第117話 侵攻 4

 明るいうちにできるだけアナシアに向けて進むつもりで軍を進めた。日が傾き始めた頃、追尾してきた帝国軍を撃破した所から10里東に行軍したところで 前方に武装集団の存在を気づいたのだ。速度を落として気配を小さくしてさらに東に進んだ。シエンヌに護衛の中隊を付けて先行偵察に出した。

 さらに2里ほど東へ行ったところに半個師団、5000人規模の軍がいて野営の準備をしているとシエンヌが報告してきた。彼らには夜の行軍は無理なのだろう。早めに野営の準備に入っているようだ。レフは軍を止めた。


「どう思う?アンドレ」


 アンドレとブラミレード下将を呼んだ。


「このまま進めば未だ少しは明るいうちに衝突するだろうが、ってるうちに暗くなるぜ。別に夜戦も構わないが、さっきの戦いで兵達も疲れている。特にエンセンテ領軍は休ませてやった方が良いんじゃないか」


 ブラミレード下将も首を振った。


「野戦は申し訳ありませんが無理です」


 レフ支隊なら野戦ができる。かなりの暗闇でも敵を識別できるし、動き回ることができる。だがエンセンテ領軍はそこまで鍛えてなかった。アリサベル師団全体でもレフ支隊並みに闇の中で動けるのは半分に満たなかった。


「明日だな、未明に出発して、明るくなると同時に襲おう」

「了解」

「分かりました」


 ということで次の日の朝を待つことになった。明朝に手早く出発するために天幕も張らず、文字通り露営になった。レフも、レフ支隊の隊員も慣れている。陽の出る前に起き出し朝食は携帯口糧ですます。火を焚くと気配が大きくなるからだ。それでも空腹で戦わせるわけにはいかない。帝国領軍を、できれば朝食を食べる前に戦いに引っ張り込みたい。


騎乗のまま1里まで近づいた。これだけの人数がここまで近づいて、帝国軍てきの魔法士は気づいていない。


「帝国軍は国軍と領軍の間に大きな差があります」


 ちょっと疑問を口に出したレフにジェシカが説明した。レフは帝国の生まれだが隔離して育てられ、帝国の一般的な事情に詳しくない。


「王国と違って大貴族がいませんから」


 領軍でも大貴族家の軍は常備兵を置くことが出来、訓練に割く時間を多く取ることができる。それだけ経済規模に余裕があるからだ。シュリエフ一門も帝国では指折りの大貴族だが王国の大貴族と比べると半分以下の規模でしかない。その代わり皇家に属する貴族が大きい。皇家の軍は常備軍ではあったが規模は小さく、皇家の人間の警護と儀仗が任務だった。つまり、帝国においては国軍のみが一線級の軍であり、他は二線級以下の扱いだった。


「とくに魔法士は、もともと能力に差がある上に、国軍の魔法士が魔器を使い、領軍の魔法士は魔道具のままです。領軍の魔法士長でも国軍の魔法士にとてものこと、及びません。だから一定以上の能力ちからのある魔法士は国軍に移りたがります」

「何かの理由で領軍に残る魔法士だっているだろう?」

「魔法士は自己顕示欲の強い人が多いですから国軍に誘われて断る事なんて殆どありません」

「まっ、何にせよそのおかげでこんなに近くまで来ることができたわけだ」

「はい」


 馬を下りて、半里を走り、主力はそこに待機した。いくら間抜けな領軍の魔法士といえどこれ以上は気づかれずに接近するのは無理だ。この先はもっと小人数の接近になる。レフ、シエンヌ、アニエス、ジェシカ、アンドレ、アルティーノ魔法士の6人でさらに近づいた。


 どうやら帝国軍は朝食の支度に大わらわのようだ。一般兵は携帯口糧で済ましても、士官達はそうはいかない。帝国の地方貴族の悪い癖だ。こんな場合でも温かい食事をしたがる。魔法士は士官待遇でそちらに気を取られている。


「なんてことを……」


 ジェシカがあきれたように呟いた。


「何かあるのか?」


 レフの疑問に、


「国軍では、士官も兵も同じものを食べます、行軍中や戦場では」


 それなのに士官用に別の食事を用意している。国軍に属していたジェシカには信じられない光景だった。


――王国軍われわれがこんな近くにいるなんて思ってもいないんだろうな――


 野営地から50ファルまで近づいて身を潜める。シュリエフ領軍の野営地の真ん中に2つだけ天幕が立っている。高級士官用に持ってきたのだろう。天幕の周りで従兵らしい兵達が忙しそうに動き回っている。


「ちゃんと的まであるな」


 シエンヌとアルティーノがこくりと頷いた。


「丁度2つだ、1つずつ任せる」


 二人が背嚢から発火の魔器を取り出した。


「私が遠い方を」

「はい」


 アルティーノが頷いた。まだシエンヌの方がアルティーノより遠く正確に投げることができる。


「放て!」


 レフの合図で2つの魔器が同時に投げられた。10ファル地面に平行に低空を飛び、そこから急上昇して逆落としに天幕に命中した。一瞬で天幕が炎に包まれた。火だるまになって中から兵が転がり出てくる。悲鳴がレフ達のいる場所にまで聞こえてくる。


 炎を合図にレフ支隊とエンセンテ領軍が駆け始めた。


「うをーっ」

「進めーっ」


 大声を上げながら突進していく。シュリエフ領軍の兵士も慌てて防具を着、武器を構えようとした。鎧を着たままでは寝ごごちが悪く多くの兵は脱いで横になっていた。もたもたしているうちにドンドン王国軍が近づいてくる。鎧の装着を諦めて中途半端な防具のまま武器を取った兵も多い。エンセンテ領軍の兵よりレフ支隊の兵の方が足が速い。個人用の強化の魔器を与えられているからだ。


 シエンヌがすらりと剣を抜いた。レフも大ぶりの短剣の鞘をはらった。アンドレも槍を持ち直した。レフ支隊が横を走り抜けるときに合流した。


「行くぞ!」


 起き抜けを襲われ、早々と司令部を失なった帝国軍の抵抗は脆かった。すでにシュリエフ領軍は統制の取れない群衆になっていた。倍の戦力があっても軍として機能しなかった。命令を出す者もそれを伝える者もいないまま、気の利いた兵はアナシアに向かって逃げ出し、逃げ遅れた兵は殲滅されていった。


「馬を引いて来い。追うぞ」


 追撃戦をやりながら、このまま一気にアナシアまで攻め込むつもりだった。





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