第124話 新帝襲撃 1

「これは……」


 シエンヌは思わず口に出した。皇都フェリコールからテストールへ続く街道上を急ぐ、旅団規模の帝国軍部隊を見付けて監視しはじめたときだ。街道から1里ほど離れた、やや小高くなった草地に身を伏せていた。シエンヌは相変わらず帝国内の情勢の偵察を任されている。時間があれば転移で帝国領へ侵入して好き勝手に状況を調べてレフやアリサベル王女に報告していた。転移の足がかりになる魔器をあちらこちらに設置していたこともあり、帝国の西側、ミディラスト平野についてはシエンヌのほぼ自由な活動範囲だった。もちろん転移そのものはばくちに近い。転移の魔器の側に誰かいないかどうか転移前には分からないし、実体化にかかる時間が大幅に短縮されたとは言え、実体化中は攻撃に対して無力なのだから。転移の魔器は巧みに隠してあるが絶対に見つからないとは保証できない。ただ今までに帝国人に魔器が見つかったことはない。


 殆どの場合、アルティーノ魔法士を連れていたがこのときもそうだった。


「どうかしました?」


 シエンヌの呟きを聞いて横に同じように伏せているアルティーノが尋ねた。アルティーノもレフ達と合流した頃に比べると魔力も伸び、その使い方も上達し、何より魔器の操作に習熟したが、それでもまだシエンヌに比べると索敵能力は劣っていた。


帝国軍あれが近衛連隊と2つの領軍の合同部隊だって言うのは分かるわね?」

「はい」


 6個大隊規模の帝国軍だった。近衛の防具には見覚えがあった。それ以外の歩兵は揃いの防具を身につけているが、その防具のデザインが2種類有った。丁度1/3ずつに別れる。


「近衛と、それから多分皇家の領軍ね。防具にフェリケリウスの紋章が付いているから」


 アルティーノにはそこまで見えなかった。


「そうなのですか?」


 近衛を真ん中に挟む形で前後を領軍が固めて行軍していた。


「丁度行軍列の真ん中くらいに、元帥の軍装をした男がいるわ。信じられない事に」


 アリサベル師団が帝国軍の高級将校を重点的に狙うことが分かってから、一目でそれと分かるような軍装をする国軍将校はいなくなった。ディアステネス上将が口うるさく指導したからだ。しかし今、堂々と元帥服で行軍している男がいる。乗っている馬も大柄で、元帥服を着た偉丈夫は遠くからでも目立った。


「ガイウス7世ですか?」


 アルティーノが緊張した声で訊いた。シエンヌは首を振った。


「よく似ているけど、ガイウス7世より年上みたい。それに魔力のパターンも少し違うわね。取りあえずレフ様に連絡するわ」


 レフの眼でも確かめるべき情報だとシエンヌは判断した。戦時には皇帝が元帥になる。ガイウス7世以外の人間が元帥になっているとすれば大事おおごとだ。

 シエンヌの通心を受けて直ぐにレフが転移してきた。シエンヌが設置した魔器を目標にすれば訳もない。アニエスとジェシカを連れていた。


「元帥記章を付けた奴がいるって?」

「はい」


 シエンヌの指さす方を見て、


「本当だ。どうやらガイウス7世はくたばったみたいだな」


 ガイウス7世が生きていれば他の人間を元帥に叙するはずがない。ガイウス7世に何か起こったらしいと言うことはレフ達も掴んでいた。目の前の情景はその情報を裏付けていたし、予想していたより重大な事態であることを示唆していた。


