第117話 侵攻 11

 テストールから東へ50里、街道が小さな雑木林の中を通る。300人のレフ支隊が罠を張ったのはそこだった。帝都師団は焼けて失した物資を、どこかで手に入れなければならない。1個師団分の物資を手早く集めようとするなら、それなりに大きな街であるアナシアしかない、それを運ぶならこの街道を通るはずだ、ということでここで待ち受けることにした。

 近隣の集落から5里は離れている。戦争中でしかも王国軍が侵攻しているため街道を辿る人や物は殆どなかった。たまに通るのは近くの集落の住民だけで、雑木林の中に潜んでいるレフ支隊に気づくこともなく行きすぎた。3日罠を張って何も無ければ見込み違いと言うことで引きあげるつもりだった。レフ軍は機動力を重視して軽装で出てきた。持ってきた食料も最低限であり、帝国軍の陣を破って帰陣する予定の部隊から集めた分を入れてもそれが限度だった。


 そこからさらに10里東に配置されたシエンヌが西へ向かう荷馬車の群れを探知したのは3日目の朝だった。まだ30里も先にいる輸送隊だった。


「来たか!」


 レフがさすがに喜色を浮かべて声を上げた。ハラスメントのだめ押しができる。荷馬車が41台、護衛は1個大隊、列の長さは220ファルというのがシエンヌからの情報だった。


「さすがだな、ご苦労様、すぐに戻ってこい」


「はい!」


 ああ、この言葉を聞きたくて、こんな風に褒めて欲しくて、レフ様の側にいるのだ。レフ様の役に立って認めてもらう、なんて甘美な瞬間だろう。帰陣したらハグしてもらおう、さすがに人前では控えるが、レフ様は嫌がらないはずだ。



 雑木林の中を通る街道の長さは170ファル、つまり輸送隊全部を雑木林の中に納めることはできない。輸送隊の先頭が雑木林の外に出そうになったときに罠を発動させる。後部の、まだ雑木林に入ってない輸送隊は直接襲撃する。レフは自軍にそう伝えた。雑木林の中で待機する部隊の指揮をレフが執り、雑木林に入りきらなかった敵を討つ伏兵の指揮をアンドレが執る。アンドレが指揮するのが200人、レフが指揮するのが100人になる予定だ。


 計画どおり、輸送隊が雑木林に入ってくる。急いでいるせいか周囲に対する警戒が薄い。ひたすら前を見ている。大きさも長さもバラバラな荷馬車が1頭か2頭の駄馬に引かれて進んできた。アナシアで大急ぎで物資と輸送手段を徴発してきたことが分かる。荷馬車は軍用の物と民間用の物がごっちゃに混ざっていた。どの馬車にもいっぱいに荷が積まれている。列の先頭で盛んに急かせているのが指揮官だろう。横に魔法士がいる。その指揮官が雑木林をまさに通り過ぎようとしたとき、


「やれ!」


 鋭くレフが命じた。先頭近くを走っている指揮官と魔法士を木の上からアニエスが狙撃する。二人の悲鳴に輸送隊の足が止まったとき、街道沿いに生えている木々の根本で小さな爆発が起きた。予め細工してあったその木々が全て街道に向かって倒れた。

