第122話 皇家会議 2

 カルロ・ルファイエがたまりかねたように、


「ラヴェト公、ルゾフ公、あなた方は帝国を焼け野原にされるおつもりか?」


 ラヴェト新帝はカルロ・ルファイエの抗議を鼻で嗤った。


「その方達は今の状態で王国との講和を考えているようだが、弱腰の交渉など王国につけ込まれるだけだと思わぬか?なんとしても王国に一撃食らわせて失地を回復し、名誉を守らねばならぬ時にそのような策動、見逃しては置けぬ」

「今なら未だ名誉ある講和の余地があると我々は考えております。お考え直しを!」


 今のアリサベル師団は強い。あがくほど泥沼に嵌まる可能性が高い。開戦以来ディアステネス上将と行動を共にしているドミティアが上将と検討しても、帝国が有利になる目が見つからない。それこそレフ・バステアが頓死でもしない限り時間が経つほど帝国は追い込まれる。直接アリサベル師団と闘ったことのないラヴェト帝では、話には聞いていても実感としてアリサベル師団やつらの強さを知らないのだろう。

 皇太子候補を持たなかったトレヴァス家とトリエヴォ家を甘く見ていた。スロトリーク家、ブライスラ家ほど熱意を込めて根回しをしていなかった。それになかなか皇都に現れなかったテルミカート家にルゾフ公が手を回しているなどとは考えなかった。悪知恵だけは働く奴だ。しかし、油断していたのはこちらが悪い。済まない、ドミティア、ルファイエ家は皇家会議の主導権を取れそうにない。


「議論など、意見の違いを際立たせるだけだな。連れていけ!」


「ラヴェト公、考え直してください!」

「さんざん考えた末の決断だ。考え直す余地はない。それにガリエラ・スロトリーク、余はラヴェト公ではない、ラヴェト陛下と呼んでもらおう」


 武装兵に連れ出される3人の背中が見えなくなった。


「ふん、莫迦共め。ガイウス7世陛下の悲願をなんと考えている。ところでルゾフ公」


 呼びかけられてルゾフ・ロクスベアはラヴェト新帝の方を見た。思いがけないほど鋭い目でラヴェト新帝はルゾフ・ロクスベアを見つめていた。


「これからも余はガイウス7世陛下の方針に従って行く。よってルゾフ公にも前線に行って貰う」

「あっ、いや、わ、私は前線では役にた……」


 ルゾフ・ロクスベアの言葉をラヴェト帝の厳しい視線が遮った。ルゾフ・ロクスベアは思わず言葉を飲み込んだ。たたみかけるように、


「ガイウス7世前帝陛下のご意志が生きていることを示すには弟君であるルゾフ公が前線に立つのが最も効果的だ。それとも嫌なのか?」


 役者が一枚も二枚も違う。ルゾフがラヴェト新帝に逆らえるはずもなかった。


「わ、わ、分かった」


 ラヴェト新帝の眼光がさらに鋭くなった。


「分かったではない。分かりました、と言え。お前は既に臣下なのだ」


 ルゾフ・ロクスベアはすくみ上がった。皇家会議をどうするか相談していたときにあれ程丁寧な応接をしていた同じ人間とは思えなかった。ルゾフは思い知らされたのだ。従わなければ潰される、既にラヴェトは皇帝だった。


「わ、分かりました」


 その返事に頷いて、視線をジオニール・トレヴァスとアニト・トリエヴォに移した。


「お前達もだ。皇家の領軍を動員してまずシュワービスを取り戻すぞ」

「御心のままに」


 ジオニール・トレヴァスとアニト・トリエヴォは改めてラヴェト新帝に跪いた。





 ドミティア皇女は思わず顔をしかめた。通心していたカルロ・ルファイエの魔器が乱暴に破壊されたからだ。


「どうしました?」


 同席してドミティアから皇家会議の様子を聞いていたディアステネス上将が尋ねた。ディアステネス上将だけを同席させていたのは皇家会議の様子を知る者をできるだけ少なくするためだった。


「父は、拘束されたわ」

「乱暴ですな、形振り構わぬというところですか」

「想定していた中で最悪の展開ね」

「強硬派のラヴェト・テルミカート公が帝位に就かれ、穏健派のカルロ・ルファイエ公、ガリエラ・スロトリーク公、フィラール・ブライスラ公が拘束される、しかも強硬派の面々は一度も王国軍、とくにアリサベル師団と矛を交えたことがない。奴らの手強さを実感としてご存じない。これからどんな展開になるか、予想が付きますな。しかし、皇家会議の決議は全会一致が原則と聞いておりますが、こんな乱暴な遣り方でも合法なのですかな?」

「全会一致は慣例に過ぎないわ。今までは偶々全会一致で決議していたということね。こんな風に多数決を取られたらひっくり返す根拠がないわ」

「そうなのですか」


 皇帝の意志についで強制力のある皇家会議の決議だった。もっと厳密な手順があるものとディアステネス上将は考えていた。


「軍はどうするの?ラヴェト新帝に忠節を誓うの?」

「軍は合法的な政府の命令には従わなければなりません」

「そうよね、そうでなければならないわよね」


 ドミティア皇女は唇をかんだ。軍が政治的に動くことはガイウス大帝の頃から厳しく戒められていた。


「ディアステネス上将を呼び寄せるかしら?シュワービスを取り返すために」

「いやいや、私がここを離れたら、東ががら空きです。そうなれば王国軍がなだれ込んでくる事くらいにもお分かりのはず。テルミカート領、トレヴァス領は王国軍が侵入してくれば直ぐに荒らされる位置にあります。新帝の領地が荒らされるなど耐えられないでしょう。ですから、ロクスベア家、テルミカート家、トレヴァス家、トリエヴォ家の領軍を動員して第1師団と帝都師団を強化し、シュワービスを取り返そうとされるというところかと存じますが」

「それでアリサベル師団に対抗できる?」

「無理でしょう、領軍を補充すれば兵数は膨れあがりますが、実戦経験のない兵達です。その上、統一した軍事行動の訓練も受けていません。第1師団、帝都師団はアリサベル師団に散々に打ち負かされています。そこに多少の皇家領軍が加わったところで士気が上がるとも思えませんな」


 ディアステネス上将の予想はドミティア皇女があきれるくらいあけすけなものだった。。


「皇都は遠いわね、こんなにやきもきしているのに何も出来ない」

「アトレを守っている軍は温存できます。王国と講和するときに軍が壊滅しているのと一部とは言え保全されているのでは交渉の遣り方が違ってくるでしょう」

「そんな事に期待しなければならないなんて……。本当に国が焼け野原になる前に何とかしなければ」


 ドミティア皇女とディアステネス上将は、今は見ているしかなかった。最悪の事態が想定されるのに、それに備える術もなかった。最悪の事態が起こった後にしかできることがないというのは精神こころを削る。


――本当にどうして、こんな事態になったの?戦を始めたのが間違いだった?いやその前にイフリキア様を正当に処遇しなかったのが間違いだったのだ。レフ・バステアの処遇も含めてそこから間違っていたとしか思えない――



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