第117話 侵攻 8

 補給物資集積所のある集落の側を、速度を落とさず通り過ぎた。集落からは村人を追い出して、帝国兵だけが村にいた。行きにタントルーデ中隊が通ったとき、村人が落ち着かなげにウロウロして気配を大きくしていたのを、帝国軍が嫌ったからだ。


――通り過ぎた、どうやら気づかれずに済んだ――


 息を潜めていた帝国兵が溜めていた息を吐き出したときに、100ファルほど離れたシエンヌの手から発火の魔器が投じられた。後ろ向きのままでも目標を外すことなどない。補給物資が貯蔵されている村長むらおさの館で続けて3個、発火の魔器が作動すると同時に、タントルーデ中隊は向きを変えて村に向かって突撃した。

 不意を突かれた2個小隊と軍功を上げる機会に勇躍した1個中隊では勝負にならなかった。僅かでも抵抗した帝国兵は殆どおらず、すぐに背を向けて逃げ出した。上級十人長の階級章を付けた士官と3~4人の兵が抵抗したがあっという間に斃された。


「勇敢だけど無茶ね。周りが見えてないのかしら」

「彼らは士官です。ここで逃げると軍法会議が待ってます。帝国の軍法会議は容赦ありませんから」


 シエンヌの呟きにタントルーデ百人長が律儀に答えた。

 逃げ出した帝国兵にとって幸運だったのは、攻撃してきた王国兵が兵より物資に重点を置いていたことだ。

 村の中から帝国兵を一掃するのに八半刻も掛からなかった。王国兵に囲まれた村長の館は派手に燃えていた。庭にもバラックが建てられ、物資が積んである。


「四半刻だけ略奪を許すわ。庭に積んである物で良さそうな物があったら取りなさい。いらない物は炎の中に投げなさい。欲張りすぎて重くなりすぎたり、何時までも略奪に夢中になっていたら置いていくわよ」


 シエンヌの言葉に王国兵達は喚声を上げて庭の物資に群がった。バラックをたたき壊して物資の山を崩した。ばらまかれた物を兵達が取り合う。派手に燃え上がる村長の館の周りで王国兵が手にした物資を調べている。普段なら大事にしまい込む様な物でも気に入らなければ炎に投げ込む。なにせ中隊の兵数に比して物資は山のようにあったのだ。兵達が一番ほしがったのは食料と酒だった。勿論レフ支隊は充分な物資を持っているが、食い物はいくらあっても良い。それが皇族用の高級酒や糧食であれば見逃すものではない。


「フレイヤは行かないの?」


 自分の横に佇んだまま、略奪に夢中になっている王国兵を眺めているフレイヤにシエンヌが訊いた。フレイヤが軽く苦笑した。


「あんな大男達と取り合いをしても勝てませんから。下手に怪我でもすれば嫌です」

「それもそうね。……そろそろ時間だわ」


 シエンヌはもう一つ発火の魔器を取り出した。


「時間よ、離れなさい」


 大声ではないが魔法士の声はよく届く。シエンヌの命に兵士達は物資から距離を取った。魔器の性能はよく知っている。巻き込まれては堪らない。シエンヌが発火の魔器を庭に積まれた物資に向かって投げた。炎が一段と大きくなった。館は既に半分焼け落ちている。


「出発するぞ」


 タントルーデ百人長の号令で中隊はレフ軍に合流すべく出発した。





 帝国軍第一師団はテストールを半里彼方に眺める所まで来ていた。5里手前で野営し、早朝に野営地を発ち、テストールまで行軍してきたのだ。朝の光の中でテストールは不気味に静まりかえっていた。


「如何なのだ?リフヴォージュ」


 帝国軍第一師団司令官のクトラミーブ中将が、第一師団所属のリフヴォージュ上級魔法士長に訊いた。さっきから懸命にテストール内部を探査していたリフヴォージュ上級魔法士長が、


