第117話 侵攻 3

「ブラミレード下将」


 レフがエンセンテ領軍の指揮官を呼んだ。


 エンセンテ領軍にも魔器が支給されている。アリサベル師団と協同するなら少なくとも通心のレベルの底上げは必要不可欠だったからだ。エンセンテ領軍の魔法士は支給された魔器の性能に驚き、同時にこのレベルの通心をしていた帝国軍てきに勝てるわけがなかったことを理解した。

 領軍の魔法士から呼ばれていることを告げられて、領軍の先頭で行軍していたブラミレード下将が馬を飛ばしてレフの元へ駆けてきた。やっと1個師団規模にまで再建したエンセンテ領軍の司令官だった。1個師団、10個大隊のうちの2個大隊を出すだけなのに司令官を付けてくるという処置に、エンセンテがいかにアリサベル師団に気を遣い、同時に警戒しているかが現れている。その2個大隊も領軍の精鋭を集めた選抜大隊だった。


「追尾して来ている帝国軍てきを排除する。ここで展開して待ち受ける。レフ支隊を真ん中に、左右にエンセンテ領軍を1個大隊ずつ置く。私が合図したら突撃しろ」

「はい、了解しました」


――先陣を切るのか、2個大隊で4個大隊にぶつかるわけだが、相手は文字通り寄せ集めだ。我々もここしばらくアリサベル師団と訓練をしていたのだ、そうそう遅れは取るまい。この遠征でエンセンテの名を上げておかねばこの先もずっと日の当たらない場所に置かれる羽目に陥りかねない。どんなことがあっても帝国軍てきを撃破しなければ――


 ブラミレード下将の思いは必死だった。その思いが顔に出ていたのだろう、レフがにっこり笑って、


「心配するな、エンセンテ軍を使い潰すつもりはない。貴軍はアリサベル師団にとっても貴重な戦力なのだから。それから捕虜はいらない。領軍では取りたい情報もないし、捕虜をここから後送するのも大変だからな。それから深追いするな、なんと言っても帝国領てきちだ。よく兵に言い聞かせておいて欲しい」


「はっ、はい」


 見かけ上の戦力的には王国軍より優勢な帝国軍てきに対して、既に勝利を既定のこととして考えているレフに、ブラミレード下将は目眩がするような思いで応えた。




 レフ支隊を追っていた帝国軍が、展開して待ち構える王国軍に気づいたのは2里ほど手前だった。視認したのではなく、魔法士が探知したのだ。魔法士からの報告を受けて帝国軍の司令官は軍を止めた。司令官と高級将校、魔法士が王国軍を確認するために前に出た。魔法士の探知だけでは細かいことは分からない。性能の悪い魔道具を使い続けている領軍では、戦いを始める前に指揮官が敵の様子を確かめるのは普通のことだった。

 緩やかにうねっている牧草地のやや高くなった所、王国軍が布陣している地点から1里半ほど離れた所で彼らは足を止めた。彼らの常識ではこの距離は攻撃射程内ではないはずだった。

 横に大きく羽根を広げたように布陣している王国軍が見えた。3000の兵では厚みはなく、薄く広がっているだけだった。真ん中がやや厚く、そこにアリサベル師団の旗が立っていた。


――見かけ上の戦力は拮抗している、しかもここは帝国領内で地の利がある。アナシアに援軍を要請すれば1日も掛からずに到着するだろう。ここで王国軍やつらを足止めしていれば挟み撃ちにできる。問題は積極的に攻勢をかけて足止めするか、守りを固めて睨み合った状態で足止めするかだ。取りあえず陣を敷いて、――


 とまで考えたとき、司令官の視界は暗転し、物言わぬ物体となって落馬した。周囲を警戒していた兵が息をのむ暇も無かった。司令官の周りに集まっていた高級士官達と魔法士の体を次々に アニエスの熱弾が貫いた。姿勢高く馬に乗り、見間違うはずもない士官の軍装をした者などアニエスにとって容易な的であった。


「いつまで経っても変わらないな、帝国の国軍では士官と一目で分かる軍装はしていないのに、領軍は旧態依然のままだな」


 帝国軍の内部連絡の悪さに半分あきれたようにレフが呟いた。


 同時に王国軍が動き始めた。帝国軍は咄嗟には動けなかった。前に出た司令官が撃ち倒されたのは全軍から見えていた。それが士気を損ねていたし、司令部があっという間に全滅して上からの統一した命令が来なかったこと、とこんなに早く王国軍が動き始めると思ってなかったことが原因だった。

 それでも大部分の帝国軍は下級の現場指揮官の命令で戦闘態勢を取った。背中を見せればいいように追撃されることは分かっていた。敵に好きなように討ってくださいというようなものだ。戦うしか道は無かったのだ。中には近づいてくる王国軍に対して突出する部隊もあった。それに釣られるように後続の部隊が続く。帝国軍より遙かに統制された態勢で王国軍が前進してくる。異様な緊張が予定戦場に満ちてきた。


 両軍の先鋒がまさに激突しようとしていたとき、南の丘からアンドレの部隊が駆け下りてきた。それは前方の王国軍にしか目が行ってなかった帝国軍の不意を突いた。もともと軍というのは後ろと横からの攻撃に弱い。まして意識が全て前を向いている場合は特にそうだ。軍の一部を回して横撃した敵軍を迎え撃つように命令する司令部は既にない。アンドレの部隊は脆い抵抗を容易に排除して、帝国軍を深く切り裂いて突き破り、大きく左に旋回して帝国軍の後ろに回った。後ろから迫るアンドレの部隊は人数は多くなかったが領軍より遙かに戦慣れした精鋭だった。前と後ろ、どちらに対処すれば良いか分からぬ帝国領軍に喚声を上げて襲いかかった。

 それで帝国軍の戦意がくじけた。てんでばらばらに逃げ始めた。前と後ろを押さえられていれば逃げ道は横にしかない。南側が高くなっているため必然的に大部分の帝国兵は北に向かって逃げた。そしてそこにレフ支隊、7個中隊がいつの間にか回り込んで、待ち受けていた。半刻も掛からぬ一方的な短い戦闘の後、帝国軍は南に逃げた少数の兵と、上手くレフ支隊をすり抜けたさらに少数の兵を除いて壊滅した。 王国軍の死者は100人足らず、その倍の負傷者がいたが損害は軽微と言って良かった。死者の大部分はエンセンテ領軍から出たが、彼らの士気は一層高まった。死者を埋葬し、負傷者を護衛を付けて送り返した。帝国軍の補給物資、主には食料も負傷者と一緒に本隊のほうへ送った。意気揚々と王国軍はアナシアに向けて出発した。2500の戦力になっていたが今度は全速力を出せる。




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