第127話 宴 1

 宮廷楽士の奏でる軽やかな楽曲が流れていた。王宮の一番広いホールでアリサベルとレフの結婚の披露の宴が始まろうとしていた。招待された客達が三々五々思い思いに集まって小さな声で話している。宮廷楽士の奏でる曲はその会話を邪魔しない音量に調節されていた。


「アリサベル副王殿下ご入場」


 儀仗兵の声に奥からアリサベル副王がレフ・ジンと手を組んでホールへ入ってきた。その後ろからシエンヌ、アニエス、ジェシカがしずしずと続く。ホールの奥に王族専用の扉があって、扉から出てくるとホールの他の部分より一段と――2デファルほど――高くなった舞台に出る。ひそひそとしゃべっていた客達が一応口を噤みホール奥の扉へ視線をやった。見つめられても臆することなく、一段高くなった舞台の上でアリサベル副王が客に向かって優雅に膝を折る。横に並んだレフも後ろに控えた3人もタイミングを合わせて同じように挨拶した。


「ほう、なかなか……」

「アリサベル殿下に比べると、と言いたいところだが3人とも結構な綺麗どころじゃないか」

「ある程度器量が良くないと、アリサベル殿下と並ぶなんて事はできないだろうからな。恥ずかしすぎて」

「それにしてもレフ・ジン卿、正室と側室を、それも複数同時に迎えるわけだ」

「巫山戯た話だな」


 これまでにも王室で正妃と側妃を同時に迎えて披露した例はあった。ただしそれは正妃、側妃、一人ずつだった。


「あの誇り高いアリサベル殿下が側室と同時に挙式など、良く承知なさった事よ」

「アリサベル殿下の方が後から入り込んだという事だからな。それに今の王国にはアリサベル師団、つまりはレフ・ジン卿は欠かせぬ」

「アリサベル殿下でレフ・ジン卿を繋ぎ止めることができるなら安いものだ、という者も居るな」

「まったく、いつの間に王国にあんな精鋭師団ができたのやら」

「もともとが訓練された国軍の兵で、陸軍と海軍の混成だがな、それが主力だと言うぞ」

「それに魔道具の性能が格段に良くなっているそうだ」

「それで寄せ集めの兵が精鋭になったと?」

「そんな簡単なものではないだろう」

「なにせ結成以来負けたことのない師団だ。結束も固い。ゆめゆめ敵対しないようにしなければな」

「ああ、少なくとも今は、だ」

「しーっ、どうやら陛下のお出ましだぞ」


 小声でこそこそ喋っているのは宰相府から来た官僚たちだった。宰相府でもそこそこの地位にいる男達で、宴の準備を任され、来場者達の管理もその役目と言うことで褒美のように末席にいることを許されていた。ホールの入り口に近い片隅に固まってひそひそと話している。




挨拶を終えた五人が舞台から降り、横に並んで控えると、


「ジルベール一世陛下ご入場」


 一旦閉められていた扉が再び開かれ、宮廷楽士が国歌を演奏し始める。儀仗兵に先導されてジルベール王がまっすぐ前を向いて入ってきた。さすがに客たちも口を噤み、姿勢を正した。


「宴の開始に先立ち、ジルベール一世陛下のお言葉を賜る」


 宣言したのはオルダルジェ宰相だった。


 ジルベール王は台の中央まで進んだ。伝声法陣の上で立ち止まってホールの方へ目を遣る。ホールに居る全員が一斉に頭を下げた。決して声を張り上げるわけではないがホールの隅々にまで声が届く。


「今日は皆の者に、我が敬愛するアリサベル副王の婚姻の儀がなったことを報告できることを、嬉しく思う。私も列席して誓詞が碧色に光ったのを見ることが出来た」


 会場が低くざわめいた。王が式に列席したということと、誓詞が色を付けて光ったことに意外の感を持ったのだ。祭壇に捧げられた誓詞が色を持って光ることは、メリモーティア神が殊更に祝福していることを示すと言われていた。


