第129話 情勢
「そうか、王国はレフ・バステアを完全に取り込んだか」
「はい、パレードこそなかったものの王宮にて披露の宴を催し、そこに軍首脳とアルマニウス、ディセンティアの宗家当主を呼んでおります」
「男を繋ぎ止めるのに女を宛がうか。使い古された
「使い古されても今なお頻繁に使われております。有効な手段と見なされているからだと」
「ふ~む」
アトレにある帝国軍の本営だった。戦を恐れて領主が逃げ出した館を利用していた。その中のディアステネス上将の執務室にファルコス上級魔法士長が来て話をしていた。ディアステネス上将は副官も司令部の要員達も部屋から追いだして二人だけで話していた。
「特にアリサベル王女は、今は副王と言うべきですかな、美貌を謳われておりますから一層効果的かと」
――レフ・バステアの扱いを最初から間違えていたのだ。イフリキア殿下と一緒に暮らすことは許さなくても年に何回か面会させることくらいはできたはずだ。先々帝のエラキウス帝がレフ・バステアを表に出すことを忌避してそれも許さなかった。それだけでも許していれば、おそらく今でもレフ・バステアは帝国に居ただろう。この戦の様相が大きく変わっていた可能性が高い。ガイウス7世が登極されたときがそのチャンスだったのだが、前帝が決められたそのままの扱いを踏襲された。面会を許して、さらに成人してから皇家の誰かを娶せれば、そうだドミティア殿下でも良い、殿下もお転婆だが美形だから、もっと強く結びつけることができただろう――
逃がした魚は大きい、そんな思いに囚われてディアステネス上将はドミティア皇女に対して失礼な事を考えた。
「最近、
「はい、
「うむ、帝国側の峠口に砦を構えて居座ると冬には王国と切り離されて孤立するのだがな。よほど砦の防御力に自信を持っているのか?援軍が来なくても保持できると」
「そのことでございますが、閣下」
「なんだ?」
「王国軍は、と言うよりレフ・バステアは転移の魔器を作っているのではないかと考えられます。イフリキア様が闇夜の烏のために作られたような」
「ふむ、何故そう思う?」
「ラヴェト陛下への襲撃事件でございます」
「あれか」
「はい、襲撃はテストールから徒歩で一~二日行程の場所で行われております。かなり
「少人数でこそこそ動いたのではないか?」
「例え1個中隊ほどの人数であろうと、見慣れぬ軍装の集団が一切痕跡を残さずミディラスト平野を動くのは不可能であろうと思われます。
「それで転移の話になるのか」
「はい」
「だが、確証はない訳だ」
「はい、しかしレフ・バステアが帝国から逃げるとき、何しろイフリキア殿下が亡くなったときデクティス・セルモアにレフ・バステアを殺すように命令が出ておりましたから、転移を使っております。イフリキア殿下の魔器を使用して。レフ・バステアにも独自に転移の魔器を作る能力が有ることを前提に我が軍の行動を決めるべきかと」
ディアステネス上将は苦い顔をした。帝国が戦争を始めるとき、シュワービス峠をこじ開けるために転移の魔法を使って王国砦を制圧した。
「だとすると問題はどれくらいの距離を転移できるのか、どれくらいの人数を運べるのか、と言うことになるな」
「はい」
「それでなくても厄介な相手がさらに厄介になるわけだな」
「はい」
ディアステネス上将は首を振りながら軽く溜息をついた。司令部の要員達が居るときには決してやらないことだった。上将のこんな態度は部下の士気に関わる。ディアステネス上将とファルコス上級魔法士長はコンビを組んでから長い。互いに相手の気質も判り、かなり遠慮無く意見を言え、生の感情を出せる間柄になっていた。
「皇都の方はどうなのだ?」
「相変わらず、でございます」
「陛下は?」
「皇宮からお出になりません」
「ガイウス7世陛下の葬儀もまだだというのにか」
前帝の葬儀は当然ラヴェト帝が喪主となって執り行わなければならない。
「戦争に勝ってから大々的に、故ガイウス7世への戦勝報告も兼ねて行うと布告しておりますが、さすがに平民の間にも疑問の声が上がり始めております」
「元帥服で喪主を務めるほどの戦功を挙げることには失敗したからな」
「しかもその失敗を隠しようもございませんでしたから。それに……」
そこでファルコス上級魔法士長は一旦言葉を切った。
「それに?」
「陛下は時々夜中に大声を上げて目を覚まされることがあると……」
「ほう、どういうことだ」
「侍女の話でございますが、大声を上げて汗をびっしょり搔いて起き上がられるとか」
「本当なのか?」
「はい、情報源は確かでございます」
「ふむ」
「恐らくは悪い夢を見られているのではないかと。なにしろ領軍の幹部がルゾフ殿下まで含めて、全員陛下の周りで斃されておりますから」
「陛下が無事なのは単に見逃されただけということを身にしみて感じておられるわけだな」
「はい、初陣であれはきつうございましょう」
「……机上の勇者か……」
小さな声で呟いたのをファルコス上級魔法士長は聞こえなかった振りをした。
「皇家の当主は?」
「カルロ・ルファイエ殿下、フィラール・ブライスラ殿下、ガリエラ・スロトリーク殿下は相変わらず軟禁状態でございます」
「近衛がそのお三方の監視を嫌がっていると聞いたが?」
「はい、皇家の方々を護衛するのが仕事で監視するのは役目では無いと。それでテルミカートの領兵に監視を命じております」
「又慣例破りか」
皇宮内に近衛以外の。武装勢力を入れるのは慣例に反した。それが大きな波紋を呼んでいないのは、ガイウス7世治世時にルゾフ・ロクスベアが領軍を皇宮内に入れた前例があるからだ。だからディアステネス上将も『又』と言ったのだ。
「ドミティア殿下も未だにカルロ殿下との面会が許されていないそうです」
カルロ・ルファイエが軟禁されたと聞いてドミティア皇女は皇都に帰っていた。皇宮内に軟禁されているカルロ・ルファイエと連絡を取ろうとして、未だ成功していない。
「変に面会するとドミティア殿下も軟禁されるかも知れんな」
「いくら何でもそこまでは」
「皇家の当主を軟禁すること自体が“そこまでは”の事態だぞ。いくら皇帝とは言え」
「そう言えば、トレヴァス家とトリエヴォ家がラヴェト陛下から距離を置き始めたようです」
「どういうことだ?」
「いくら催促されても言を左右して、いまだにテストールに領軍を送っていません。それに当主が皇宮に顔を出す頻度が明らかに落ちております。以前は用もないのに陛下の周りをうろついておりましたが」
「その両家からルファイエ家に働きかけでもあるのか?」
「いえ、それは無いようです」
「注意深く見守るくらいか」
「畏まりました」
「皇都を離れているのが良いことなのかそうではないのか」
ディアステネス上将の呟きにファルコス上級魔法士長は軽く頭を下げて部屋を出て行った。
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