第124話 新帝襲撃 3
「一体何なんだ?あれは」
皇帝執務室を落ち着き無く歩き回りながら声を荒げるラヴェト帝の前に、帝国軍高級将校、近衛連隊司令官のアウレンティス下将と帝都師団上級魔法士長のデュエルカートが立っていた。
レフ達に襲撃された現場からラヴェト帝は後も見ずに逃げ出した。明るいうちは体力と馬が保つ限り走り続け、暗くなると手近な街に泊まった。無茶な走りを強要された馬は次の日には使い物にならず、泊まった街か近くの集落から徴発し、馬を取り替えて3日で皇都へ戻ったのだ。
これに付いてくることが出来たのは近衛連隊に所属する4個騎兵中隊と馬で移動していた高級将校のみだった。彼らは途中の街で替え馬が手に入るとは限らず、結局最後までラヴェト帝に従って皇都へたどり着いたのは1/3に満たなかった。帰路、くたくたになったラヴェト帝は手配された寝所でものも言わずにベッドに倒れ込んだ。次の日に寝不足の目を擦りながら起き出して、従兵が用意した食べ物をものも言わずに掻き込み、又走り出すと言うことを繰り返した。
上等なベッドが手配されても熟睡することはできなかった。自分の周りで部下達が次々に撃ち倒される情景が夢に出てきてうなされるのだ。大声をあげながら上体を起こして目覚めたのも1度や2度ではなかった。
――
いつでも自分を殺すことができたのだと言うことが、あの情景を想い出すといやでも思い知らされる。どこまで逃げても追いかけられている気がする。強がりを言いながらでも背中を冷たい汗が落ちていく。この後も
おのれ!おのれ!おのれ!思い上がりおって!!あの時俺を殺さなかったことを必ず後悔させてやる!
ラヴェト帝は草臥れ果てて皇宮にたどり着いた。厳重に警護された皇宮の奥深くに入ってやっと悪夢にうなされずに眠ることができた。そうして皇宮にたどり着いた翌日の昼になってやっとベッドから這い出したのだ。
「陛下、どうか落ち着いてください」
「アウレンティス、デュエルカート。お前達は知っていたんだな?」
「はい、知っておりました。
「だがアウレンティス、テストールまではまだ1日行程以上あったのだぞ!そんなところまで
まさか、と思っていたのだ。帝国軍の索敵の精密さは演習などで散々に見せつけられていた。領軍には支給されない魔器と称する魔道具の精度は眩しいほどだった。あれを、
「シュワービス方面の警備はザルでございますれば、中隊、大隊単位で抜けようとすればともかく、恐らくはレフ・バステアとその腹心を中心とする少数でありましょうから、魔器を失った今となっては侵入を阻止するのは難しゅうございます」
ラヴェト帝は顔をしかめた。思いがけない言葉が混ざっていた。
「魔器を、失った!?」
そう言えば読み飛ばした多量の戦闘詳報の中に、そんな報告があったのを想い出した。
「魔法院から補充されているのではないのか?」
「生産が追いついておりません、それに支給されても直ぐに又壊されます」
帝国はまだレフが長距離転移できることを知らなかった。例え魔器が使用できたとしても転移で容易に監視網をくぐり抜けることができる。
「それに、レフ・バステア自身が領内に侵入しているというのか?」
このラヴェト帝の質問に応えたのはデュエルカート上級魔法士だった。
「これまであの遠距離攻撃魔法が使われたのはごく狭い局面だけで、しかもレフ・バステアがいると推測される場合のみでございます。おそらくはあの攻撃魔法を放ってくるのはレフ・バステア自身ではないかと考えております。誰にでも使える魔法ではないものと」
あの魔法がレフの陣営の魔法使いの多くに使えるのなら、損害は広範囲に及び、もっともっと大きくなっていただろう。
「そんな事は言わなかったではないか……」
「申し上げる前にご決断なさいましたので」
皇帝が断を下す前には各方面から情報を集める、独裁的であったガイウス7世も情報収集の段階では部下にかなり意見を言わせていた。イエスマンばかり集めていたわけではないのでガイウス7世の耳に痛い情報が出るのも普通だった。ガイウス7世は自分の意見を持たない人間を嫌っていたのだ。しかし、一旦決断してしまえば部下は従う。皇帝の決定を覆せるのは皇帝だけだった。同じ感覚でラヴェト帝に意見を言おうとして、アウレンティス下将もデュエルカート上級魔法士長も途中で遮られたのだ。
『行軍中は元帥服を着用する、余が帝位に就いたことを広く知らしめなければならぬ』
と言われてしまえばそれ以上は抗弁できない。いや、相手がガイウス7世であれば、長く近衛連隊にいたアウレンティス下将はさらに言葉を継いでいたに違いない。多少帝の意向に逆らうことがあっても伝えるべき事は伝えなければならない、そんな事でガイウス7世が気を悪くすることはないと信じることができたからだ。しかし、即位したばかりの、これまで接点の少なかった相手に対してはそこまで信頼することができなかった。どんな勘気を被って処分されるかも知れない。口を噤む方が無難だった。代わりにラヴェト帝の周りに分厚く近衛の警護兵を配置して何かあったら直ぐに手が打てるようにするのが精一杯だった。
ラヴェト帝の方でも近衛や第一師団に対して何とはない隔意を感じていた。10年余ガイウス7世の側で、ガイウス7世に言わば飼い慣らされてきた部隊だった。帝位に就いたからと言って直ぐに思うままに動かせるわけもない。互いの意図の齟齬が招いた惨劇と言って良かった。
「もう良い、下がれ」
互いに不信感を払拭できないままにアウレンティス下将とデュエルカート上級魔法士長は皇帝の執務室を辞した。
新帝が率いていた部隊――皇家二家の領軍と近衛連隊の歩兵部隊――は襲撃現場に言わば放置された。領軍は熱弾によって司令官以下の高級士官を失い、近衛連隊は逃げ出した新帝の後を司令部要員達が追ったため、共に頭脳部分を失っていた。それでも近衛連隊に属する兵は誰からともなく皇都を目指して歩き始めた。上級百人長クラスの士官は残っていたが連隊を指揮するには資格も経験も不足していて、皇都への帰還はゾロソロという感じの締まりの無いものになった。
領軍はもっと締まりがなかった。テルミカート領軍の中にはラヴェト帝の後を追って皇都を目指す部隊もあったが、ロクスベア領軍は最早戦場に行く気も皇都へ帰る気もなくしていた。それこそ、三々五々勝手にロクスベア領を目指して歩き始めた。
ラヴェト帝が率いていた部隊が補給隊を伴っていなければ、軍規の緩んだ彼らは帰路に通り過ぎる街々で略奪行為に走るのを躊躇わなかっただろう。
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