 大きな木は馬車を壊し、馬にぶつかって兵ごと倒した。破壊された馬車と倒れた木が道を塞いだ。指揮官を失った帝国軍は身動きの取れないまま雑木林の中で大混乱に陥った。だめ押しのように二回目の爆発が残った木々の根元で起きた。倒れてきた木々で騎馬兵が打ち据えられる。あちらこちらで悲鳴が上がった。引き返そうとした騎馬兵が後続の兵とぶつかる。馬や馬車が転倒し、多くの兵達がそれに巻き込まれて負傷した。細工されていた木が全て倒れたとき、街道から少し離れて木の陰や地面の凹凸に隠れていたレフ支隊の兵がわらわらと現れて攻撃をはじめた。負傷し倒れている帝国兵にとどめを刺して行った。負傷を免れた帝国兵も幸運ではなかった。まともに武器を振るうことができた帝国兵は複数の王国兵に囲まれた。壊れた馬車や倒れた馬の下から辛うじて這い出た帝国兵の多くは武器を構える暇も無く王国兵に攻撃された。混乱の中で負傷し、起き上がることもできない帝国兵も多かった。不意を打たれた帝国軍は碌な抵抗もできず、戦いはあっという間に一方的な殲滅戦になった。まだ雑木林の中に入ってなかった車列の後部は林の中で起きた混乱に思わず足を止めた。士官の多くは列の前方にいて彼らに命令する者が少なかった。林の中から騒々しい音と声が聞こえる。互いに顔を見合わせて次の行動に移るのが遅れた。


 その横からアンドレに指揮された王国軍の伏兵が襲いかかった。


「かかれ!一人も逃がすな」


 先ず矢が降り注ぎ、続いて槍を持った兵が後と横から突っ込んできた。帝都師団ラエッタ大隊が文字通り全滅するのに小半時も掛からなかった。


「必要なものをもらって撤退する。食料はありがたいな。できるだけ持っていこう」

「持って行けない物は焼かないのか」


 アンドレの問いに、


「時間と魔器が勿体ない。放って置いてもどうせ住民達が片付ける。死体も物も」

「そうだな、ここら辺の住民には迷惑かけているから、丁度良いか。ここに残していく物で勘弁してもらうか」


 アンドレは冗談めかして言っているが、半分本気だった。まあ、自分たちが破壊したり奪ったりした物の多少の埋め合わせにはなるだろう。アンドレにとっては、帝国の民だからと言って全員が敵と言うわけではないのだから。




 輸送隊が全滅したことは、すぐにシュワービスの峠口に展開している帝国軍の知るところとなった。帝都師団のデュエルカート上級魔法士長とラエッタ大隊の魔法士長が通心で情報交換していたまさにその時にレフ支隊に襲われたからだ。

 司令部を置いた天幕の中で通心していたデュエルカート上級魔法士長がいきなり顔色を変えたのにガイウス7世はすぐに気づいた。


「どうした?」

「ラエッタ大隊が襲われました!」

王国軍やつら全部が引きあげたわけではなかったのか!」

「なにぶん暗うございましたので」


 ガイウス7世の視線を受けてクトラミーブ中将が立ち上がって答えた。闇の中では、特に魔器を壊された状態では敵情を完全に把握するのは難しい。


「よい、レフ支隊が領内に残っているのなら……」


 ガイウス7世は僅かな時間考え込んだ。


「アウレンティス、近衛を出すぞ。それに第一師団から1個大隊、そうだなピコーネの大隊を出せ。レフ支隊やつらを追うぞ!」

「陛下、危のうございます!」


 思わず制止の声を上げたアウレンティス下将に、


レフ支隊やつらが領内に留まっているのだ。ラエッタ大隊を襲うなどと大胆なことをしているのだからレフ・バステアもいると思われる。レフ支隊やつらが王国領に逃げ込む前に決着を付けてやる。クトラミーブ、ここを固めろ、決してレフ支隊やつらを通すな!」


 ガイウス7世は自分の魔法能力ちからに自信を持っていた。レフによって魔器を破壊されて性能の劣る魔道具を使う羽目になっても己の魔法能力ちからがあれば、魔器を使う魔法士を凌駕する探知・索敵、通心ができると思っていた。そしてその認識は正しかった。相手がレフでなければ。


「は、はい。畏まりました」

「すぐに出るぞ、物資は後から送れ!」


 ガイウス7世が方針を決めてしまえば従うほか無い。司令部はまだ帝国領内に留まっているレフ支隊を追う部隊を進発させるため忙しく動き始めた。






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