第122話 皇家会議 1

 同日の夕方、皇宮内の会議室に5人の人間が集まっていた。部屋は皇帝の謁見室には劣るものの皇宮の中でも2番目にランクする部屋だった。謁見室が“奥”と“表”の境にあることを考えると“表”では最高位の格式を有する部屋だと言って良い。毛足の長い、精巧な模様を浮き出させた絨毯を敷き詰めた広い部屋に円卓が用意されていた。その円卓に、ルファイエ、ブライスラ、スロトリーク、トリエヴォ、トレヴァスの5家の当主が座って、残りのメンバーが集まるのを待っていた。

 円卓は皇帝が出席しないことを示していた。皇帝が出席するときは楕円形の、長径の片方が直線になった机が用意される。言わば舟型の机のともに当たる部分が皇帝の座所だった。円形の机は出席している人間に身分差がないことを示している。椅子も皇帝用には一段と豪華なものが用意されるが、このときは未だ坐る者のいない椅子も含めて同じ仕様になっていた。


 部屋には執事が1人と3人のメイドが控えていて、メイドの前には茶用のワゴンが置いてあった。5人の前には薫り高い茶が用意されていたが、誰も手を着けていなかった。


「遅いわね、何をしているのかしら?」


 すこしイライラした口調で言ったのはガリエラ・スロトリークだった。


「ラヴェト公の到着が遅れましたからな」


 宥めるようにカルロ・ルファイエが言ったのに対し、


「ラヴェト公はテルミカート領から昼に着いたたばかりだから分かるけれど、ルゾフ公まで遅れているって言うのはどういうことかしらね」


 ラヴェト・テルミカートが帝都に着いてテルミカート家の屋敷に入ったと言う連絡を受けて、二刻後にと招集を掛けたのだ。着いたばかりのラヴェト・テルミカートは準備に時間がかかるかも知れないが、帝都に滞在しているルゾフ・ロクスベアは、5人と同様直ぐにでも来ることが出来るはずだった。


「まあ、ルゾフ公は身だしなみに時間が掛かりますからな」


 何を着ても少し着崩れて見えるルゾフ・ロクスベアに対する皮肉だった。ガリエラ・スロトリークは肩をすくめた。


「それなら仕方ないかしらね」


 この応酬を聞いても、ガリエラ・スロトリークとカルロ・ルファイエ以外は仮面を貼り付けたように表情を動かさなかった。


 扉にノックがあったのはそれからしばらくしてからだった。執事が開けた扉をくぐってルゾフ・ロクスベアとラヴェト・テルミカートが入ってきた。5人とも、ちらっとそちらに視線を動かしただけで直ぐにもとの姿勢に戻った。

 二人が一緒に登場したことに、カルロ・ルファイエが不審の表情を浮かべたが、それも一瞬のことで無表情に戻った。

 後から来た2人が席に着くのを待ってメイド達が先着の5人の前に置かれていたカップを片付け、新たな茶を淹れてそれぞれの前に置いた。片付けられた茶には殆ど口が付けられていなかった。カルロ・ルファイエが頷いて、執事とメイド達は茶用のワゴンを押して会議室を出て行った。扉がきちんと閉められたことを確認して、カルロ・ルファイエが先ず発言した。


「メンバーが揃ったので、皇家会議を……」


 カルロ・ルファイエは最後まで言えなかった。ルゾフ・ロクスベアが立ち上がって言葉を挟んだからだ。


「この会議は私が取り仕切らせて貰う」


 カルロ・ルファイエ、ガリエラ・スロトリーク、それにフィラール・ブライスラが眉をひそめてルゾフ・ロクスベアを見た。他の3人、ジオニール・トレヴァス、アニト・トリエヴォ、それにラヴェト・テルミカートは表情を変えなかった。


