第118話 コーディウス・バステア 4

「有ったぞ」


 コーディウス・バステアは思わず大声を出した。執務机の引き出しのさらに奥に仕掛けられた魔鍵の付いた小さな引き出しの中に、豪華なケースに入れられた御璽を見付けたのだ。


「どうだ!?」


 ケースを開けて取り出した、水晶製の御璽をレダミオに見せた。紫がかった透明な水晶の御璽は、見間違うはずもなかった。言い伝え通り魔導銀で作られたフェリケリウス皇家の紋が埋め込まれている。ガイウス大帝自ら作った御璽と伝わっている。


「おお。さすがは若」


 5人の部下を連れて皇宮へ侵入したが、帝器を探すことができるのはコーディウスだけだった。魔鍵はフェリケリウスの魔力が無ければ開かない。しかも魔鍵ごとに如何いう風に魔力を使うかが違う。御璽を入れた引き出しを開けるだけでも10回以上試行錯誤している。時間は掛かったが取りあえず一つは見つかったことにコーディウスはほっとしていた。


「持っていろ」


 無造作にレダミオに御璽を投げ渡した。レダミオが慌てて両手で受け取った。



 コーディウス・バステアは追い詰められていた。バステア一族の一斉検挙こそ何とか逃れたものの――敵意を持った集団の接近に早々と気づいた自分の探知の能力に感謝した――オキファス宰相の指揮する捜査の網はだんだんと縮まってきていて、いつまで逃げ切ることができるか自分でも疑問に思い始めていた。そんなときに王国軍、レフ支隊の侵攻を知った。レフの所為でバステアが粛正されたのだという恨みはあったが、最早帝国内には自分を容れる場所がないことは感じていた。レフもバステアの生まれだ、頼って王国へ亡命することができるかも知れない、そう思った。亡命するには手ぶらよりも土産があった方が良い、帝器なら最適だろう。そう考えたのだ。それにガイウス7世の正当性にケチを付けることもできる。最後まで自分に付き従った部下を連れての大ばくちだった。



 帝冠は多分、机の背後にある収納庫のどれかに入っているだろう。帝冠が入っていてもおかしくない大きさの扉を選んでコーディウスは魔鍵の解錠を試み始めた。


「若!」


 執務室の扉の所に残した見張りの一人がコーディウスに声を掛けた。


「大勢が駆けてくる気配がします」


 バステア家領軍の魔法士だった男だ。連れて来た部下の中では一番探査に長けている。コーディウスが解錠に専念している間この男が周囲の気配を探っていた。


「分かった.どれくらいの余裕がありそうだ?」

「あと、直線距離で100ファルほどです」


 それでもコーディウスは探す手を止めなかった。直線距離で100ファルなら、曲がった廊下をたどるので総距離はその倍くらいだろう。もう少し時間がある。帝器を他人ひとに見せるなら御璽よりも帝冠の方がインパクトがある。大きくて派手で、臣民も見慣れている。


 ドタドタと言う足音とぶつかり合う鎧がたてる音が聞こえ始めた。


「こいつだ!」


 帝冠が収まっている扉を7つめで引き当てたのは運が良いとしか言えなかった。乱暴な手つきで取り出された帝冠が天井灯の光を受けてコーディウスの手の中でキラキラ光っていた。御璽と、帝冠!充分だ。


「よし、引きあげるぞ.集まれ」




 ガイウス7世は寝室の豪華なベッドに仰向けに寝転がって肩で息をしていた。テストールの近郊から3回の連続転移で皇宮に戻ってきたのだ。ガイウス7世の魔力でも一気には転移できない距離だった。

 

 連続で発動される長距離の転移魔法!


 ガイウス7世でなければ自殺行為だった。自国領とは言え、くまなく地理を知っているわけではない。地図の上でしか知らない土地勘のない場所だ。その起伏が分からない、背の高い木が生えているかも知れない。転移先がぶれるから地表から50ファルは高い所を狙って転移する。それでも実体化する空間に鳥でも飛んでいればイフリキアの二の舞だ。実体化すると落ち始める。重力軽減で落下速度を緩めながらそのまま又転移する。これを2度繰り返した。

 最後の皇宮に向かっての転移だけは目標となる魔道具のおかげでぶれずに済んだ。寝室の床に据え付けられた転移の魔道具の直上に実体化して、そのままベッドに転がった。この転移の目標になる魔道具も帝器の一つだった。この魔道具をめがけて跳べば転移先はぶれない。ガイウス大帝が直々に作った魔道具だった。転移の魔器が作られたとき、自分用に作ろうかとも思った。しかし帝器を使わなくなれば帝器を軽んじていると思われるかも知れない。それに自分であれば魔器に頼らなくても長距離転移が出来る。結局帝器を使い続けることにした。しかし、さすがにこれだけの距離の転移は想定外だった。

 3回の遠距離転移はガイウス7世の魔力の大部分を消費した。体力も魔力も限界まで使ったのだ。しばらく寝転がったままで大きく息をつき、やっと体幹に戻った力で体を起こそうとして、四つん這い以上には動けなかった。その格好のままでどれくらい経ったか、何とか人心地がついた。

 額にびっしょりとかいた汗を拭ってガイウス7世は立ち上がった。未だ足がふらつく。


「こなくそ!」


 ベッドで休むために帰ってきたのではない。ガイウスス7世は執務室に足を向けた。走っているつもりだったが精々子供の駆け足の速度だ。ふらつく足が時々よろめく。予備室への扉を開けた途端、『引きあげるぞ』という声が聞こえた。その声に2人の男が予備室から出ていこうとしていた。その男達のうち近い方の男の背中に剣を突き入れた。


「ぎゃあっ!」


 と言う男の悲鳴に前にいた男が振り返った。驚愕しながらでもガイウス7世に向かって剣を振り下ろした。ガイウス7世の剣は一人目の男の体に深く切れ込んでいた。慌てて抜こうとして抜けなかった。握力が戻りきってない。剣から手を離して振り下ろされる剣を避けようとして右の脇腹に鋭い痛みを感じた。


「くそ!」


 力が抜けていく。膝を突いたとき、どやどやと警備兵が控え室に駆け込んできた。そこにいた2人の賊が切り結びながら執務室に戻ってくる。


「急げ!」


 声はコーディウスだった。かすみ始めた目で賊の首領の姿を認めたガイウス7世は腰からナイフを抜いて投げつけた。そのまま気を失って倒れ伏した。

 ナイフはまっすぐにコーディウスめがけて飛んだ。送門の向こうに消えようとするコーディウスと交錯する。コーディウスが慌てて送門の魔器を持った右手でナイフを払おうとした。執務室に駆け込んできた警備兵達は、パリンという音を聞いた。送門が急速に縮まっていく。何かが床に落ちて転がった。壊れた送門の魔器だった。送門に飛び込んだ5人の賊の姿は既に無かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る