわけではなかった。シュワービス峠の口が王国軍、正確にはアリサベル師団に抑えられたというのは皇都でも有名な話で、何とかレフと連絡を取りたいと考えていたコーディウスの足がそちらに向かうのは自然なことだった。
対王国戦が長引いて帝国内の治安も悪くなっている。軍隊、警備隊という治安を担う国家の暴力装置が戦争にとられているため仕方のないことだった。特に王国軍の侵入を許したことのあるメディラスト平野は隣町に行くにも護衛が必要とされるほど荒れていた。傭兵の需要は高かったから彼らが街道を辿っているのは不自然ではない。しかし傭兵需要は人口の多いアナシアで高く、アリサベル師団の攻撃のため人口が激減しているテストール方面で少ないため、そちらへ向かう傭兵というのは目立つといえば目立つ存在だった。
先頭を進んでいたコーディウスが手を挙げて足を止めた。じっと前方を見つめる。
「何か?若」
レダミオが訊くのに、
「パトロールだ。おそらく領軍だろうが1~2個小隊規模で、1里半ほど先だな」
コーディウスは探知の魔法を最大に展開していた。魔力の多いフェリケリウス一門の人間らしく、魔道具しか使えなくても結構な距離を探知することができた。そのおかげで咎められもせずここまで来ることができたと言って良い。
「さすがにここまで来るとパトロールの密度が高いですな」
彼らの擬装は一般庶民向けだった。農作業をしている人間に見られても『またか』くらいで見逃されるだろうと期待したものだ。相手が軍のパトロール隊だと武装している人間は誰何される可能性が高い。
「どうします?」
訊いてくるレダミオに、
「やり過ごそう」
そう言ってコーディウスは左手に200ファルほど離れた雑木林を指さした。同時にざっと全周囲を探知している。
目撃されそうな範囲には人の気配はなかった。3人は道から外れて雑木林に身を潜めた。畑の防風林だろう、けっこう密に木が植わっていて、馬も隠すことができた。それ程待つこともなく、街道をゾロゾロと2個小隊のパトロールが通っていった。全員が騎馬で妙に急いでいるように見えた。
「えらくお座なりのパトロールですな」
「探知もいい加減ですね、あれではパトロールの意味がありません」
レダミオとジオミールの感想だった。彼らは知らなかったが、そこはラヴェト帝が襲撃された現場から半里も離れていない場所だった。襲撃事件以降近隣の領主が命じられて一帯にパトロール隊を出していたが、形ばかりで、特に襲撃現場近くは正体の分からない
「まあ、我々にとっては都合が……」
言いかけてコーディウスは探知に引っかかるものを感じて口を閉じた。人の気配ではない、かすかに魔力を纏っている物だ。ゆっくりと周りを見回した。本当に微かだが確かに感じる。これだけ近くでなければ、そしてコーディウスが探知の魔法を全力展開してなければ分からなかっただろう。
「若?」
「しーっ」
手振りでレダミオを黙らせて、今度は身体ごとゆっくりと1回転した。
「そこだな」
コーディウスが指さしたのは2ファルほど離れた所に見えている石だった。直径15デファルほどのいびつな円形で、表面はでこぼこで一番高いところで10デファルほど土の上に顔を出して埋まっているように見える。
「その石が何か?」
「石を動かしてみろ、レダミオ」
「はっ?」
「いいから動かしてみろ」
そう言われてレダミオは石の側に膝をついて、手で石を覆っている土をはらい、周囲の土をどかしてみた。土に埋まっているように見えた石は平たく、穴にかぶせてあるだけで簡単に持ち上げることができた。
「これは?」
石の下の穴の中に木の箱が見えた。
「その中だな、レダミオ、こちらへ寄越せ」
「危なくはありませんか?」
明らかに隠してあったものだ。何が入っているか分からない。レダミオの懸念は当然だった。コーディウスは暫時埋まっている箱を凝視していたが、
「大丈夫だ」
それを聞いてレダミオが箱を取り上げた。荒削りの木で頑丈に作られた一辺が6デファルの立方体だった。レダミオから渡された箱を手に持ってコーディウスはしげしげと見た。
「これが蓋だな」
一面が外れるようになっていた。蓋を外すと中に柔らかい布が詰められていて、布にくるまれて直径3デファルの球体が入っていた。その球体を慎重に取り出して右手の掌に載せた。
「それは……?」
「魔器だな、イフリキア姉から貰った転移の魔器を見せたことがあったろう?あれにそっくりだ。法陣紋様も迎門の魔器によく似ている」
「転移の魔器ですか」
「ああ、多分」
「その魔器は王国が作ったものなのですか?」
「そうだ、帝国の魔器は厳重に管理されている。こんな所に設置する余裕も理由もない」
「それでは、レフ・バステア殿下の?」
「そうだろう。これだけ見事な紋様の魔器はイフリキア姉の作ったものしか見たことがない。レフはイフリキア姉の子だからな、イフリキア姉に劣らぬ魔器が作れても不思議はない」
イフリキアに手渡された魔器を見たときにも感じたことだ。
――綺麗だ――
魔法院の他の魔法士が作った魔器は確かに魔道具にはない卓越した性能を見せた。しかし、その法陣紋様は、綺麗だ、と思わせるものではなかった。同じ紋様のはずなのにイフリキア姉の作った魔器とこれほど印象が違うのは何故なのだろう、と思ったものだ。
コーディウス・バステアは掌の上でころころと魔器を転がしてみた。魔器の極が掌に直に触れたとき、紋様が活性化された。鮮やかな光が魔器の表面を奔った。コーディウス・バステアは思わず魔器を取り落とした。
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