 転移してきてからじっと帝国軍の軍列を見ていたジェシカが、


「テルミカート家の領軍が先頭に立っています。次が近衛で、補給隊を挟んで後ろがロクスベアの領軍ですね」

「さすがだなジェシカ、軍装を見ただけでどこの領軍か分かるのか」

「魔法士として従軍しておりましたから。国軍だけではなく領軍の情報も教えられていましたので」

「2個大隊の領軍というのはほぼ全力出撃と考えて良いのかな」

「はい、皇家の領軍は近衛を上回ることはありませんから」


 はっきり成文法になっているわけではないが、皇家の領軍の規模が近衛連隊を越えないことはフェリケリウス一門の暗黙の了解事項だった。


「でも皇家の領軍は常備軍ですから、他家の領軍より練度が高いと言われています」


 領軍は通常領民を動員して整える。普段は農民だったり職人だったりする。定期的に訓練していても常備軍と比べるとどうしても練度に劣る。皇家の領軍は規模は小さいが常備軍で、練度は国軍に匹敵すると言われていた。尤も戦が始まっても実戦には投入されていないので、戦場経験においては国軍に及ばない。


「ロクスベアとテルミカートの領軍か。新しい皇帝はこの両家のどちらかからか出ていると考えるのが自然だな。どっちだと思う?ジェシカ」

「宗家の当主が皇帝になったとすれば、ロクスベアのルゾフ殿下は太っていることで有名です。体格が合わないかと。新皇帝はテルミカート家のラヴェト殿下ではないでしょうか」

「ラヴェト・テルミカートか。どんな評判だ?」

「あまり皇家の方々のことは知らないのですが……」

「知っているだけで良い、兵達の間ではどういう風に言われている?」

「積極的な方とか……、この戦にも大いに賛成されたと聞いてます」

「そうか……、それで今度はその戦の指揮を執ろうというわけだな。それにしても不用心なことだ。一目で高級将校と分かる軍装の男達が群れている」


 ラヴェト帝の周りにロクスベア家とテルミカート家の領軍の幹部が集まっていた。ラヴェト帝に負けじと派手な軍装をしていた。近衛の高級将校もいたが彼らは一般兵と一見では区別の付かない軍装だった。いちどでもアリサベル師団と闘ったことがあればディアステネス上将の言葉に従う。近衛はラヴェト帝にも派手な軍装は止めるよう諫めはしたのだ。従わなかったのは実戦経験が無い所為としか言えなかった。 


「皇家の領軍はこれまで前線に出たことがありませんから」

「いくら口頭で注意されても実感として分からないと言うことか」

「そう思います。それに将校が一般兵と区別に付かない軍装では威厳が保てないと考える者も多いと思いますし」

「命あっての物種なのだがな」

「排除しますか?レフ様」


 アニエスに問われてレフは少し考えた。街道上を隠れもせずに行軍しているのだから排除しようと思えば簡単にできる。元帥服の男――ガイウス7世の後を襲った新帝だろう――を斃してさっさと転移するという選択もある。だが排除しても次が出てくるだけだ。帝位に就きたい奴はたくさんいるだろう。


「いや、少し試してみよう。アニエス、周りに居る元帥服以外の将校を狙え」

「脅しつけるのですか?」


 少し意外そうな口調でシエンヌが訊いた。


「そうだ。戦を推し進めたいと思っている男が、自分の命が簡単に奪われるところだったと覚ったときどんな行動をとるか興味がある」


 その言葉にシエンヌはふっと笑った。皇帝に対してのみならず、皇家の者に対しては、レフは容赦がない。


「指示して頂けますか?」

「そうだな、この距離だとアニエスには厳しいか」

「申し訳ありません」

「いいさ」


 レフはアニエスの髪越しに後頭部に右の人差し指を当てた。体のどこかが触れていればレフの得た情報をアニエスに流せる。アニエスが嬉しそうな顔をした。アニエス単独でも狙えるのだ。しかし敢えてレフの補助を求めた。シエンヌが眉根を寄せてアニエスを見た。アニエスが小さく舌を出したのはシエンヌに見せつけるためだった。


「よし、じゃあこいつからだ」


 流し込まれてくる情景の中で一人の高級将校の姿がひときわ鮮やかに見える。


「はい」


 アニエスの手から火弾が特定された将校に向かって撃ち出された。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る