第121話 皇女と将軍 Part Ⅴ 2

 ドミティア皇女は茶器を置いて、まっすぐにディアステネス上将に視線を当てた。


「でも、私は未だ若輩だし、統治の経験もないわ。魔力だけで国を統治できるなんてことはあり得ない」


 ドミティア皇女の否定的な返答に、


「それはその通りです。でも王国でアリサベル王女はそれを始められた。帝王学も修めず、統治の経験もなく副王、実質的には王になられて、今のところボロを出しておられない」


「圧倒的な力を持つアリサベル師団が後ろに控えているもの。その上レフ・バステアもね。これまでの実績を見て協力しよう、あるいは王女の下で働こうという人間に事欠かないわ。私には無いものよ」


 それはその通りだ、ドミティア皇女は自分の立ち位置を正確に認識している。それだけでも貴重な資質なのだが。確かに今のままでは、魔力が多少人より多いからと言って本人も周りも女皇の即位に賛成しないだろう。だが、軍が、少なくとも軍の半分が後ろ盾になれば如何だろう?


「殿下はこの戦争をどう見ておられます?」


 皇女の逡巡など気にする必要などないと言わんばかりに追い打ちを掛けた。ディアステネス上将にとっても勝負所だったのだ。


「どう見ているかって?何を言わせたいの?」

「勝ち目はあるとお考えですか?」


 何という率直な質問!皇女の表情が変わった。

 戦争の始まりから軍と共に王国に侵攻して、数々の戦場を見てきた。帝国軍は、今はまた帝国内に押し戻されている。その退勢は覆うべくもない。ここから反撃に転じることができるのか?

 口を結んで、目が冷たく光った。皇女の年齢を考えるとそれはひどく老成した感じを与えた。その目でまっすぐにディアステネス上将を見て、


「勝つのは難しい、わね。上手く行って膠着状態から引き分け、ってところね。ガイウス7世陛下のご存命中にこんなことを言ったら処刑されたかもしれないけれど」


 その返答にディアステネス上将が頷いた。


「先ほど私も皇都からの通心を受け取りました。殿下のように直接自分で通心出来ないのはもどかしい限りですが、殿下のご存じない情報も入っております」

「私の知らない事?」

「はい、王国軍が、と言うかアリサベル師団がと言うべきでしょうが、またシュワービスを越えて、帝国領内へ踏み込んできたそうです」

「また?勤勉な連中ね」

「はい、に襲ってきてテストール近辺に布陣していた国軍を蹴散らし、テストール市街と補給物資を焼いて行ったそうです」

「ちょっと待って、テストールにいる国軍って、帝都師団と第一師団よね、それが蹴散らされたの?」

「そういう報告でしたな」

「2個師団を蹴散らしたというのが本当なら、アリサベル師団も少なくとも師団規模よね。師団規模の軍で夜襲なんてできるの」

「アリサベル師団にはできるようですな。小さな明かりを中心に1個小隊くらいの人数が集まって行動するようですが、闇の中とは思えないほど自在に動き回っていたそうです」


 ドミティア皇女は大きく溜息をついた。


「手に負えないわね。さっきの言葉を訂正するわ、少々不利な条件でも講和が必要ね。で、貴方はどう考えているのかしら、ディアステネス上将

「レフ・バステアの出現以来、戦況は帝国軍に不利に傾いております。索敵、通心、それに夜間の集団行動における王国軍の優位、いずれも戦前には予想していなかったことではありますが、今の帝国軍にはそれを跳ね返す力がありません」

「レフ・バステア一人の所為でってことね、いくらイフリキア様の子とは言え、……今更愚痴にしかならないわね。でもどんな人物なのかしら?レフ・バステアって」

「性格までは分かりませんが、小柄で華奢な見かけだと、捕虜から聞いております」

「偉丈夫が多いフェリケリウスの男としては例外ね。力任せに敵に突っ込んでくるような豪傑ではないと言うこと?」

「ただの10人力、100人力の豪傑なら戦場では恐れる必要はありません。一人の力の及ぶ範囲など限られておりますし、100人力なら1個中隊を当てれば良いだけです。しかし、レフ・バステアのように1個師団を強化できる人間となると話は変わります。現在はアリサベル師団がやたらと手強いだけですが、時間が経てば現在アトレで対峙している王国軍も強化される可能性が有ります」

「つまり、やがてラタルダ街道を保持できなくなると?」

「帝国領であれば少々の索敵の不利、通心の不利は跳ね返して見せます。なんと言っても我が国ホームグラウンドですからな」


 帝国内であれば王国敵地とちがって細かい情報網を築くことができる。なんと言っても住民が味方なのだ。住民の目撃情報を掬い上げてまとめる体制を作れば王国軍てきの動きはかなり細かく把握することができる。ディアステネス上将はすでにアトレを中心にそういう機構を作り上げていた。王国軍がアトレに近付けば、どこにどれくらいの勢力の王国軍がいるか把握できる。


「しかし夜間行動となると……」


 夜は住民による監視の目が効かない。魔器があれば分かることも性能の落ちる魔道具では探知できない。増して、近接戦闘になったときに闇の中で自在に動ける軍と手探りでしか動けない軍とでは勝負にならない。


「上将がそんなことを言うなんて、それほどテストールは手ひどくやられたの?」

「僅かな明かりの下で自在に動く王国兵に手も足も出なかったと、報告を受けています」

「良くそんなあからさまな報告をしてくるわね」


 敗戦の報告でも飾ってくるのが普通だった。どれほど飾っているかを勘案して見極めるのも魔法士の仕事だった。


「正規のルートではありませんからな、事実そのままを伝えるように命じてあります」


 第一師団か帝都師団に上将の目と耳を潜り込ませているのだろう、と皇女は見当を付けた。事実はその両師団に上将の目と耳は入り込んでいた。両方からの報告がほぼ一致していたことも信憑性を増す要素になっていた。


「つまり、上将としては戦争を続けたくない?」


「続けるというのが帝国の意思であれば、軍としては従います。粘れるだけは粘りますが、損害を大きくするだけで、帝国が焼け野原になると申し上げても良いかと」


――皇家会議が良い結論を出すのを期待するしかない。なんと言っても戦争中なのだ。何時までも最終意志決定者を欠いたままではいられない。7家の当主の誰かを皇帝に担ぎ上げるしかないが、前帝の頃に後継者候補だった4人のうちから決まるだろう.お父様、カルロ・ルファイエなら和平へ大きく動くだろうが、他の当主が皇帝になれば如何動くか分からない。特に、ラヴェト・テルミカートは対王国戦に強硬意見を吐いているという。お父様の頑張りに期待するしかない――


――皇家からはガイウス7世ご自身とドミティア皇女以外、戦線に出て来られた方はいない。だから帝国がこれほど押されるようになっても強硬意見が出てくるほど現場が見えてない。次期皇帝が事態を把握する頃には手遅れになっている可能性もある。下手な人選は帝国を滅ぼしかねない。非常手段など取りたくはないが、一応殿下の考えは確かめることができた――


 皇女と上将は示し合わせたように皇都の方向に目を遣った。




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