「いまやアリサベル副王は王国にとって必要不可欠の人材であり、その副王がレフ・ジン卿という、天才的な魔法士であり、戦略家である人材と結ばれたのは王国にとって慶賀すべき事である。ここ数年王国は苦難の中にあった。だが明るい展望が見えてきている。アリサベル副王とレフ・ジン卿の結びつきはその展望をさらに確実なものとなし、我が王国の将来を約束してくれるだろう。今宵は戦時とのことでささやかなものにならざるを得なかったが、アリサベル副王とレフ・ジン卿の結婚の披露の宴を開く。皆、楽しんでくれれば幸いだ」


 舞曲が始まって直ぐにホールの中央でアリサベル王女とレフが組んで踊り始めた。王族、あるいは高位貴族の結婚の披露宴で最初に演奏されることになっている舞曲だった。アリサベル王女もレフも鮮やかな体捌きで優雅に踊っていた。最初の曲はその宴の主人公だけが踊るのが通例だった。曲が終わり、ホールの中央でアリサベル王女とレフが膝を折って挨拶すると周りから拍手が起きた。直ぐに次の曲が始まり、招待された客も思い思いに踊り始めた。

 レフはシエンヌ、アニエス、ジェシカと順と踊った。アニエスは公式の場での舞踏を知らなかったから、式を挙げることが決まってから猛訓練を受けたのだ。クタクタになるほど舞踏教師に扱かれたが何とか様になるまでに上達していた。


 しかし、1曲踊り終わって自分たちの席に戻ってシエンヌにこぼした。


「疲れた~、1曲で良いのよね、あとはアリサベル殿下とシエンヌに任せるから」

「ちゃんと踊れていたと思うわよ、アニエス。滅多にある事ではないからあと1~2曲踊ったら?折角の機会なんだから」

「嫌よ、もうクタクタ」

「無理にとは言わないけれどね」

「貴族の出のシエンヌとは違うの、庶民は満座注視の中で踊るなんて慣れてないの。ましてこれまで踊ったこともないステップよ。間違わないようにするだけで精一杯」

「私もそう思います。寄宿学校の卒業パーティで踊ったことがありますが全然違います」


 1曲を踊り終えたジェシカが戻ってきていた。


「そうよね、ジェシカ。でもジェシカ、貴女はダンスそのものを覚えるところから始める必要が無かっただけ、あたしよりましなのよ」

「はいはい、分かったわ、アニエス。とにかく1曲は踊ったのだから後はここに居ても良いわ。でも周りから見られているのだから、姿勢を崩しては駄目よ」

「あ~ん、ジェシカ。シエンヌが厳しい」

「でも本当の事よ。私達がだらしないとレフ様が侮られるわ」

「そ、それは不味いわね」


 アニエスは殊更に座ったまま姿勢を正した。



 招待された客は貴族、高級官僚、軍の高官、大商人などだったが、戦時と言うこともあり、また急に決まった宴でもあったので、例えばドライゼール王太子の結婚披露の宴に比べると招待された客の数は少なかった。そして出席した人々も同伴する人数を絞っての参加だった。結婚披露の宴には既婚者は夫婦で出るのが慣例だった。その他に成人した子を連れてきても良いのだが、そういう例は殆ど無かった。


 それより王族から出席しているのがジルベール王とその母ベアトリス妃だけというのは異例だった。尤もジルベール王はそんな事を気にする風もなく、次々に挨拶に来る王国の有力者達に笑顔で対応していた。一段低いところに居るアリサベル副王とレフの所へもジルベール王に挨拶した貴顕達が来て一言二言話していった。アリサベル副王はその美貌に笑顔を貼り付けてそつなく対応していたし、レフもいつもの鋭さを隠した穏やかな顔で挨拶を受けていた。



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