第118話 コーディウス・バステア 2
まさにその時、皇帝執務室の扉が開いた。中に入ってきたのは宰相付きの魔法士だった。軍で魔法士長として勤務したことがある魔法士は、一瞬で部屋の様子を見て取った。胸を朱に染めて倒れている上司、血にまみれた剣を振って血を切っている男、この男には見覚えがあった。オキファス宰相が人に会うときには側に居ることが多かったからだ。すぐに想い出した。フェリケリウスの一門、バステア家に属する男だ。その他に部屋の中には殺気だった5人の男、魔法士は扉を乱暴に閉めると皇宮の表に向かって駆け出した。
「追いますか?」
一瞬間が開いたのはバステア家の者達の方だった。それでもすぐに供のリーダー格の男がコーディウスに訊いた。コーディウスはほんの短い間考えた。
「――いや、時間が勿体ない、探すぞ」
魔法士が警備隊に報せるまで、どれほどの時間が掛かるか、ここにたどり着くまで少なくとも武装した人間の気配は感じなかった。おそらく皇宮の門まで行かなければこの6人を排除するに充分な武力を持った集団はいない。八半刻、いや上手くすれば四半刻はある。それだけあれば捜し物が見つかる可能性が有る。
「「はい!」」
皇帝執務室は4つの部分に分かれている。扉を入ってすぐの控え室、控え室に続く会議室、会議室の横の廊下を抜けると一番奥に執務室がある。執務室には予備室が付いている。皇帝のプライベートゾーンからはこの予備室に直接入ることができる。
男達は扉の所に二人の見張りを置いて執務室にどやどやと入り込んだ。
広い部屋だった。天井も高い。扉を開けた正面からやや左に大きな執務机があり、右に面談用の椅子が丈の低い机を挟んで4脚置いてある。奥に1脚、手前に3脚で奥の椅子が皇帝用で特に豪華だ。扉の対面の壁は全面が収納庫になっている。大小様々な扉が鍵をかけて閉まっている。そのどこかにコーディウスが探すものがあるはずだ。
コーディウスが懐から球形のものを取りだした。
「レダミオ」
呼ばれたのは供の中でリーダー格の男だった。レダミオに懐から取り出したものを渡しながら、
「設置しておけ、いつでも使えるように。これの側を離れるな」
転移の魔器――送門――だった。これを用意していることが、彼らが皇宮の奥深くまで入り込むことを躊躇わなかった理由だった。転移の魔器を使えば容易に皇宮を脱出できる。迎門の魔器を市壁から1里離れた畑地の中の小屋に設置してある。目当ての物を手に入れれば直ぐにも転移で逃げる積もりだった。
コーディウス・バステアは年も近いこともあって、イフリキアと顔見知りだった。4歳年上のイフリキアはバステア家の中では飛び抜けた美少女で、まだ小さかったコーディウスは見上げるような思いでイフリキアを見ていた。
領地が近いこともあり会う機会は比較的多かった。皇宮で催される行事に出席するために馬車隊を組んで皇都まで来たことも何度かあった。人見知りするイフリキアが比較的気楽に話すことが出来る相手でもあった。
クロッケン高地で1年弱を過ごしたイフリキアが大きなお腹を抱えて帰ってきたときも、周りからの視線にもかかわらずまっすぐに前を見ているイフリキアに魅了された事もある。妊娠、出産後に大幅に魔力が伸びたため、半ば強制的に魔法院に収容されたイフリキアに会いにいった数少ないバステア一族の一人でもあった。渡り人の子を産んだイフリキアに前帝が必ずしも好意的ではなかったから、一族の、特に宗家に近い人間達はイフリキアに会いに行くことが少なかった。
イフリキアに会うときにはバステア領で採れる果物を土産にすることが多く、イフリキアもそれを楽しみにしていた。魔法院でのイフリキアは帝国の魔女と呼ばれており、いつも忙しく長居することはできなかった。
最後に会ったとき、イフリキアが思いもかけず逝ってしまう半年前だったが、
「面白いものを作ったんですよ、コーディウス様」
と見せられた物が転移の魔器だった。小さな球の表面に精緻に書かれた法陣紋様に思わず見とれた。
「これは……?」
「転移の魔器です。それは送門で、迎門と対で使います」
「転移の魔器?」
転移は余り実用的でない魔法と思われていた。転移距離が短く転移先がぶれる。
「迎門にピタリと転移することができます。かなりの距離を一気に跳ぶことが出来、転移先のぶれがなく、実体化もごく短時間になります」
「どれくらいの距離を転移できるのですか、イフリキア様」
「その魔器で5里くらいですね。それはまだ試作品で改良する必要があります。陛下からは30里に延ばすように言われていますから」
「でも5里も転移できるのですね。これを使えば」
それでも通常の転移の魔法に比べればとんでもない遠距離だった。
イフリキアに会う機会はだんだん少なくなるだろう。父を手伝って領地経営に費やす時間が増えている。妻は、一族とは言え他の女のところに行くことにいい顔をしない。ひょっとするとこれが最後の機会かも知れない。年少の頃から憧れていた
「これを、……頂くことはできませんか?」
「でも、試作品ですよ。たった5里しか跳べませんし」
「構いません、何か
イフリキアは暫時考えに沈んだ。黙って目を伏せたイフリキアの返答をコーディウスは辛抱強く待った。
「いいわ。送門と迎門の魔器、それに転移の魔器を使うための個人用の魔器を差し上げます」
完成して量産に入った魔器は厳重に管理される。通心、索敵の魔器は1器ずつ台帳に記録され許可の下りた魔法士以外には渡されない。しかし、イフリキアの手元で試作段階にある物の管理はずっと杜撰だった。イフリキアでも扱いに失敗することがあり、試作品をこねくり回しているうちに土台も魔導銀線も壊してしまうことがあった。そんな失敗作が倉庫に転がしてある。失敗作を人にも告げず倉庫に放り投げてしまうため、魔法院の事務員も厳密に管理することを諦めたのだ。いくら抗議しても柳に風だったし、皇家の一員に只の事務員が抗議すること自体難しかったからだ。だから失敗したことにしてしまえば試作品の一つや二つくらい横流しするのは難しくなかった。
外からは気づかれなかったが、イフリキアの失敗は 意図的なものでもあった。
コーディウスの魔力は皇家の中でも上位にランクされるものだった。当代ではガイウス7世、イフリキアに次ぐと言って良かった。
――お前が15年早く生まれていればな――
トニオーロ・バステアが酒を飲んだときにそう言ったことがあった。ガイウス7世の魔力があきらかになる前に、コーディウスの魔力を前帝が知るなどということがあれば、その時点で後継者に選定されたかも知れない。バステア家出身の初めての皇帝になった可能性も有るのだ。所詮は繰り言でしかなかった。トニオーロは気の小さい男で、素面の時には決してそんなことを口にしはしなかった。
「人を連れては跳べないのですか?」
「コーディウス様の魔力なら最大5~6人連れて跳べると思います」
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