第126話 婚姻 2
結婚式は簡素なものだった。式そのものは、成人2人の立ち会いの下に神官が婚姻の意思を確かめ、神官と立会人が裏書きした誓詞をメリモーティア神の祭壇に捧げるだけだ。祭壇に載せられた誓詞が淡く光ったらメリモーティア神がその婚姻を認めたことになり、同時に神殿の台帳に自動的に記載される。戸籍のようなものだ。子供が生まれたらまたメリモーティア神殿に届ける。どこのメリモーティア神殿で式を挙げても同じだったが、やはり王都の神殿は最も権威があるとされる。何らかの欠陥があれば誓詞は祭壇から弾かれる。
アンジエームの街で結婚する者は皆このメリモーティア神殿にくる。当然式場は多数あり、庶民用、貴族用、貴族の中でも高位の貴族用、それに王族用に分かれる。式を執り行う神官の位階もそれぞれで違う。
控え室まで迎えに来た巫女は当然のようにアリサベル王女、シエンヌ、アニエス、ジェシカを王族用の式場に案内した。式場には既にレフが待っており、立会人として、イクルシーブ中将とアルマニウス宗家の当主、カデルフ・アルマニウス・ハーディウスがいた。
アルマニウス一門はアリサベル王女の強力な後ろ盾になっていた。3大貴族家のうち、この戦争で唯一その勢力を大きくは毀損しなかったアルマニウスは、アリサベル副王との結びつきをさらに強めることによって、その地位を強化しようとしていた。アリサベル副王の婚姻の立会人の話が来たとき、積極的に宗家当主が引き受けたのはその思惑があったからだ。
さらにコスタ・アルマニウス・ベニティアーノは、アリサベル王女との結びつきの所為でアルマニウス一門の中でもさらに重く見られるようになっており、王女府にも事務官を派遣していた。アンドレの実家のカジェッロ家も発言力を増していた。アンドレがアリサベル師団の中でも最精鋭に位置づけられるレフ支隊の有力なメンバーだったからだ。もとはカジェッロ領軍に属していた兵もレフ支隊に配属されていた。
カデルフ・アルマニウス・ハーディウスは、ベニティアーノ家、カジェッロ家の台頭を見て、アリサベル王女とレフ・ジンの結婚式の立会人を喜んで受けた。アルマニウス一門の勢力が大きくなるのは歓迎だったが、宗家が取り残されるわけにはいかないからだ。コスタ・ベニティアーノも今の段階ではカデルフ・ハーディウスと争う気はなく、素直に立会人の役を譲った。ベニティアーノ家の家格では副王の婚姻の立会人になるには不足しているという自覚もあった。
立ち会い神官は当然のようにメリモーティア神殿長が務める。
式場に入ったときアリサベル王女は思いがけない人物を式場内に認めた。
「まあ、陛下。おいでになったのですか?」
式場に行きたいとオルダルジェ宰相に言っていたと聞いていた。正規の立会人には年齢のせいでなれないが立ち会いたいと言っていると。オルダルジェ宰相が難しい顔をしてそれを何とか止めようとしていたとも聞いたので、ここでジルベール王に会うとは思わなかった。副王の結婚式に王が臨席するならその結婚そのものに大きな権威を与える事になる。こんなことが慣例になっては困る、副王などと言うイレギュラーなポジションはできればこれっきりにしたい、というのがオルダルジェ宰相の思いだった。
「結局私の決定には宰相は従わなければ行けませんから」
ジルベール王がアリサベル副王だけを壁際に招いて、いたずらっ子のような顔でそう言った。
アリサベル王女が入室したらちょっとだけ二人で話したいからと頼まれていたレフ、イクルシーブ中将、カデルフ・アルマニウスと神殿長は少し離れたところで、こそこそと話しているジルベール王とアリサベル王女を見ていた。
「本当にお綺麗です、姉様。姉様を娶るレフ殿が羨ましくてなりません」
アリサベル副王はジルベール王の精一杯の賛辞に軽く膝を曲げて応えた。
「ありがとうございます。陛下」
ジルベール王は唇を結んでアリサベル王女を見上げた。まだアリサベル王女の方が少し背が高かったのだ。緊張した顔で息を吸い込むと、
「私がここへ来たのは姉様にお願いがあるからです」
ここまで如何切り出そうかとずっと考えていた。結局迂遠な物言いなどできるほどの人生経験も無いと開き直った。
「お願い……ですか、陛下」
「そうです、姉様に子ができたら、それが女の子だったら私にください。正室として大切にしますから」
「えっ?」
「駄目ですか?」
「いえ、とんでもない、ちょっと吃驚しただけです。……分かりました、私に女の子ができたら陛下に貰って頂きます」
それを聞いてジルベール王は笑顔になった。ほっとしたような笑顔だった。
「約束ですよ」
「はい」
離れて、小声で話していてもレフには聞こえていた。
――精一杯の背伸びだな、未だ生まれてもいない子を約束することで気持ちの整理を付けるか――
「汝、レフ・ジンはアリサベル・ジェミア・アンジェラルドを妻とし、寄り添い、共に生きていく事を諾うか?」
メリモーティア神殿の祭壇の前にならんだアリサベル王女とレフに神官が訊いた。
「はい」
当然の答えだったが、それを聞いたアリサベル王女は全身から力が抜けるような思いを持った。レフの口からはっきりと聞いて、やっと本当に安心したのだ。これまでは“
――自分はレフの女ではない――
これでやっとレフの内輪に入ったのだ、と心から信じられる。目尻から涙がこぼれた。
「汝、アリサベル・ジェミア・アンジェラルドはレフ・ジンを夫とし、寄り添い、共に生きていく事を諾うか」
「はい」
少し声が掠れたかも知れない。
「カデルフ・アルマニウス・カーディウス卿、この婚姻をお認めになりますか?」
「認める」
「ネフィクス・イクルシーブ中将閣下、この婚姻をお認めになりますか」
「認める」
その答えを聞いたメリモーティア神殿長が立会人と自分の裏書きの入った誓詞を祭壇に置いた。誓詞は淡く碧色に光った。
「メリモーティア神はレフ・ジンとアリサベル・ジェミア・アンジェラルドの婚姻を嘉されました」
分神殿長がそう宣言してレフとアリサベルの婚姻の契約が成立した。同じ手順がシエンヌ・エンセンテ・アドルとアニエス・ベーテ、ジェシカ・グランデールに付いても繰り返され、式は滞りなく終わった。
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