「テストールの中には人の気配はしないのですが……」

「どうした?お前には魔器が再度支給されているのだろう」


 レフによって魔器が破壊された後、上級魔法士長、魔法士長クラスには改めて魔器が支給されていた。しかし、新しく支給された魔器は、曲がりなりにもイフリキアの最終チェックを受けていた魔器より性能が落ちた。イフリキアの目が届かなくなって、魔導銀線も土台の真球も以前の精度を保つことができなくなっていた。それに文句を言う魔法士長もいたが、殆どの魔法士長達は性能の落ちた魔器を受け入れた。そんな魔器でも旧来の魔道具よりも数段性能は良かった。それにイフリキア帝国の魔女なしで、至急に大量の魔器を作らなければならなくなった魔法院がどれほど無理をしているか、魔法士であれば推測できたのだ。


「はい、支給されております。しかし……」


 従来の精度で探知できないことが魔法士長クラスの魔法士をどれほど不安にするか、クトラミーブ中将には分からなかった。どうしても以前のように自信を持って断定できなかった。


「それでも分からないのか?」

「断定できません。どうもアリサベル師団やつらは魔法探知を誤魔化す事が出来るようなのです」


 これまでの戦闘経過を分析してみるとそうとしか考えられない事例にぶつかる。ひょっとしたら王国軍は、少なくともアリサベル師団は、以前の帝国の魔器に匹敵する性能の魔器を持っているのではないか?その予想はリフヴォージュ上級魔法士長をぞっとさせた。


――そんな事があれば、とんでもなく苦戦する!――


「断定できないなら、テストールあそこに罠が仕掛けられていると言う前提で動くしかないな。まあアリサベル師団やつらが素直に占領した街を明け渡すはずはないからな」

「問題はどんな罠なのか、でしょうが……」

「一番考えられるのは、テストールあそこに伏兵を潜ませておいて峠口を攻める帝国軍われわれを背後から襲う、ことだな」

「しかしそんな事をすればアリサベル師団やつらは兵力を分散させることになります。片方ずつ我々に見つかれば容易に各個撃破の対象となります」


 クトラミーブ中将はぐずぐずと決断を延ばすのが好きではなかった。特に戦場では巧遅よりも拙速を尊ぶタイプだった。第一師団はガイウス7世の命で動くことも多く、考えるよりも体を先に動かすことに慣れていた。


「推測でぐずぐず言っていても仕方がない、先遣隊をテストールに入れて捜索させるぞ」

「私もそれしかないかと、思います。2個大隊くらいが適正かと。余り小人数で行っても敵が大隊規模なら抵抗できませんし、街中の捜索に時間が掛かりすぎます」

「そうだな、まず2個大隊を送り込もう.王国軍てきが隠れていたら全軍で突入する」


 不味い作戦であったことを二人とも後で嫌と言うほど思い知ることになる。





「帝国軍がテストールに入りました」


 グリマルディ上級魔法士長の報告にイクルシーブ中将がニヤリと笑った。すでに王国軍は防柵の峠側に引き上げて布陣している。テストールには魔器が残っているだけだ。魔法士の探知を補助する魔器と、発火の魔器だった。探知補助の魔器のおかげで遠隔から受動探知をするときよりもずっと詳細で正確な探知ができる。


「そうか、どれくらいの規模で入れた?」

「2個大隊のようです」

「2個大隊、そんなものか。もう少したくさん入ってくれても良いのだが」

帝国軍てきも警戒しているに違いありませんから。我々が素直にテストールを放棄するなどとは思ってないでしょう」

「まあ、贅沢は言えんな。とりあえず2個大隊をつぶせるだけでも上出来か」

「はい、妥当なところかと」


「部署に着け、戦闘開始だぞ!」


 イクルシーブ中将の声が響き渡った。




―――――――――――――――――――――――


次回は年末年始の休みを取らせて頂きます。皆様良いお年を!



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