第113話 暗闘 3

残酷な描写があります。苦手な方はお気を付けください。


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「な、何だ、何があった?」


  拘束された暗部の一人が騒ぎ出した。見えないところで進行しているただならぬ気配が男を脅かしていた。言葉を出さないという掟を破ったのだ。


「喋る気になったか?」


 レフの問いに男はうっと詰まった。再び口を固く閉じようとした。が、


「ぎゃっ、た、た、助けて」


 今度はその男の番だった。縛られた足を忙しく動かして後ずさろうとする。口があわあわと動く。激しく首を振って目の前の者から目を逸らす動作をする。体ががくがくと震える。動こうとして体のあちこちを床にぶつけた。それでもジタバタと動くのを止めない。口を大きく開け、悲鳴を上げた。悲鳴が声を出すきっかけとなった。


「や、止め、お、俺の名はギャビネ、あ、暗部の所属だ!!」


 一息にそう言った男に、残った一人、一番気配の薄かった男が、


「止めろ、それ以上喋るな!」


 男の叱責は効かなかった。


「喋る気になったか?」


 レフの言葉に首を上下に動かしていたが、震える口元がやっと落ち着いてくると、


「はーっ、はーっ、お、俺の名はギャビネ……だ」

「何しに“奥”へ入ってきた?」

「……」

「もう一度あれを経験したいか?」


 そう言われてビクッと体を震わせて、懸命に首を振った。


「や、止めてくれ、お、王女を排除するためだ」

「アリサベル王女か?」

「そうだ」

「どうやって?」


 男はしばらく躊躇ったあとで、


「み、水青貝の毒を、使う、つもりだった」


 暗殺によく使われる毒だった。毒を塗った針を刺せば心臓麻痺と区別が付かない。それにほんの小さな傷で済む。髪の毛にでも隠せば見付けることは難しい。


「誰から命じられた?」

「お、長からだ」

「カルーバジタから、だな?」


 男は諦めたように首を縦に振った。


「……そうだ」

「な、何を言っている!?黙れ!」


 慌てたようにもう一人の男が大声を出した。その声が合図であったかのように、レフの質問に答えた男はゴトッと音を立てて床に倒れ伏した。だらしなく開いた口からよだれが垂れた。


「お前の名は?」


 レフが残った一人に問うた。気配の隠し方がこの中で一番上手く、体捌きも優れていた。この男がリーダーだと思って、最後に残しておいた。


「貴様、ギャビネ達に何をした?」


 あれほど脆く口を割るような男達ではないはずだ。


「お前も味わってみるか?」


 とたんに男の様子が変わった。歯を食いしばった。ギリッという音が聞こえた。背中で拘束された両腕が肩までぶるぶる震えている。あっという間に額に脂汗が浮いた。悲鳴を上げない様に口を閉じ、胸と腹が忙しく上下して激しい息づかいが聞こえる。


「名は?」


 男は激しく首を振った。


「な、何でも、貴様の、お、思い通りに、なると、思うな!」


 横に振っていた首をいきなり上下に振った。男の口から大量の血が噴き出した。


「ひっ、ひっく」


 声にならない音を喉から出して、男は痙攣し、やがて体の動きが止まった。


「舌を噛んだか」


 ベニティアーノ卿が言って、レフが頷いた。


「何をしたのです?」


 アリサベル王女が両手で口を押さえながら訊いた。体は細かく震えていた。それでも目をそらさなかったのは、この事態の最終責任者が自分だと思っていたからだ。例え形式上のことだけであっても


「恐怖を、純粋な恐怖の感情を痛覚刺激と一緒に送り込んでやったのです。何に恐怖を感じるかは人によって異なりますが、恐怖そのものは変わりません」

「恐怖と痛みを……、送り込むのですか?」

「ええ、殆どの人間には耐えられません」

「そう、そのようですね」


 王女は事切れている男と、気を失ったままの二人を見下ろした。自分を殺しに来た男達だ、王族に対する暗殺は未遂でも死刑となっている。そんな危険を冒しても、暗殺という手段まで使って王位を争う者を排除する、否応なくそんなポジションに自分がいることを強烈に意識させる情景だった。


 ベニティアーノ卿が二人目の男に近づいた。しゃがみ込んで男の目隠しを外した。何をするつもりなのかレフ達には分からなかったが、止めはしなかった。レフの方を振り返って、


「こいつの意識を戻すことはできますか?」


 その問いにレフが頷いた。パチンと指を鳴らすと直ぐに男が目を開けた。目を見開き、不規則な呼吸を繰り返す男は、未だ恐怖が抜けていなかった。ベニティアーノ卿が男に声をかけた。


「ギャビネと言ったな?」


 がくがくと男が頷いた。


「暗部は長いのか?」


 この問いにも頷いた。


「それなら、マリアベル、と言う名を知っているか?」


 男がビクッと震えた。一瞬顔がアリサベル王女の方に向かって直ぐに戻った。

アリサベル王女が顔色を変えた。彼女が幼いときに亡くなった母の名だった。


「知っているのだな」


 首を横に振ろうとして、固まり、諦めたように頷いた。


「暗部が手を出したのか?」


 男は再び頷いた。


「如何やったのだ?」

「ち、遅効性の毒を少量ずつ……」

「何故だ?」


 男はベニティアーノ卿を見、次いで首を回して囲んでいる者達を見た。誰もが冷たい眼で見下ろしている。特にアリサベル王女はこれまで見せたことのないような厳しい表情をしていた。諦めたように、


「マルガレーテ王妃殿下の、お気持ちを、忖度して、としか……。長が命令したと聞いた」

「忖度?王妃殿下のご意志ではないのか?」


 男は首を振った。


「直接の命令ではなかったと、私はそう聞いています。……あの当時ゾルディウス陛下のご寵愛を一身に受けておられたマリアベル様を、王妃殿下が嫉妬しておられたのは周知でございましたから」

「お前が手を出したのか?」


 男は再度首を振った。


「いいえ。毒が仕込まれたのは化粧品や身につける装飾品と聞いています。男が手を出す領分ではありませんでしたから」


 ベニティアーノ卿がレフを振り返った。レフが頷いた。嘘ではないと示したのだ。


「よかったな。お前が手を出したのなら楽な死に方はできないぞ」


 僅かな時間で頬がこけ、冷や汗が流れる顔が僅かに安堵を浮かべた。口角をほんの少し上げて弱々しく笑っている様にも見える表情のまま、男は又気を失った。


「牢へ連れて行け」


 イクルシーブ下将に命じられて、兵達が二人を引きずるようにして部屋から出て行った。


「死体は埋めておけ、見つからないように深くしろ。場所は記録しておけ」


 これもイクルシーブ下将の命令だった。




「……母様かあさま


 死体が運ばれていくのを目で追いながら、アリサベル王女が呟いた。両の目尻からつーっと涙がこぼれた。



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