「どういうことかな?ルゾフ公。皇家会議は最年長の者が取り仕切る慣例だが」


 明らかに不機嫌な声音でカルロ・ルファイエが言うのに、


「皇家会議は帝が出席されれば帝が取り仕切られるものだ。今回は事情によりガイウス7世陛下は出席されない。であれば陛下の一番身近にいる私が取り仕切るのが筋だろう」


 ガリエラ・スロトリークが立ち上がって異議を唱えた。


「それは牽強付会と言うものだ。円卓が用意されているのだから出席者に序列はない。慣例に従ってカルロ・ルファイエ公が仕切られるのが自然だ」


 ルゾフ・ロクスベアの口元に嗤いが浮かんだ。


「それでは出席者の意見を訊きますかな」


 既に主導権を取られていた。カルロ・ルファイエが口を挟む間もなく、


「私が仕切ることに賛成の方は?」


 ジオニール・トレヴァス、アニト・トリエヴォ、そしてラヴェト・テルミカートが手を挙げた。事前の打ち合わせ通りだった。


「賛成の方が多いようですな。念のため反対の方の数も数えますかな」


 ガリエラ・スロトリークが唇を噛んで坐った。


「さて、それでは」


 ルゾフ・ロクスベアはもったいぶった仕草で一人一人視線を移していった。


「この会議の目的はガイウス7世陛下ご不例に際し、新帝を指名するものであります。皇家会議としてはラヴェト・テルミカート公を推挙いたします」

「なっ、それは!」

「討議も無しに決めるのか!?」


 ガリエラ・スロトリークとフィラール・ブライスラが抗議の声を上げたが、


「いくら議論しても意見の変わる方はいらっしゃらないでしょう。決を採っても良いのですが……、それではラヴェト・テルミカート公を新帝に推挙することに賛成の方の挙手を」


 ラヴェト・テルミカート、ジオニール・トレヴァス、アニト・トリエヴォが手を挙げた。


「私もラヴェト公の推挙に賛成ですので、決まりですな。ラヴェト陛下、よろしくお願いいたします」

「待て、皇家会議の議決は全会一致が原則だぞ」


 フィラール・ブライスラが立ち上がって抗議したが、


「それは平時の原則ですな。今は非常時です、何より帝位がからであるなどという事態をできるだけ速やかに解消するべきでしょう」


 ラヴェト・テルミカートが立ち上がった。ルゾフ・ロクスベアは恭しくラヴェト・テルミカートに膝を突いた。ジオニール・トレヴァスとアニト・トリエヴォがそれに倣った。


 ラヴェト・テルミカートが鋭く手を2回叩いた。武装した兵がドアからなだれ込んできた。ロクスベア家の領兵だった。1個中隊の領兵が、ルゾフ・ロクスベアが皇宮にいるときにかぎり皇宮に入ることを許されている。ガイウス7世の無理押しによる例外処置だった。これまでは近衛以外の武装勢力は皇宮に入らないのが慣例で、その近衛は皇家会議に介入しないことを宣言していた。

 武装兵はカルロ・ルファイエ、ガリエラ・スロトリーク、フィラール・ブライスラを囲んだ。これも打ち合わせ通りだった。


「無礼者!」


 カルロ・ルファイエが激昂して叫んだが、武装兵達は表情も変えなかった。剣を抜いてこそいなかったが、いつでも闘いに入れる態勢をとっていた。


 カルロ・ルファイエ、ガリエラ・スロトリーク、フィラール・ブライスラは呆然と自分たちを囲んだ武装兵を見ていた。


「皆の推挙、嬉しく受け取ろう。帝国は今未曾有の危機にある。一致して国難に当たるべき時に分裂主義的な行動は許されぬ」


 ラヴェト・テルミカートが鋭い目つきでカルロ・ルファイエ、ガリエラ・スロトリーク、フィラール・ブライスラを順に見ていった。


「魔器を取り上げて拘束しておけ」


 ラヴェト新帝の命令に武装兵の長が、


「魔器をお渡しください。フィラール公」

「断る!」

「構わぬ、取り上げろ」


 抵抗するフィラール・ブライスラの腕を武装兵が押さえつけ懐から魔器を取り出した。


「何の権利があってこんなことを!」

「ガリエラ公、忘れて貰っては困る。今は私が皇帝なのだ」


 カルロ・ルファイエとガリエラ・スロトリークは渋々と魔器を武装兵に渡した。力尽くで取り上げられることに我慢ならなかったのだ。武装兵がラヴェト新帝に取り上げた魔器を渡すと、ラヴェト新帝はそれを机に置き剣の柄をたたきつけて壊した。



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